12月のスウェーデンで、午後3時には日が沈む。フィンランドやノルウェーでは、緯度によってはほとんど日が出ない日もある。北欧のクリスマスは、そういう「暗さの中」で生まれた文化だ。
暗さを前提にした光の使い方
日本のクリスマスは、外も中もにぎやかにライトアップする方向性が強い。北欧は少し違う。電飾も使うが、それよりも家の中の窓辺にキャンドルを置き、炎の光が外に漏れるようにする。外から見たときに、家の中で暖かい光が揺れているのが見えるようにする。
これは北欧において、キャンドルの光が「ここに人がいる、暖かい場所がある」というサインとして機能してきた歴史があるからだ。隣の家の窓に炎が見えると、安心感がある。暗い冬の村では、光は安全の印だった。
アドベントキャンドルという習慣
北欧のクリスマスには「アドベントキャンドル」という習慣がある。クリスマスの4週間前(アドベント期)から始まり、毎週日曜日に一本ずつキャンドルに火をともす。第1日曜日に1本、第2日曜日に2本——と増えていき、クリスマス前日には4本が揺れている。
この習慣は、「光が増えていく」ことで冬至に向かう暗さの中に進んでいく感覚を刻む。暗さを消す努力ではなく、暗さの中にいながら光を見ていく。そういう感性が北欧の冬には根づいている。
薪の火とキャンドルの共通点
薪ストーブの炎とキャンドルの炎は、同じ性質を持っている。揺れ、ゆらぎ、完全にコントロールできない。その「制御されていない光」が、人の気持ちを落ち着かせる。規則的な点滅でなく、不規則な揺れが、視覚的なリラックスをもたらすという研究もある。
岩手にも、冬の夜に薪ストーブの前でキャンドルを並べて過ごしているというお客様がいる。電気を消して、炎だけの時間を持つ。スマートフォンを置いて、ただ火を見ている時間。それは北欧が何百年もかけて作ってきた冬の過ごし方と、形は違っても同じ場所に行き着いているように思う。
「冬を迎える」という感覚
日本では冬の到来を「寒くなった」という消極的な言い方をすることが多い。北欧では、クリスマスの準備が始まると「冬を迎える準備をしている」という積極的なニュアンスで語られる。ドアにリースを飾り、キャンドルを並べ、薪を積む。それは防御ではなく、迎え入れる準備だ。
その感覚の違いは、家の中に炎があるかどうかと関係しているのかもしれない。暖かい場所が確保されていれば、冬は怖くない。薪ストーブのある家では、冬の準備を「する側」になれる。