フィンランドのサウナの歴史は、文献に残るだけでも2000年以上になる。「サウナ」という言葉はフィンランド語の固有語であり、起源はいまだ諸説あるが、フィンランドの人々にとってサウナは「建物」ではなく「暮らしそのもの」として機能してきた。これだけ長い間、どのような形でサウナが使われてきたのかを追ってみたい。
最古のサウナ——地面を掘った「穴のサウナ」
考古学的な証拠によると、フィンランド最古のサウナは、地面に穴を掘り、その中に石を積んで焚き火で加熱するという形式だったと考えられている。屋根は土か皮で覆い、人が入れるだけの空間が確保されていた。現代のサウナのように木材の小屋が建てられる以前の話だ。
この形式のサウナは北方の遊牧民族の間に広く見られ、フィンランドだけの発明ではない。しかし、フィンランドでは農耕と定住が進んだ後も、サウナが集落の中心的な建物として残り続けた。その持続性こそがフィンランドサウナの独自性だ。
「サヴサウナ」——煙で燻す原初の形
フィンランドの伝統的なサウナは「サヴサウナ(savusauna)」と呼ばれる煙突のない形式だ。薪を燃やして石を加熱し、煙で満たされた状態で十分に温まったら外へ出て換気する。煙が抜けた後、ススで黒くなった室内に入る。
SAVUSAUNA
煙突がないため、焚き口から出た煙は部屋の中を充満し、最終的に隙間や小窓から逃げていく。室内はすすで真っ黒になるが、殺菌・防腐効果があるとされてきた。今でも一部の農村やサウナ文化の保存施設で体験できる。
サヴサウナの特徴は、石の温まり方が深く、温度が安定していることだ。煙突がないぶん石に時間をかけて熱が伝わり、ロウリュをしたときのスチームがほかの形式より「まろやか」だと言われる。現代のサウナ愛好家の間でも、本物のサヴサウナ体験を求める人は多い。
産室として、洗礼の場として
フィンランドの農家では、サウナは住居よりも先に建てられることがあった。清潔に保てる場所として、サウナはさまざまな「生の場面」に使われていた。
子どもが生まれる場所
フィンランドでは20世紀初頭まで、子どもはサウナで産まれることが多かった。清潔な蒸気に満たされた空間は、当時の衛生概念で「最も清潔な場所」と考えられていた。産婆(助産師)はサウナに煮沸した湯を用意し、出産後の母子を温め、清める。この慣習を示す文書記録は19世紀に多く残っている。
病を治す場所
フィンランド語の格言に「サウナで治らない病はない」というものがある(Jollei viina, terva tai sauna auta, niin tauti on kuolemaksi.「酒も樺tar油もサウナも効かぬなら、その病は死に至る」)。骨折や筋肉の痛みの治療、風邪の初期症状の対処、皮膚の洗浄——すべてがサウナの中で行われてきた。「サウナは貧者の薬局だ」とも言われる。
死者を清める場所
フィンランドの一部の地域では、亡くなった人の体をサウナで清める習慣が長く続いた。最後に清潔な状態で送り出すという意味では、サウナは生と死の両方に立ち会う場所だった。
サウナと「境界」の観念
フィンランドの民俗学では、サウナは「この世とあの世の境界」として語られてきた側面がある。産まれる場所であり、死者を清める場所でもあるという事実は、サウナが「始まりと終わり」にある場として機能していたことを示す。フィンランドの一部の地域では、サウナに「サウナのエルフ(saunatonttu)」が住んでいるという伝承もあった。火の番人として住み、粗末に扱うと怒る存在だ。
19〜20世紀——都市化とサウナの変容
18〜19世紀にかけて、フィンランドの都市化が進むと、個人の農家にサウナを持つことが難しい人が増えた。代わりに「公衆サウナ(julkinen sauna)」が普及し始める。
特に19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヘルシンキをはじめとする都市に公衆サウナが次々と作られた。労働者階級の人々が一週間の汚れを落とす場所として、サウナは社会インフラのような位置づけになった。週に一度、土曜日にサウナへ行く習慣が「サウナの日」として定着したのもこの時期だ。
第二次世界大戦とサウナ
1939〜1940年の冬戦争(フィンランド対ソ連)の記録には、前線にサウナを作ったという記述が残る。フィンランド軍は野戦サウナを移動式で設置し、戦場でもサウナに入る時間を確保した。これは単なる清潔保持ではなく、精神的な支えとしてのサウナの役割を示している。
現代フィンランドのサウナ事情
フィンランドの人口は約550万人だが、サウナの数は300万基以上あると言われる。単純計算で2人に1基の割合だ。それだけ個人の家に、別荘に、集合住宅に、職場にサウナがある。
2020年のユネスコ無形文化遺産登録
2020年12月、フィンランドサウナの文化——特にスモークサウナ(サヴサウナ)の文化——はユネスコの「人類の無形文化遺産」に登録された。登録されたのは単なる「施設」ではなく、サウナに関わる職人技術、ヴィヒタ(白樺の枝束)の作り方、焚き方のノウハウ、サウナに関わる社会的なコミュニケーション全体だ。
フィンランド人にとってサウナは、身体だけでなく精神と社会を清める場所である。
──ユネスコ無形文化遺産登録申請書(2020年)より意訳
「外交のサウナ」という概念
フィンランドでは政治的な交渉や外交の場にサウナが使われることがある。ビジネスの商談をサウナでする文化もある。裸で向き合うことで、地位や役職の差が薄れ、人対人の会話になりやすいという考え方だ。フィンランド語に「サウナ外交(saunadiplomacy)」という言葉があるほどだ。
日本でのサウナと、フィンランドのサウナの違い
近年、日本でもサウナブームが起きている。しかし日本のサウナの多くは、フィンランドのオリジナルとはかなり異なる形式が広まっている。
- 温度が高すぎる——日本の施設サウナは100℃前後が多いが、フィンランドの家庭用サウナは70〜90℃程度が一般的。温度を高くするより、石の質と水(ロウリュ)で「質の高い蒸気」を作ることを重視する。
- 水をかけることが禁止されている施設が多い——フィンランドのサウナの核心はロウリュ(石に水をかけて蒸気を発生させること)だが、日本の電気ヒーター式の施設ではロウリュができない。
- 社交の場ではない——フィンランドでは友人や家族と話しながらサウナに入るが、日本の施設では静粛を求められることが多い。
これらは優劣ではなく、文化の違いだ。日本でフィンランド式のサウナを体験したい場合は、木材を使ったロウリュ対応のサウナ室が必要になる。D'STYLEでは岩手・盛岡を中心に、フィンランド式のロウリュができるサウナ室の施工を手がけている。
フィンランドサウナの基本数値
一般的な温度:70〜90℃(石の上の温度)
湿度:ロウリュなしで10〜20%、ロウリュ後は一時的に40〜60%程度まで上昇
滞在時間:1セット10〜20分が目安。休憩を挟んで3〜4セット
冷却:湖・川・雪・水シャワーなど。「熱い→冷やす」のサイクルが重要
ヴィヒタ:白樺の枝束。体をたたいて血行を促進し、香りで空気を整える