日本では「北欧は寒そう」「暗い冬が続くから大変そう」と思われがちです。ところが、デンマーク人やノルウェー人に話を聞くと、彼らは冬が嫌いではない。むしろ、冬ならではの時間を楽しみにしている人が多い。その背景にある考え方を「ヒュッゲ(Hygge)」と呼びます。
ヒュッゲは日本語に訳しにくい言葉です。「居心地のよさ」「くつろぎ」「温かみ」——どれも間違いではないのですが、ヒュッゲはそれだけではない。そこには感覚だけでなく、意識的に作り出すという行為が含まれています。
ヒュッゲが生まれた背景
デンマークの冬は長く、12月の日照時間は1日7時間ほどしかありません。首都コペンハーゲンの緯度は北海道の北端よりもずっと上にある。そういう場所で、何百年も人が暮らしてきた。どうすれば暗くて寒い季節を乗り越えられるか、という問いが文化の中に染み込んでいます。
ヒュッゲという言葉の語源は、古ノルド語で「魂を抱きかかえる」を意味する言葉に遡るとされています。暗い季節に魂を温める。それが長い時間をかけて、暮らしの知恵として根付いた。
「ヒュッゲとは雰囲気のことであり、誰かと過ごした特定の瞬間のことでもある。」
— Meik Wiking, The Little Book of Hygge
ヒュッゲに必要なもの
ヒュッゲを作り出す要素はいくつかあります。その中でも中心にあるのが「光」です。特に自然な炎の光。北欧の家ではキャンドルを1年中使う習慣がありますが、冬には1人あたり年間60本以上を消費するというデータがあります。蛍光灯の白い光ではなく、揺れるオレンジの炎。その光が部屋の雰囲気を変えます。
薪ストーブのガラスから見える炎も、ヒュッゲの核心にある光と同じです。北欧の暖炉文化と薪ストーブ文化は、ヒュッゲの概念と切り離せません。暖かさだけでなく、炎を眺めるという体験が部屋の時間を変える。
次に大切なのが「人」です。ヒュッゲは一人でも味わえますが、本来は誰かと過ごす時間を指すことが多い。仲のよい人たちが集まり、急かされることなく話をする。スマートフォンを置いて、目の前の時間に集中する。北欧ではそれがごく自然な週末の夕方です。
そしてもう一つが「食べ物と飲み物」です。熱いコーヒー、シナモンロール、温めたグリューワイン。寒い外から帰ってきて温かいものを口にする。その安心感がヒュッゲを完成させます。
ノルウェーの場合
ヒュッゲはデンマーク語ですが、ノルウェー語にも同じ発音・同じ意味の「hygge(ヒュッゲ)」があります。それほど概念が両国で共有されています。ノルウェーでは特に家の中と外の対比が強く、マイナス10度の外気の中を歩いてきて薪ストーブの前に座ったとき、その温かさがヒュッゲを感じさせます。
以前の記事でも書いたノルウェーの薪文化「ヴェドスタプリング(vedstapling)」は、薪を積む行為そのものに喜びを見出す文化ですが、それもヒュッゲにつながっています。冬のために準備する、備える、そして冬が来たら炉の前に座る。一連の流れの中にヒュッゲがある。
岩手の冬とヒュッゲ
岩手の冬も長い。盛岡では11月から4月まで暖房が必要で、雪の日が続く時期もある。「冬は辛い」と感じる人が多い一方で、薪ストーブを入れてから冬が変わったという話をお客様からよく聞きます。
炉に薪をくべる。炎が安定するまで見守る。コーヒーを一杯淹れて、ガラス越しに炎を眺める。その時間は生産的でも何でもない。ただ、暖かくて、静かで、ここにいていいという感覚がある。北欧の人がヒュッゲと呼んでいるものが、その場に近い。
冬を嫌わずに過ごせるかどうかは、家の中に何があるかで変わります。薪ストーブは暖房機器ですが、それだけではない。岩手の長い冬を、嫌いにならずに済む何かを部屋に置く——そういう提案だと思っています。
よくある質問
Q. ヒュッゲとラーゴムの違いは何ですか。
ラーゴム(lagom)はスウェーデン語で「ちょうどいい」という意味です。過不足なく、バランスよく、という価値観をさします。ヒュッゲはデンマーク・ノルウェーの「温かいくつろぎ」の感覚で、ラーゴムとは別の概念です。どちらも北欧の暮らし方を表しますが、国も語源も異なります。
Q. ヒュッゲは日本でも実践できますか。
できます。必要なのは炎(キャンドルでも薪ストーブでも)、温かい飲み物、そしてゆっくりする時間です。外が寒いほど、室内の温かさが際立ちます。岩手の冬は、ヒュッゲに向いた環境だと思います。