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YOMIMONO / 北の暮らし

トナカイと暮らす人々。ラップランドの冬

文・有限会社D'STYLE|岩手・盛岡の薪ストーブとサウナの店

公開日:2026年9月12日 / 最終更新日:2026年10月25日

ラップランドは、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアの北部にまたがる、北極圏を中心とした地域です。ここでは古くから、先住民族であるサーミの人々がトナカイとともに暮らしてきました。いまもこの土地では、国境で区切られた三つの国それぞれに、トナカイの牧畜が生業として続いています。

この読みものでは、三つの国の公的な統計や法律をもとに、トナカイの牧畜がどのように営まれているのかを見ていきます。牧畜に携わるのはサーミの人々の一部ですが、牧畜はサーミの文化を形づくる大切な柱のひとつです。言葉や歌、装いなど文化全体については「サーミの文化」で、トナカイという動物とその恵みについては「トナカイと暮らし」で紹介しています。

国土の三分の一から半分が、放牧の土地

トナカイの牧畜が認められている土地の広さは、日本の感覚からすると驚くほどです。フィンランドでは、ラップランドのほぼ全域と、北ポホヤンマー県・カイヌー県の北部が牧畜地域として法律で定められています。その面積は122,936平方キロメートルで、国土の36%にあたります。牧畜地域の中では、土地の所有者が誰であっても、トナカイは自由に草を食むことができます。

スウェーデンでは、トナカイを放牧する権利が国土のおよそ50%に及びます。その中には放牧に使いにくい土地も含まれると、スウェーデンのサーミ議会は説明しています。牧畜はサーメビィと呼ばれる51の組織ごとに営まれ、その内訳は山地のサーメビィが33、森林のサーメビィが10、特別な許可にもとづくサーメビィが8です。

頭数は、秋の囲い込みで食肉用のトナカイを選んだあとの、冬の群れで数えます。フィンランドではおよそ20万頭、スウェーデンでは年によって22万5千頭から28万頭のあいだで推移しています。ノルウェーもおよそ20万頭あまりで、三つの国を合わせると六十万頭をこえるトナカイが、北の森と山を行き来していることになります。

トナカイは国境を知りません。フィンランドの牧畜地域は、三つの国とおよそ2,000キロメートルにわたって国境を接しており、トナカイが国境をこえて迷い込まないよう、牧畜者協会が国境沿いの柵を維持しています。岩や石の多い土地に柵を建て、守り続けるのは骨の折れる仕事です。

誰がトナカイを飼えるのか

トナカイの牧畜を誰が営めるかは、国ごとに考え方が異なります。そこには、それぞれの国がサーミの人々の権利をどう位置づけてきたかが表れています。

スウェーデンでは、トナカイを所有すること自体は誰にでもできます。一方で、牧畜を営む権利は、遠い昔から続いてきた利用にもとづいてサーミの人々に認められており、サーメビィの一員でなければ、トナカイを自由に放牧することはできません。サーミ議会の登録では、トナカイの所有者はおよそ五千人で、そのうち四割が女性です。牧畜を職業とする人は千人あまりとされています。

ノルウェーでは、2007年のトナカイ牧畜法により、サーミの牧畜地域で牧畜を営めるのは、トナカイの耳印を持つ権利のある人に限られています。その権利を得るには、本人がサーミであり、本人か親か祖父母が牧畜を主な仕事にしていたことが条件です。南部には、サーミと非サーミがともに携わる許可制の地域もあります。

フィンランドでは、牧畜地域に住む欧州経済領域の市民であれば、トナカイを所有することができます。牧畜は1898年に国の命令で作られた地域ごとの組合を単位として営まれ、一人が持てる頭数は最大で500頭です。所有者はおよそ4,400人で、四割が女性です。フィンランドのトナカイ牧畜者協会は、牧畜がサーミの言葉と、北部のサーミとフィンランド人の歴史あるトナカイ文化を支えていると述べています。

牧畜の一年は、六月に始まる

フィンランドでは、トナカイ牧畜の一年は6月1日に始まります。暦の区切りが雪の消えたあとに置かれているのは、仕事の流れがトナカイの暮らしに合わせて組み立てられているためです。

春、雪の上を歩いて木々に下がる地衣類を探していた母トナカイは、5月ごろに子を産みます。6月から7月は、生まれた子に所有者の耳印をつける忙しい時期です。夏のあいだ、トナカイは広い土地に散って草や茸を食べ、体を太らせます。9月の終わりから真冬にかけては群れを集める囲い込みが行われ、牧畜を営む人々にとっては一年の収穫の季節になります。

冬のトナカイは、1メートルをこえる雪を掘って餌を探すことができます。食べる植物は三百から四百種にのぼりますが、自然の中で過ごす冬は厳しく、秋に比べて体重が最大で二割ほど減ることもあります。牧畜を営む人々は、必要に応じて餌を与えながら冬を越させます。トナカイの暮らしの節目に合わせて人の仕事が決まり、その繰り返しで一年がめぐっていきます。

雪が固く閉ざす冬

トナカイが雪を掘って地衣類を食べられるのは、雪がやわらかいあいだに限られます。暖かい日に雨が降り、そのあと冷え込むと、雪の層の中に硬い氷の板ができ、蹄では割れなくなってしまいます。

ノルウェー農業庁の報告によると、2024年から2025年にかけての冬と春、北部のノールラン、トロムス、フィンマルクで大規模な放牧の危機が起きました。穏やかな天気、雨、寒さ、風が入れ替わるうちに雪が硬い層になり、冬の放牧地が使えなくなったのです。影響を受けたトナカイはおよそ14万7千頭で、国全体の冬の群れの68%にあたりました。同じ報告は、フィンマルク内陸部の冬の放牧地で、手つかずの地衣類の割合が1980年代から大きく減ったままであることにも触れています。

気候の変化に加えて、林業や鉱山、風力発電などによる土地利用の広がりも、放牧地を狭めています。北の冬の厳しさには、寒さのほかに、こうした変化も重なっています。

ラヴウの中心にある火

トナカイとともに季節を移動するサーミの人々の暮らしを支えてきたのが、ラヴウと呼ばれる円すい形のテントです。先が二股になった数本の柱を組み合わせて骨組みを作り、そこへ十本以上のまっすぐな柱を円形に立てかけます。中心の柱や張り綱を使わずに立つ構造で、強い風にも耐えやすいとされています。覆いには、19世紀の半ばごろまでトナカイの毛皮が使われていました。

ラヴウの真ん中には炉が置かれます。火は中を暖めるとともに、夏には蚊を遠ざける役目も果たしました。煙は頂上の穴から外へ抜け、地面と覆いのすき間から新しい空気が入ってきます。煙がきちんと上へ抜けるには、火を十分に熱く保つ必要があります。似た住まいにゴアティがありますが、こちらは曲がった柱を使い、背が低く細長い形をしています。

住まいの中心に火を据え、暖をとり、煮炊きをし、家族がそのまわりに集まる。岩手の古い家の囲炉裏を思い起こさせる姿です。土地も歴史も異なる二つの住まいが、寒い土地で暮らすために、よく似た答えにたどり着いています。

岩手の冬と、火の支度

岩手にトナカイはいません。冬の寒さも、ラップランドとは比べものになりません。盛岡の1月の平均気温は−1.6℃(気象庁の平年値)で、フィンランドでは1999年1月にラップランドのキッティラで観測史上最低の−51.5℃が記録されています。

それでも、寒い季節に備えて暮らしを組み立てるという点では、通じるものがあります。トナカイ牧畜の一年が冬の群れを守るために組まれているように、薪ストーブのある暮らしも、春に薪を割り、夏の日差しと風で乾かし、秋に軒下へ積み直すという流れで冬を迎えます。薪を割る時間の過ごし方については「薪割りは、考える時間」で書いています。

ラヴウの火を囲む人々と、薪ストーブの前に集まる家族。住む場所は遠く離れていても、冬の夜に火のそばへ人が集まる光景には、変わらない落ち着きがあります。

参考:フィンランドの数字と牧畜の一年は、フィンランド・トナカイ牧畜者協会の冊子(英語・PDF)、スウェーデンの数字と権利はスウェーデン・サーミ議会(スウェーデン語、同)、ノルウェーの権利はトナカイ牧畜法の英訳(英語・PDF)、2024〜25年の放牧の危機はノルウェー農業庁の発表(ノルウェー語)、三か国の比較は北欧森林研究の解説(英語)、ラヴウは百科事典の項目(英語)、フィンランドの最低気温は同(英語)による。

D'STYLE
橋本 大治(有限会社D'STYLE 代表)

岩手・盛岡で薪ストーブとサウナの施工を手がけて20年。北の暮らしに学んでいます。

北の冬に、備える。

岩手の冬も厳しい。薪ストーブの導入をお考えなら、盛岡のD'STYLEにご相談ください。

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