二月の朝、雪をかき分けて川べりまで下りると、水はおどろくほど静かです。手を入れると、冷たさが痛みになって指の付け根から上がってきます。岩手には、こういう天然の水風呂がいくらでもあります。サウナを納めたお宅で、私たちが必ず一つだけお願いしていることがあります。頭まで潜らないでください、と。その理由にあたる論文が、二〇一二年に出ています。仮説ではありますが、水場のルールを作るには十分な考え方だと思っています。
岩手の水場は、夏でも十分に冷たい
盛岡の市街から車で二十分も走れば、沢の音が聞こえてきます。北上川に注ぐ細い流れが、山の側からいくつも下りてくる。八月の昼でも、そこに足を入れると三十秒で足首が痛くなります。雪解けの水が地面をくぐって出てくるからです。井戸水も同じで、地域によっては真夏でも指がうまく動かなくなるほど冷たい。私たちが見てきた範囲では、岩手は天然の水風呂に事欠かない土地です。
だからでしょうか。屋外サウナやバレルサウナを設置したお宅では、引き渡しの日にこう聞かれることが多い。「裏の沢に入ってもいいですか」「湖まで走って飛び込んでいいですか」。
いけません、とは言いません。私たちも入ります。冬の川に足首まで浸けて、そのまま雪の上に立っていることもあります。
ただ、必ず一つだけお願いしています。頭まで潜らないでください、と。
この一言が、いちばん伝わりにくい。熱いサウナから出て、目の前に澄んだ水がある。誰でも一度は、頭まで沈めてみたくなります。子どもやお孫さんが一緒なら、なおさら止まりません。「危ないから」と言うだけでは、その場の勢いに負けます。
なぜ危ないのか。その説明にあたる論文が一本あります。イギリスのキングス・カレッジ・ロンドンとポーツマス大学の研究者、シャトックとティプトンが二〇一二年に発表した、『自律神経の衝突(autonomic conflict)』という考え方です。掲載誌は生理学の専門誌、The Journal of Physiology。
先に断っておきます。これは仮説です。証明された事実ではありません。それでも、水場の決めごとを作るには十分に役に立つ考え方だと、私たちは受け取っています。

冷たい水に入った瞬間、体はアクセルを踏む
水に入ると、まず皮膚が反応します。皮膚には冷たさを受け取る仕掛け(冷受容器といいます。冷たさ専用のセンサーだと思ってください)が並んでいて、そこに一気に強い刺激が入る。すると交感神経——体を動かすほう、身構えるほうへ切り替える神経です——が強く働き、脈が速くなります。医学の言葉で頻脈。心臓が一分間に打つ回数が増える状態のことです。
この一連の反応を、冷水ショック反応と呼びます。二〇一二年の論文が土台にしているのは、まずこの部分です。冷たさが皮膚から入り、交感神経が踏み込まれ、心臓が速く打つ。ここは体感の話ではなく、実験室で人に冷たい水に入ってもらい、心拍や呼吸を測って確かめられている反応です。
私たちが見てきた範囲では、初めて冷水に入った人は、ここで「ハッ」と息を吸い込みます。そのあと肩で速く呼吸をする。本人は驚いているだけのつもりでも、体のほうはかなり大きく動いています。慣れた方でも、水温が一桁台なら最初の十数秒は呼吸が乱れる。冬の岩手の水は、それだけの冷たさがあります。
ここまでは、多くの方が体験として知っている話です。サウナの本にもよく書かれています。
問題はこの先です。冷水ショック反応だけなら、体は「アクセルを踏んだ」状態で、一方向に傾いているだけ。危ないことは危ないのですが、話は単純です。ところが、ある動作を足すと、まったく逆向きの反応が同時に立ち上がります。
その動作が、顔を水につけることと、息を止めること。つまり、頭まで潜ることです。
顔をつけて息を止めると、今度はブレーキが踏まれる
人の顔、とくに鼻のまわりと額が冷たい水に触れると、体は別のスイッチを入れます。潜水反応と呼ばれるものです。息を止めた状態で顔が水に浸かると、副交感神経——こちらは体を休ませるほう、落ち着かせるほうの神経です——が強く働き、脈が遅くなる。医学の言葉で徐脈といいます。頻脈の逆で、心臓が打つ回数が減る状態です。
これはもともと、体を守るための仕組みだと考えられています。水に潜っている間、酸素をできるだけ節約する。だから心臓の回転を落とし、血を体の中心に集める。水にもぐる動物にも人にも残っている、古い反応です。
ここまで読むと、悪いものには聞こえません。実際、冷たい水に首まで入るだけなら、体は片方に傾くだけ。温かい水で顔をつけるだけなら、もう片方に少し傾くだけです。
やっかいなのは、この二つが同時に、しかも両方とも強く起きるときです。
冷たい水に入る。皮膚から冷たさが入って、交感神経が心臓を速くしようとする。ほぼ同じ瞬間に、顔が水に沈んで息が止まる。今度は副交感神経が心臓を遅くしようとする。
一つの心臓に、速くしろという命令と、遅くしろという命令が、同時に、強く届く。
車で言えば、アクセルとブレーキを力いっぱい同時に踏んでいる状態です。
日常の中で、この二つが最大になる場面はめったにありません。両方が揃うのは、冷たい水に、顔から、息を止めて入るとき。冬の川に頭から飛び込む、あの動作がまさにそれにあたります。
「自律神経の衝突」という仮説
シャトックとティプトンが二〇一二年に提示したのは、この状態を『自律神経の衝突(autonomic conflict)』と名づける考え方です。交感神経による頻脈と、副交感神経による徐脈が同時に強く働く。その結果、心臓の脈のリズムが乱れることがある——不整脈といいます——そして、もともと心臓に弱いところを抱えている一部の人では、それが命に関わることがありうる。そういう筋書きです。
大事なのは、この論文が「必ずそうなる」と言っていないことです。言っているのは、そういう仕組みで説明できる可能性がある、ということ。研究の言葉づかいでいえば、これは仮説(hypothesis)の提示であり、論文の形式としては総説(レビュー)——それまでに積み上がってきた研究を集めて読み直したもの——です。著者らが自分で人を集め、群に分けて比べた試験ではありません。
ただし、ここは誤解されやすいので、はっきり書いておきます。土台がまるごと想像かというと、そうではありません。
この論文の要旨は、実験で観察された事実から始まっています。冷たい水に全身で浸かると、健康なボランティアでも高い頻度で不整脈が起きる。これは推測ではなく、実験室で人を対象に測られた結果です。心電図を取りながら冷たい水に入ってもらう研究は、実際に行われている。そこで、脈が飛ぶ、リズムが乱れるといった現象が、しかもめずらしくない頻度で記録されています。
つまり、線引きはこうなります。
冷たい水に入ると不整脈が起きること自体は、健康な人を対象にした実験で観察されている。ここは仮説ではありません。
分かっていないのは、その先です。その不整脈が、どういう条件で命に関わるところまで進むのか。実験で確かめられないのは、この部分です。死に至るかどうかを人で試す研究は、当然ながら成り立たない。危険を承知で被験者をそこまで追い込むわけにはいかないからです。
だからこの仮説は、実験で観察されている不整脈と、これまでに分かっている自律神経の仕組みと、現場で起きた水難の記録を並べ直して、「こう考えれば辻褄が合う」と示すかたちを取っています。観察されているところまでは事実、その先の死因の説明は解釈。二階建てだと思ってください。
そして、ここは正直に書いておきます。だからこそ、この仮説は今も仮説のままです。発表から十年以上が経ちますが、決着はついていません。
私たちがこれを紹介するのは、正しいと証明されたからではありません。安全な側に倒すための考え方として、筋が通っているからです。しかも一階部分——冷たい水と息こらえで脈が乱れること——は、実際に人で測られている。分からないことが残っているなら、危ないと想定して入り方を決める。現場ではそれで足ります。
「溺死」と記録されてきたものの、一部かもしれない
この仮説がとくに注目されたのは、これまで別の名前で片づけられてきた死を、もう一度見直そうとした点です。
冷たい水の中で人が亡くなったとき、記録には「溺死」または「低体温症」と書かれることが多い。けれど、と論文は言います。溺れるには水を吸い込むだけの時間が要るし、低体温症で亡くなるには体が芯まで冷えるだけの時間が要る。ところが実際には、水に入ってごく短い時間のうちに亡くなっている例がある。泳ぎの得意な人が、深くない場所で、突然に。
そういう事例の一部は、自律神経の衝突による不整脈で説明できるのではないか——というのが、この論文の主張です。
繰り返しますが、これは後からの解釈です。実験室で不整脈が観察されていることと、水辺で亡くなった方の心臓にその瞬間どんなリズムが走ったのかは、別の話。後者を確かめる方法はありません。だから「一部は説明できるかもしれない」以上のことは、誰にも言えない。溺死や低体温症という従来の説明が否定されたわけでもありません。
それでも、この読み替えには実務上の意味があります。
「溺死」と書かれている限り、対策は泳力とライフジャケットの話になります。「低体温症」と書かれている限り、対策は何分我慢できるかの話になります。ところが自律神経の衝突として読むと、対策の中身が変わる。速く泳げるかどうかでも、長く耐えられるかどうかでもなく、入り方そのものが問題になるからです。
顔をつけたか。息を止めたか。飛び込んだか。
体力のある人ほど大丈夫、という話ではなくなる。ここが、この仮説のいちばん実際的なところだと思っています。

この仮説から、水場の作法として取り出せる三つ
私たちの読み方では、取り出せることは三つです。
一つ、頭まで潜らない。顔、とくに鼻のまわりを水につけないこと。ここが潜水反応の引き金だからです。首まで、肩まで、で止める。それで体は十分に冷えます。
二つ、息を止めない。息こらえは潜水反応を強めます。冷たい水に入るときこそ、細く長く吐き続ける。私たちは「入るときは声を出してください」とお願いしています。掛け声に意味があるのではありません。声を出している間は息が止まらない、それだけの理由です。「うー」でも「はー」でもかまいません。
三つ、飛び込まない。頭から飛び込むと、一つ目と二つ目が同時に、しかも最も強いかたちで起きます。冷たい水に、飛び込みは要りません。足からゆっくり入って、肩まで沈める。冷たさの入り方はそれで足ります。
この三つは、どれも我慢の話ではありません。根性で乗り越える種類のものでもない。ただの、入り方の順番です。
子どもやお孫さんが一緒のときは、大人が先にやってみせてください。言葉で禁じるより、足からゆっくり入る大人を見せたほうが早い。私たちが見てきた範囲では、まわりが飛び込まない場では、子どもも飛び込みません。
もう一つ添えるなら、お酒のあとに水へ入らないこと。これは論文の中身というより、現場で見てきたことからのお願いです。夏の川でも、サウナ小屋のあとでも、ひやりとした場面にはたいていお酒がからんでいます。
氷点下十七度のフィンランドでも、頭は沈めません
フィンランドで、凍った海に入ったことがあります。外の気温は氷点下十七度。氷を四角く切り抜いた穴——アヴァントといいます——に、梯子で下りていく。
そのとき現地の人が最初に教えてくれたのは、水温でも、何分入るかでもありませんでした。梯子から手を離さないこと。頭を沈めないこと。この二つです。
冬の水泳を暮らしの一部にしている人ほど、この二つを守っている。慣れているから大胆になるのではなく、慣れているから守り方を知っている。そういう順序でした。
岩手でも同じです。屋外サウナやバレルサウナの引き渡しでは、水場を一緒に見て回ります。川なら、入る場所と出る場所を先に決める。石の上に足を置く順番まで決めます。冷たい水から出るとき、人は思っている以上に足が動きません。指がかじかんで、握力も落ちる。上がるときこそ危ない。
湖のそばにサウナ小屋を建てたお宅では、桟橋の端に梯子を付けました。冬に水面が凍っても、そこだけは出口として使えるように。設計の段階から、入り方より出方を先に考えます。
外気浴も同じ考え方です。雪の上に椅子を置くだけの場所でも、椅子から玄関までの導線に段差があると、冷えた体では危ない。屋外サウナの設置は、ストーブの選定と同じくらい、この足元の話でできています。

私たちが水場のルールとして渡している五つ
引き渡しの日に、紙を一枚お渡ししています。冷たい水に入るときの決めごとです。今回この論文を読み直したので、あらためて書き出しておきます。
一、ひとりで入らない。声の届く距離に、必ずもう一人。 二、顔をつけない、頭まで潜らない。 三、息を止めない。声を出しながら入る。 四、入る前に時間を決める。時計を見てから入り、決めた時間で出る。体感に任せない。 五、出口を先に作る。梯子、手すり、滑らない足場。出る場所を決めてから入る。
五つとも、特別なことではありません。ただ、冷たい水を前にすると、人はこの五つを全部忘れます。だから紙にして渡します。
自宅サウナの設計でも、この五つが下敷きになります。水風呂を置くなら、深さは肩まで。頭が沈む深さは要りません。縁の高さは、またぐのではなく、腰を下ろしてから入れる高さに。床は濡れても滑らない仕上げに。手すりは、あとから付けようとすると壁を壊すことになるので、最初から下地を入れておきます。
脱衣室の暖房計画も、この話の続きです。岩手の冬は、サウナ室と脱衣室の温度差がそのまま体の負担になります。水風呂の温度計や砂時計より先に、暖房と足元を決める。地味な話ですが、十年二十年使う設備では、この地味さが効いてきます。

研究が言えること、私たちが言えないこと
最後に、この記事の限界を書いておきます。
一つ、紹介した二〇一二年の論文は、著者らが自分で人を集めて群ごとに比べた試験ではありません。形式は総説(レビュー)で、それまでの研究と生理の仕組みを組み立て直し、「こう説明できるのではないか」と論じたものです。ただし、人のデータが一切ないという意味ではありません。冷たい水に浸かった健康なボランティアで不整脈が高い頻度で起きるという実験の結果が、この仮説の土台に置かれています。正確な限界はこうです。不整脈が起きることは観察されている。その不整脈が死につながるという因果関係のほうは、示されていない。
二つ、その土台になっている浸水の実験そのものにも、限界があります。実験室で、少人数の健康な成人を対象に行われた研究です。何十人何百人を集めたものではありませんし、性別の内訳や年齢の構成が示されていないものもあります。つまり、そこで観察された不整脈の頻度を、高齢の方や、心臓・血管に持病のある方にそのまま当てはめることはできません。ところが、この仮説がいちばん心配しているのは、まさに「もともと弱いところを抱えている人」です。いちばん知りたい人たちのデータが、いちばん薄い。ここは隠さずに書いておきます。
三つ、どのくらいの人に、どのくらいの頻度で命に関わるのかは、この仮説からは分かりません。論文が言っているのは「一部の脆弱な人では死に至りうる」というところまでで、確率の数字は示されていません。私たちも示せません。
四つ、イギリスの研究者による、イギリスとヨーロッパの水難の文脈から書かれた論考です。日本人を対象にしたデータではありませんし、日本のサウナ施設の水風呂を調べたものでもありません。
五つ、この記事は、冷水浴やサウナの効能について何かを述べるものではありません。冷たい水に入ると健康になる、という話でもありませんし、その逆でもない。安全な入り方の話だけをしています。
六つ、心臓や血圧に持病のある方、薬を飲んでいる方は、サウナと冷水の組み合わせについて必ず主治医にご相談ください。私たちは設備をつくる者であって、可否を判断できる立場ではありません。ここは、はっきりさせておきたいところです。
そのうえで、私たちが言えることが一つだけあります。
入り方は、設計で変えられる。深さ、足場、出口、手すり、導線。これらは全部、図面の段階で決まるものです。
冷たい水は、岩手ではとても身近なものです。買わなくても、そこにある。だからこそ、入り方だけは決めておきたい。頭まで潜らない。息を止めない。ひとりで入らない。出口を先に作る。
D'STYLEは盛岡で、屋外サウナ・バレルサウナ・自宅サウナの設置をしています。ハルビアの薪サウナストーブ レジェンド300やペレットサウナのVENERE maticも扱いますが、ご相談で最初に伺うのは機種ではなく、水場と動線です。おすすめの一台より先に、出口の足場をお訊きします。
本記事は研究の紹介であり、疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。持病のある方、服薬中の方は主治医にご相談ください。
参照した研究
- Shattock MJ & Tipton MJ, The Journal of Physiology, 2012;590(14):3219-3230(英キングス・カレッジ・ロンドン/ポーツマス大学)——冷水浸漬時の『自律神経の衝突(autonomic conflict)』を提示した総説(レビュー)論文。冒頭で、冷水への全身浸水は健常なボランティアに高い頻度で心臓の不整脈を誘発しうると述べており、この実験的観察を土台に、皮膚の冷受容器を介した交感神経性の頻脈(冷水ショック反応)と、顔面浸水・息こらえによる副交感神経性の徐脈(潜水反応)が同時に強く働くことで不整脈が誘発され、一部の脆弱な人では死に至りうるとする。従来『溺死』『低体温症』とされてきた事例の一部を説明しうると論じる。
- 【この出典の限界】著者ら自身が被験者を群に分けて比較した試験ではなく、不整脈が死に至るという因果関係を確定したものでもない。土台となる冷水浸水実験は、少人数の健常成人を対象とした実験室研究であり、性別の内訳や年齢構成は示されていないため、高齢者や心臓・血管に持病のある人への外挿はできない。また英国・欧州の水難の文脈から書かれており、日本人や日本のサウナ施設の水風呂を対象としたデータではない。
- ※本記事で用いた研究上の主張は、すべて上記の一次資料に基づいています。水場の運用ルール、フィンランドでの体験、設計・施工に関する記述はD'STYLEの経験によるものであり、研究の結論ではありません。
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



