薪を割っているとき、頭の中は静かになる。斧を振り上げて、丸太の中心を見て、落とす。うまく割れたときの感触は、ほかの仕事では得られないものだ。考えようとしていないのに、何かが整理されていく。
お客様の中に、仕事が行き詰まったとき薪割りをするという方がいる。一時間ほど割り続けると、さっきまで詰まっていた問題の見え方が変わっている、と言う。体を動かすことで脳が解放されるのか、それとも薪と向き合う単純さが気持ちをリセットするのか。理由はよくわからないが、そういう時間を持てる道具が家にある、というのは悪くない。
ノルウェーでは「来年の薪を今年割る」という言い方がある。先を見て準備する、そのリズムの中に薪割りがある。岩手の秋も同じで、冬が来る前に体を動かして積んでおく薪の山は、ただの燃料ではない。自分が冬に備えた、という証拠でもある。