薪を割っていると、頭の中が不思議と静かになります。斧を振り上げ、丸太の中心を見定め、振り下ろす。刃が木に入り、乾いた音とともに二つに分かれる瞬間の手応えは、机の上の仕事ではなかなか得られないものです。何かを考えようとしているわけでもないのに、いつの間にか気持ちの中が片づいている。薪割りには、そういう時間が流れています。
この読みものでは、薪割りがなぜ「考える時間」になるのかを、体の動き、木の性質、季節の段取り、そして北欧の人々と薪との付き合い方から、少し丁寧にたどってみます。
手を動かしていると、考えがほどける
当店のお客様に、仕事が行き詰まったときには薪を割るという方がいらっしゃいます。一時間ほど割り続けると、さきほどまで行き止まりに見えていた問題が、別の角度から見えてくるのだそうです。
体を動かすと発想が広がるという感覚には、それを裏づける研究もあります。2014年、アメリカの大学の研究者が、座っているときと歩いているときとで、発想の豊かさがどう変わるかを調べました。ある品物の使い道をできるだけ多く挙げるという課題では、歩きながら取り組んだ人の81パーセントで、座っているときより成績が上がりました。歩き終えて腰を下ろしたあとも、その効果はしばらく残っていたと報告されています。
一方で、答えが一つに決まる問題では、歩くことの効き目はほとんど見られませんでした。体を動かすことは、一点を突き詰める考え方よりも、思いを広げ、つなげ直す考え方に向いているようです。薪割りと歩行は動きこそ違いますが、同じ動作を一定のリズムで繰り返すという点ではよく似ています。頭の中で絡まっていた糸がほどけていく感覚には、こうした体の仕組みが関わっているのかもしれません。
丸太を読むという、静かな思考
薪割りは力仕事の代表のように語られます。実際に斧を握ってみると、振り下ろす前に見るべきところが多いことに気づかされます。
まず見るのは、切り口です。乾き始めた丸太の切り口には、中心から外へ向かって細いひびが走っています。このひびは、木がどちらへ割れたがっているかを教えてくれる道しるべです。刃をひびに沿わせて落とすと、驚くほど軽い力で丸太が開きます。
次に、節を探します。節は枝の付け根だった部分で、繊維が入り組んでいるため、刃をはね返します。節を避けて刃を入れるか、節をまたぐように割るかで、手間は大きく変わります。太い丸太であれば、いきなり中心を狙うより、外側から薄く削ぐように割っていくほうが楽に進むこともあります。
木の種類によっても手応えは違います。ナラは繊維がまっすぐ通っていることが多く、割り口が素直に走ります。ケヤキのように繊維が交差しながら育つ木は、何度打っても刃が抜けにくいことがあります。同じ樹種でも、育った斜面の向きや枝ぶりによって性格が変わります。
一本ごとに形も癖も違う丸太を前にして、どこに、どの角度で、どれほどの力で刃を落とすかを決める。外れれば、次の一打で修正する。この小さな判断の積み重ねが、薪割りを手応えのある時間にしています。目と手で木と相談しながら、答えを探していく。「体で考える」とは、こうした営みを指すのだと思います。
力を抜くことを、斧が教えてくれる
薪割りを始めたばかりの方の多くは、腕の力で丸太をたたき割ろうとします。肩に力が入り、狙いがぶれ、数本割っただけで息が上がってしまいます。
斧は、刃の重さと落ちる速さで木を割る道具です。振り上げた頂点で余分な力を抜き、あとは刃の重みに任せて落とす。膝を軽く曲げて腰を沈めると、刃先は丸太を抜けたあと自然に地面の方へ向かい、足元に戻ってくることもありません。力みを手放したほうが、狙いは定まり、疲れも少なくなります。
何十本と割り続けるうちに、体はいちばん無理のない動きを自ずと探り当てていきます。言葉で教わったことより、体で覚えたことのほうが長く残る。斧を振る時間は、どの仕事にも通じるそのことを、静かに思い出させてくれます。
次の冬を思いながら、今日割る
薪割りには、もう一つの「考える」があります。季節を先読みすることです。
伐ったばかりの木は、重さの半分近くを水が占めています。薪ストーブで気持ちよく燃やすには、含水率を20パーセント以下まで下げる必要があり、そのためには割って風に当て、少なくとも一夏を越させるのが基本です。丸太のままでは水分がなかなか抜けません。割って断面を増やすことで、乾くまでの時間が大きく縮みます。
つまり、今日割る薪は、今年の冬より、次の冬やその次の冬のためのものです。春に割り、夏の日差しと風で乾かし、秋に軒下へ積み直す。岩手のように冬の長い土地では、この段取りを毎年くり返すことが、暮らしの暦そのものになっています。
一年先の寒さを思い描きながら斧を振る時間は、目の前の忙しさから少し距離を置き、自分の暮らしを長い目で見直す機会にもなります。薪の乾き方や樹種ごとの熱量については、「薪の話」で数字を交えて詳しくまとめています。
国じゅうが、薪を眺めた夜
薪と向き合う時間を大切にする気風は、北欧にも深く根づいています。ノルウェーでは、2011年に薪の割り方や積み方、乾かし方を説いた一冊の本が刊行され、ベストセラーになりました。
その人気を受けて、2013年2月、ノルウェーの国営放送は薪を主題にした12時間の番組を放送しました。前半のおよそ4時間は薪の割り方や積み方をめぐる語らいや音楽、後半のおよそ8時間は、暖炉で薪が燃える様子をただ映し続けるという構成です。それでも、国民のおよそ5人に1人にあたる100万人近くが、どこかの時間帯でこの番組を見たと伝えられています。
放送中、局には視聴者から60通ほどの意見が届きました。その中身は、薪を積むときに樹皮を上へ向けるべきか、下へ向けるべきかという指摘で、意見はほぼ半分ずつに分かれていたそうです。
薪の積み方ひとつにこれほど真剣になれるのは、薪が燃料であると同時に、暮らしの知恵や家ごとの流儀を映すものだからでしょう。自分なりのやり方を持ち、それを人と語り合う。薪割りは、ひとりで黙々と向き合う時間であり、誰かと分かち合える話の種でもあります。
考える時間を、安全に楽しむために
薪割りを考える時間として味わうには、安全への備えが欠かせません。足は肩幅に開き、刃の通り道に足を置かないこと。割り台は膝ほどの高さの安定したものを使い、周りに人がいないことを確かめてから振ること。保護めがねと厚手の手袋、つま先の硬い靴を身につけること。そして、疲れを感じたら手を止めることです。集中が途切れたときの一打が、いちばん危険です。
斧の重さや柄の長さが体に合っているかどうかも、疲れにくさと安全を大きく左右します。基本の構えは「薪割りと薪の香り」で、斧の成り立ちと選び方は「斧の話」でご紹介しています。割る量が多いご家庭や、体力に不安のある方には、薪割機という選択もあります。
積み上がった薪は、冬への備えのしるし
割り終えた薪を一本ずつ積み上げていくと、自分がこの冬にどれだけ備えたかが、目に見える形で残ります。手で触れられる量として、備えが少しずつ高くなっていく。その眺めには、ほかの仕事では得がたい落ち着きがあります。
冬になれば、その薪が炉の中で炎に変わり、家族の集まる部屋を暖めます。秋の日にかいた汗や、そのとき考えていたことを思い出しながら、一本ずつ火にくべる。薪を割る時間は、そのまま焚く時間へとつながっています。
斧を振るあいだに頭が静かになり、思いがけない考えが浮かぶ。そうした時間を持てる道具が家にあることは、薪ストーブのある暮らしの、ささやかながら確かな豊かさだと私たちは考えています。
参考:歩行と発想の研究は、米国心理学会の発表(2014年4月、英語)による。ノルウェーの番組と視聴者の反応は、同年の海外報道(英語)による。
