二〇二六年の二月、フィンランド中部のユヴァスキュラに行きました。ヘルシンキから北へ移動した先にある、湖に囲まれた街です。着いた日、外を歩いていた時の気温は氷点下十八度でした。ヘルシンキの海沿いで見たアヴァントとはまた別の、湖畔の公衆サウナを訪ねました。

「サウナの世界都市」という看板
ユヴァスキュラは、地元の観光局が自ら「Sauna Region of the World(世界のサウナの地域)」と名乗っている街です。この地域だけでおよそ十四万のサウナがあるとされています。人口比で考えると、一戸あたりに一台以上あってもおかしくない密度です。フィンランド全体でも、人口およそ五百五十万人に対してサウナは三百万台を超えるとされ、これは国全体の話としても飛び抜けた数字ですが、ユヴァスキュラはその中でもとくに濃い場所として名指しされている街でした。
街の中心には、ユヴァスヤルヴィという湖があります。夏には、この湖の上に小さな筏のサウナが浮かぶそうです。訪れたのは真冬でしたから筏は見られませんでしたが、湖と生活の距離の近さは、凍った季節でも十分に伝わってきました。
氷点下十八度を、歩く
数字で見る氷点下十八度と、実際に外を歩く氷点下十八度は、まったく別のものでした。空気を吸うと鼻の奥がつんとして、まつ毛に霜がつく。息が白いというより、白い塊になって流れていく感覚です。それでも、現地の人たちは特別な防寒をしているようには見えませんでした。着るものに慣れがあるのだと思います。
サウナ棟に近づくと、木のスロープに黒いマットが敷かれていました。電熱線で温めて、雪や氷を溶かす仕組みだと思われます。手すりを頼りに階段を降りると、その先が凍った湖でした。

窓の外は、ずっと凍った湖だった
サウナ室の中に入ると、壁の一面に大きな窓がありました。ロウリュの湯気で少し曇った窓ごしに、凍った湖と、その上を歩く人の姿が見えました。ヘルシンキの施設と同じく、ここでも「見える」ことが大事にされているようでした。景色を遮らない大きな開口部、腰を下ろした位置からでも水平線が見える窓の高さ。日本の温浴施設でよく見る、湯気で真っ白になった小さな窓とは考え方が違います。

湖の氷と、海の氷
ヘルシンキで見たのは海(バルト海の入江)の氷でしたが、ユヴァスキュラで見たのは淡水の湖の氷です。海水にはわずかに塩分が含まれるぶん、凍る温度は真水よりわずかに低く、できる氷の質も湖とは違うとされています。厚みの育ち方や割れ方が均一になりにくいのが海氷の特徴で、逆に湖は条件が安定しているぶん、氷が張る場所の管理がしやすいと言われています。どちらであっても、「今日はここまでなら安全」という判断は、地元の管理者が握っている領域でした。看板の「Varokaa heikkoja jäitä」は、その象徴のような一枚です。
デッキを歩く、という時間
入浴を終えた人たちが、湯気を上げながらデッキを歩いていく様子も見ました。走る人はいません。かといって急いで屋内に戻ろうとする様子もない。寒さから逃げるための移動ではなく、その寒さそのものを味わう歩き方に見えました。

岩手に、この暮らしを持ち帰るなら
ユヴァスキュラの湖と同じものは、岩手にはありません。ただ、要素で見ていくと、遠い話でもありません。
岩手にも、凍る湖はあります。八幡平市の岩洞湖は、冬になるとワカサギ釣りで湖面に人が立つほど厚く氷が張る場所で、氷点下三十五度という記録も残っている土地です。ユヴァスキュラで見た「湖と暮らしの近さ」を、そのまま自然の湖でやるのは管理上おすすめできませんが、寒さの質という意味では、岩手はすでにフィンランドに近いものを持っています。
現実的な作り方としては、庭やテラスに水風呂と外気浴のスペースを用意し、サウナ室の窓を景色に向けて大きく取る、という組み方になります。ユヴァスキュラのサウナ室で印象的だったのは、窓の位置がベンチに座った目線に合わせてあったことです。設計の段階でここを決めておくと、完成してから「外が見えない」と気づくことがありません。当社でサウナをご提案するときも、庭のどちらに景色があるかを最初にうかがうようにしています。
もうひとつ持ち帰りたいのは、「急がない」という歩き方です。デッキを歩く人たちのように、寒さから逃げるのではなく、寒さの中を普通に歩く。その前提には、転ばないための手すりや、足元を守る加温マットのような、地味だけれど効く設備がありました。派手な設備より先に、まずここを整えることが、あの暮らしに近づく近道なのだと思います。
よくあるご質問
Q. 湖のように凍った水風呂を、庭に作れますか。
自然の湖をそのまま利用するのは管理上おすすめできませんが、屋外に設置した水風呂であれば、岩手の冬の気温で十分に冷たい水温を保てます。チラー(冷却装置)なしで冬を越せるお宅も多いです。
Q. サウナ室の窓を大きくすると、寒くなりませんか。
断熱性能のあるサッシと複層ガラスを使えば、大きな窓でも室温は保てます。設計の段階で窓の位置と大きさを決めておくことが大事です。
Q. 氷点下十八度の中でも、外気浴はできますか。
できますが、時間で区切らず「寒いと感じたら中に戻る」という判断が基本です。手すりや滑りにくい床材など、足元の安全を先に整えることをおすすめします。
帰ってきて、思ったこと
ユヴァスキュラで見たのは、サウナが特別なイベントではなく、街のインフラのように扱われている姿でした。十四万台という数字も、一台一台が誰かの日常を支えているから積み上がった数字です。
岩手に同じ密度を求めることはできませんが、一軒の家に一つのサウナがある、という単位であれば、話はそう遠くありません。凍った湖の代わりに、雪の積もった庭がある。海の代わりに、氷点下の空気がある。足りないのは景色ではなく、それを暮らしの中に組み込む設計だけなのかもしれません。
D'STYLEは岩手・盛岡で、ハルビアのサウナストーブとサウナ室の設置をしています。庭やテラスの写真をお見せいただければ、窓の向きや水風呂の置き場所から一緒に考えます。岩手県はもちろん、秋田県・青森県まで伺います。
参照した情報源
- Visit Jyväskylä Region(ユヴァスキュラ地域観光局)「Sauna – the Sauna Region of the World」ページ(地域内のサウナ数を約14万台としている)
- Visit Finland「Lake Jyväsjärvi and Lutakko Harbor」ページ(ユヴァスヤルヴィ湖畔の夏季フローティングサウナに関する記載)
- Statistics Finland(フィンランド統計局)による湖沼数調査(面積500㎡以上の湖を187,888とする集計。一般には「約18万8千」と紹介される)
- フィンランド国内で広く紹介されているサウナ台数の推計(人口約550万人に対しサウナ約300万台とする各種観光・報道記事)
本記事はフィンランドでの見聞と一般的な知見の紹介です。氷上での活動には常に危険が伴います。管理された施設以外での氷上歩行・氷上での水浴は絶対に行わないでください。


