フィンランドやエストニアのサウナに入ると、ふっと、若葉のような、少し甘い香りが立つことがあります。白樺(しらかば)の枝を束ねた「ヴィヒタ」の香りです。熱気の中で、その葉束をお湯にくぐらせ、体をやさしくパタパタと叩く。ただそれだけのことなのに、サウナの時間が、驚くほど豊かになります。本場のサウナで初めてこの香りに包まれたときのことは、今も忘れられません。
ちなみに私たちD'STYLEの店舗では、冬になると薪ストーブの天板に、加湿用のスチーマーを置きます。そこにアロマ水を入れて焚くのですが、もちろん、白樺の香りです。火のそばに満ちるその香りだけで、部屋がひとつのサウナのように和んでいきます。
ヴィヒタ、それともヴァスタ?
おもしろいことに、この枝束には名前がふたつあります。西フィンランドでは「ヴィヒタ(vihta)」、東フィンランドやエストニア、バルトの国々では「ヴァスタ(vasta)」。同じものなのに、地方で呼び名が変わる。それだけ、暮らしのすぐそばにあった道具なのですね。
使うのは、たいてい白樺の若い枝です。白樺は、葉がやわらかく、香りが良く、熱と湿気に強い。叩いても葉が散りにくく、肌あたりもやさしい。北の国の人々が、長い年月をかけて選び抜いた"サウナのための木"が、白樺なのです。北欧には、夏至(ミッドサマー)のころに一年分を束ねる、という古い習わしも残っています。一年でいちばん日が長く、緑がいきいきとする季節。その生命力を、そのまま束ねて冬まで取っておく、というわけです。
いつ、どの枝で作るのか
ヴィヒタづくりに向いているのは、初夏です。葉が開いて、まだ日の浅い、やわらかくて香りの強い時期。夏の盛りを過ぎると葉が硬くなり、散りやすくなってしまいます。狙うのは、六月から七月のはじめごろ。朝露が乾いた、晴れた日の午前中がいい、とも言われます。
岩手は、実は白樺と縁の深い土地です。少し高いところ、八幡平や岩手山のふもとへ登れば、白い幹の林に出会えます。枝をいただくときは、木を傷めないよう、細い枝を少しずつ。一本の木から採りすぎず、何本かに分けて。自然からお借りする、という気持ちで向き合えば、来年もまた、同じ林が迎えてくれます。よく似た別の木と間違えないよう、慣れないうちは、詳しい方と一緒に行くのがおすすめです。
私自身、八幡平にも店舗があるので、森に入って、息子と一緒に白樺の枝を集めに行ったことがあります。どの枝がいいかと二人であれこれ選んで、汗をかきながら車に積んで。その夜は、家族みんなでヴィヒタを叩き合いながらサウナに入りました。自分たちで採った枝の香りは、格別でした。今でも忘れられない、いい思い出です。
束ね方
むずかしい道具は要りません。庭先でも、ベランダでも作れます。
- 長さ50〜60cmほどの、葉のついた若い白樺の枝を、両手でひとつかみ集めます。太さは、握ったときに心地よいくらい。
- 枝先の葉を外向きにして、扇のように少しずつ重ね、うちわのような形に整えます。葉の面が広がるほど、香りも風も、よく立ちます。
- 持ち手になる根元の20cmほどは、葉と小枝を落として、すっきりさせます。ここが握るところです。
- 根元を、麻ひもや、白樺の細い枝そのもので、きつめにしっかりと巻いて留めます。乾くと少し縮むので、思うより強めに。
- 全体をやさしく整えたら、できあがりです。
初めてでも、15分もあれば一本できます。形が少しいびつでも大丈夫。使ううちに、自分の手になじむ一本になっていきます。それに、自分で作ったというだけで、満足感でいっぱいになる。それを家族で使うだけで、いつものサウナ室が、少し特別な場所に変わります。
使い方と、あの香り
使う前に、温かいお湯にしばらく浸します。乾いていた葉がやわらかく開き、あの若葉の香りが、ふわりと立ちのぼります。この香りを吸い込むだけでも、気持ちがほどけていくのがわかります。浸したお湯は捨てずに、石にかける水(ロウリュ)に少し混ぜると、部屋いっぱいに白樺が香ります。
体へのあて方は、やさしく。肩、背中、腰、脚を、上から下へ、パタパタと軽く叩くように。強く打つ必要はありません。葉が肌にふれて血のめぐりがよくなり、じんわり温かい。仕上げに、葉束を体にそっと押し当てて、香りと熱をなじませる。白樺の香りに包まれた、静かで、少し贅沢な時間です。
夏に束ねたヴィヒタは、風通しのよい日陰で乾かすか、冷凍して、冬まで取っておけます。雪の日、乾いた一本をお湯でゆっくり戻すと、部屋いっぱいに、夏の白樺がよみがえる。外は氷点下、室内には初夏の香り。この対比が、またたまらないのです。
白樺と、本物のサウナと
ヴィヒタは、道具というより、季節そのものをサウナに持ち込む、小さな橋のような存在です。森の香り、夏の記憶、家族で過ごした時間。それらが、一束の枝に宿っています。
そして、この香りが本当に生きるのは、しっかり熱と湿度ののった、本物のサウナの中です。私たちD'STYLEは、岩手・盛岡で、その"本物のサウナ"づくりをお手伝いしています。ハルビアのサウナヒーターが生むやわらかい蒸気(ロウリュ)と、白樺のヴィヒタ。いつか、ご自宅のサウナで、この組み合わせを味わってみてほしい時間です。ご相談は、いつでもお気軽にどうぞ。



