二〇二六年の二月、フィンランドに行きました。ヘルシンキの海沿いにあるサウナ施設で、テラスに出たときのことです。目の前の海が、一面凍っていました。その氷に、四角い穴が切ってありました。手すりのついた金属の階段が、そこへ降りています。見ていると、サウナから出てきた人が、その階段を降りて、氷の海に入っていきました。

氷の海に、階段がかかっていた
凍える寒さの中でした。海の表面は白く凍り、岸に近いところは氷が積み上がって壁のようになっています。穴の周りだけ、四角く黒い水面が見えている。写真で見ると小さな穴ですが、実際に立つと、その黒さがはっきりと目に入ります。
入る人の動作は、驚くほど淡々としていました。階段の手すりをつかんで、一段ずつ降りていく。長く浸かっている人はいません。上がったあとも、慌てた様子はなく、雪の上を歩いてサウナ室に戻っていきました。
私たちが日本で見てきた水風呂とは、空気がまるで違いました。日本のサウナでは、水風呂に入る瞬間に体を固くする方が多い。息を止めて、覚悟を決めて、勢いで入る。あの「よし」という感じが、ここにはありませんでした。
もうひとつ気づいたことがあります。誰も長く入っていません。私の見た範囲では、水に浸かっている時間はごく短く、あっという間に上がっていく人がほとんどでした。フィンランドの野外活動を統括する団体(Suomen Latu)が一般向けに出している案内にも、「短いひと浸かりから始めて、自分の感覚に応じて時間を延ばす」とあります。何分入るという決まりを示すのではなく、感覚に任せる。現地で見た光景と、この案内は同じことを言っていました。
アヴァント。氷に開けた穴のこと
フィンランド語で、氷に開けた穴のことを avanto(アヴァント)といいます。そこで泳ぐことを avantouinti(アヴァントウインティ)、日本語でいう氷穴水浴、あるいは寒中水泳にあたります。
この習慣は、フィンランドでは特別な人のものではありません。海沿いや湖畔の公共サウナには、たいてい水に降りる階段がついています。冬のあいだ、氷を割って穴を維持する係の人がいる施設もあります。設備として、最初から組み込まれているわけです。
ヘルシンキの中心部にも、海に面したプールを持つ施設があります。市場のすぐそばにあり、街のすぐそばで冬の海に入れる場所でした。日本でいえば、駅前の広場に水風呂があるような感覚に近いかもしれません。

冷たい水に入ると、体は最初に驚く
なぜ、頭まで潜らず、飛び込まず、ゆっくり階段を使うのか。フィンランドの案内を読んでいくと、そこには理由がありました。
冷たい水に急に浸かると、体は「コールドショック反応」と呼ばれる反射を起こします。大きく息を吸い込み、意思とは関係なく呼吸が速く荒くなる。英国ポーツマス大学のTipton氏らがまとめた総説(Experimental Physiology誌、2017年)は、この反応が浸水の最初の数分間に起こり、冷水での溺水事故の大きな要因になっていると報告しています。同総説によれば、呼吸の乱れがもっとも大きくなる水温はおよそ15℃から10℃で、そこから5℃まで下げても、反応がさらに強まるわけではないともされています。
もうひとつ、知っておいたほうがいい仕組みがあります。冷たい水に飛び込み、そのまま息を止めて顔まで沈めると、体の中で相反する二つの反応が同時に起こります。皮膚が冷えて起こる「興奮させる」反応と、顔が水につかったときに起こる「静める」反応です。キングス・カレッジ・ロンドンのShattock氏と、先ほどのTipton氏による報告(The Journal of Physiology誌、2012年)は、この二つが同時に強く働くことで不整脈が起こりうると述べています。持病のない健康な人にも起こりうるとされていますが、実際に命に関わる不整脈につながるには、もともと心臓に弱いところがある場合が多いとも報告されています。フィンランドの案内で「飛び込まない」「頭を濡らさない」と繰り返されるのは、この仕組みを踏まえてのことだと思います。
気分の面についても、正直に書いておきます。フィンランドで冬泳を続けている人を4か月間にわたって調べた2004年の研究では、冬泳をしていた人たちのほうが、期間の終わりに「活気がある」と自分を評価する傾向が報告されています。ただしこの研究は、冬泳をするかどうかを自分で選んだ人たちを比べたもので、くじ引きで分けた実験ではありません。もっと新しい2025年のメタアナリシス(複数の研究をまとめた解析)では、冷水浴の直後にむしろ炎症の指標が上がり、気分そのものについては有意な差が確認できなかったとも報告されています。「入ればすぐ気分が晴れる」と言い切れるほど、話は単純ではないというのが、調べてみての実感です。
それでも、彼らはタイマーを見ていなかった
現地で印象に残ったのは、水に入る時間を測っている人が一人もいなかったことです。何分入るという決まりもない。冷たいと感じたら上がる。それだけでした。
日本のサウナ文化では、「水風呂は一分」「十二分計を二周」といった数字がよく出てきます。目安があるのは親切なことですが、あの数字が独り歩きすると、体の声より数字を優先することになりかねません。フィンランドで見たのは、その逆の順番でした。
もっとも、彼らが無防備なわけではありません。階段には必ず手すりがついていて、水から上がる場所は決まっています。多くの施設は屋内から直接つながっていて、上がってすぐ温まれる。危ないことをしているように見えて、逃げ道は先に用意してある。そういう作りでした。

岩手に、凍った海はありません。けれど
帰りの飛行機で考えていたのは、これを岩手でどう再現するか、ということでした。
結論から言うと、そのまま持ち込むことはできません。岩手の海は凍りませんし、川や湖に穴を開けて入るのは、管理された施設のないところでは危険なだけです。フィンランドで見たものは、階段があり、手すりがあり、人の目があり、上がればすぐ温まれる場所がある、という前提の上に成り立っていました。あの光景だけを真似するのは、いちばんやってはいけないことだと思います。
ただ、要素を分解すると、岩手には揃っているものがあります。
ひとつは、冷たい空気です。盛岡の冬は氷点下が続きます。岩洞湖のあたりでは氷点下三十五度を記録したこともある土地です。サウナから出て外に立てば、体が急速に冷えていく感覚は、ヘルシンキと同じものが手に入ります。フィンランドで彼らが水に入っていたのは、外気だけでは足りない場面がある、というより、水と空気の両方が当たり前にそこにあったからです。岩手には、空気のほうが十分すぎるほどあります。
もうひとつは、水温です。冬場の水道水は、井戸水でも上水でも、地域によって差はありますが、夏よりずっと冷たくなります。岩手の冬であれば、チラー(冷却装置)を使わなくても水風呂として成立する水温になります。逆に問題になるのは夏です。夏は水温が上がってしまうので、一年を通して同じ冷たさで使いたい場合はチラーの検討が必要になります。ここは正直にお伝えしています。
そして三つめが、雪です。フィンランドでは、水に入らずに雪に転がる人もいました。雪は水よりも体を奪う速さが穏やかで、面で冷やしてくれます。岩手の庭には、冬のあいだそれが積もっています。
水風呂と外気浴を、どう作るか
ここからは設備の話です。当社がサウナの設計をするとき、水風呂と外気浴について実際に決めていることを書きます。
水温の目安。ご相談の際は、まず十五度前後から試していただくことが多いです。フィンランドの氷の海は氷点をわずかに上回る程度の水温ですが、あれは短い時間で上がる前提の温度です。初めての方がいきなり一桁の水に入ると、前の章で書いた体の反応が強く出ます。十五度で物足りなければ下げていけばいい。下げるのはあとからできます。
チラーの要否。冬だけ使うのであれば、必ずしも要りません。夏も同じ水温で使いたい場合に必要になります。ハルビアのコールドプランジのようにチラーが組み込まれた製品もありますし、既存の浴槽に外付けする方法もあります。ご予算と使う季節から逆算してご提案しています。
入りやすさ。これがいちばん大事だと思っています。フィンランドの階段には、必ず手すりがありました。水風呂の縁が高いと、またぐ動作そのものが負担になります。当社では、背の高い浴槽をお選びになった場合は木製のステップを添えるようにしています。五十代、六十代の方が毎日使うことを考えると、ここを省くと結局使われなくなります。
導線。サウナ室から水、水から休憩の場所まで、できるだけ短くする。フィンランドの施設は、どこも数歩でした。濡れた体で長い距離を歩くのは、寒いだけでなく滑って危ない。設計の段階でここを決めておくと、後から直すより安く済みます。
外気浴の場所。椅子をひとつ置ける場所があれば成立します。フィンランドで見たテラスも、特別な設備ではなく、雪の上にただ椅子が並んでいるだけでした。岩手なら、風の当たらない壁際に一脚。それだけで、サウナの時間の質が変わります。

これだけは、やってはいけない
都合の悪いことも書きます。冷たい水に入るのは、気持ちのいいことであると同時に、リスクのある行為です。フィンランドでも、注意書きは必ず掲示されていました。
お酒を飲んだあとは入らない。これは水風呂に限らず、サウナそのものについても言えることです。判断力も体温調節も鈍ります。
ひとりで入らない。特に屋外の水風呂や、自然の水域では絶対に。誰かが見ている状態でのみ行ってください。
頭まで潜らない。冷たい水に顔をつけると、体の反応がさらに強く出ます。肩まで、が基本です。
長く入らない。「慣れれば長く入れる」という考え方は、この件については当てはまりません。冷たいと感じたら上がる。フィンランドの人たちがやっていたのは、まさにそれでした。
心臓や血圧のことで指摘を受けている方は、必ず主治医にご相談ください。お薬を飲んでいる方も同じです。設備の話をする前に、まずそちらが先です。
そして、岩手の川や湖で真似をしないでください。氷の厚さは場所によって違い、流れのあるところは特に危険です。フィンランドで見たものは、施設が管理し、人が常にいて、上がる場所が決まっている環境でのことでした。同じ光景を自然の水辺で再現しようとするのは、まったく別の行為になります。
よくあるご質問
Q. 水風呂は何度がいいですか。
まず十五度前後から試すことをおすすめしています。慣れてきたら下げていく形です。いきなり一桁にする必要はありません。ご家族で使う場合は、いちばん体力のない方に合わせて決めるのが安全です。
Q. チラーは必要ですか。
冬だけ使うなら、岩手の水温であれば必ずしも必要ありません。一年を通して同じ水温で使いたい場合に必要になります。あとから追加することもできますので、まずチラーなしで一冬使ってみて、それから判断される方もいらっしゃいます。
Q. 冬の外気浴は、何分くらいがいいですか。
時間で決めないほうがよいと思います。寒いと感じたら中に戻る。それだけです。岩手の冬の外気は、フィンランドと同じくらい強力です。数字を目標にすると、体が冷えすぎたことに気づけません。
Q. 自宅の浴槽でも水風呂の代わりになりますか。
なります。実際、最初は既存の浴室で水シャワーと水風呂を兼ねている方も多いです。ただ、サウナ室から浴室までの距離が長いと、だんだん使わなくなる傾向があります。新築やリフォームで一緒に計画される場合は、導線を先に決めておくことをおすすめします。
Q. 岩手でアヴァントのようなことはできますか。
自然の川や湖では、おすすめしません。危険が大きすぎます。屋外に水風呂を設けて、雪の上での外気浴と組み合わせる形であれば、感覚としてはかなり近いものになります。
帰ってきて、思ったこと
フィンランドで見たアヴァントは、「ととのう」ための手順ではありませんでした。サウナに入って、暑くなったから水に入って、また戻る。その繰り返しが、ただ生活の一部として置いてあるだけでした。
日本では、サウナはどうしてもイベントになりがちです。休みの日に出かけて、料金を払って、決められた時間で最大限に楽しんで帰る。それが悪いわけではありませんが、向こうで見たのは、もっと薄く、もっと長く続く形でした。
そういう使い方をしようとすると、結局は「家にあること」に行き着きます。往復の移動がなく、思い立ったときに入れて、寒ければ十秒で上がってもいい。岩手の冬は長く、外は十分に冷たい。条件だけを見れば、あの生活にいちばん近いのは、実は東京よりも岩手なのだと思います。
D'STYLEは岩手・盛岡で、ハルビアのサウナストーブ(電気式のシリンドロ、薪式のレジェンドなどの機種)と、サウナ室、水風呂の設置をしています。岩手県はもちろん、秋田県・青森県まで伺います。水風呂と外気浴をどう組むかは、サウナ本体と同じくらい大事な部分です。図面や庭の写真をお見せいただければ、導線から一緒に考えます。
参照した研究・情報源
- Tipton MJ, Collier N, Massey H, Corbett J, Harper M. Experimental Physiology. 2017;102(11):1335-1355(コールドショック反応の総説。浸水直後の呼吸の乱れは水温15〜10℃で最大となり、それより低い水温でさらに強まるわけではないと報告)
- Shattock MJ, Tipton MJ. The Journal of Physiology. 2012;590(14):3219-3230(皮膚の冷却反応と顔面浸水による反応が同時に強く働くことで不整脈が起こりうるとする報告。健常者でも生じうるとされる)
- Huttunen P, Kokko L, Ylijukuri V. International Journal of Circumpolar Health. 2004;63(2):140-144(冬泳を4か月続けた人と対照群を比較した観察研究。ランダム化されておらず参加者は自ら冬泳を選んだ人々。冬泳をしていた人の「活気」の自己評価スコアが有意に高かったと報告)
- Cain T, Brinsley J, Bennett H, Nelson M, Maher C, Singh B. PLOS ONE. 2025;20(1):e0317615(冷水浴に関するランダム化比較試験11件・計3,177人を統合したメタアナリシス。気分への有意な効果は確認されず、炎症マーカーは浸水直後・1時間後にむしろ有意に上昇したと報告)
- Suomen Latu(フィンランド野外活動協会)冬泳の安全案内(短い浸水から始め自分の感覚に応じて時間を延ばすこと、飛び込まないこと、頭を濡らさないこと、一人で泳がないこと、体調不良時や飲酒時は行わないことを推奨)
本記事はフィンランドでの見聞と一般的な知見の紹介であり、特定の健康効果を保証したり、病気の予防・治療をうたうものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、必ず主治医にご相談のうえご検討ください。

