サウナから出て、外気浴をして、着替えて、髪を乾かす。台所でお茶を淹れて、椅子に腰を下ろす。だいたいそのあたりが、サウナを出て九十分後です。ある研究が脳波を測ったのは、まさにその時刻でした。体の芯の温度は、ほぼ元の水準まで下りている頃。それでも、脳の波の出方だけは入る前と違っていたと報告されています。リトアニアで健康な男性十六人に測った、小さな研究の話をします。岩手の冬の暮らしに引きつけながら、読める範囲と読めない範囲を分けて書きます。
サウナを出て九十分後、あなたはどこにいますか
盛岡の冬の夕方です。サウナの扉を開けると、湯気が廊下へ流れ出します。そのまま外に出て、雪の上に立つ。息が白い。五分もすれば指先が痛くなって、たいていの人は屋内へ戻ります。
体を拭いて、着替えて、髪を乾かす。台所でお湯を沸かして、湯呑みを出す。ストーブの前の椅子に腰を下ろして、ようやく息をつきます。時計を見ると、サウナを出てから一時間半ほど経っている。
サウナの話をするとき、私たちはたいてい「入っている最中」と「出た直後」のことばかり話します。何度で何分入ったか。水風呂は何度だったか。外気浴で何を感じたか。会話に出てくるのは、だいたいその三つです。
けれども今日ご紹介する研究が脳波を測ったのは、そのどれでもありませんでした。九十分後です。体の芯の温度が、ほぼ元の水準まで下りている時刻。テレビがついていて、洗濯物をたたみ始めているかもしれない、あの何でもない時間帯。
そこに、まだ何か残っていた、と報告されています。
健康な男性十六人を対象にした、小さな研究です。行われたのはリトアニアで、日本の研究ではありません。数字は途中で出します。まずは、この研究がどんな形をしていたのかから見ていきます。
十六人の若い男性に、何が測られたのか
参加者は、健康な男性十六人。年齢は二十四歳前後です。論文には24±1歳と書かれています。プラスマイナスのあとの数字は、参加者どうしのばらつきの幅を示す書き方です。だいたい二十三歳から二十五歳のあたりに集まった、若い人たちだったことになります。
先に、どこの話かをはっきりさせておきます。この研究を行ったのは、リトアニア体育大学のCernych、Satas、Brazaitisという研究者らで、実験もリトアニアで行われました。つまりこれから出てくる数字は、リトアニアの若い男性十六人から取られた数字です。この記事では盛岡の冬の話と並べて読んでいきますが、被験者が日本人だったわけではありません。
この十六人がフィンランド式サウナに入り、体の状態が測られました。
まず、直腸温です。三七・一一度から、三八・八四度へ上がっています。直腸温というのは、お尻から測る体の芯の温度のこと。脇の下の体温計より、体の内側の状態をよく映すとされていて、こうした実験ではよく使われます。上がり幅にすると一・七度ほど。三八度台の後半といえば、風邪で寝込むときの熱と同じくらいの高さです。サウナの中で、体は静かに座っているように見えて、内側ではかなりの変化が起きています。
心拍数は、一分間に六五・六三拍から一五一・〇拍へ。倍以上になりました。座っているだけなのに、心臓のほうは早足で坂を上っているような働き方をしていることになります。
そして、この研究の主役は脳波でした。脳波とは、頭の表面に貼った電極から拾える、ごく弱い電気の波のことです。たくさんの神経細胞がいっせいにやりとりする様子が、外から波の形として見えるようになる。心電図の頭版だと思っていただくと、輪郭がつかみやすいかもしれません。
脳波の測り方は、二通りありました。ひとつは、じっと静かにしているときの脳波。もうひとつは、簡単な課題をやっている最中の脳波です。そして後者は、画面を使う課題と、音を使う課題の両方で測られています。ここは後でもう一度出てきます。
サウナの前と、サウナを出て九十分後。この二つの時点が比べられています。

九十分後、体はほぼ元の水準に戻っていた
結果の前に、まず体のほうから。
九十分後の直腸温は、三七・〇〇度でした。サウナに入る前の三七・一一度と、ほとんど同じところまで下りています。研究では、この最初の値のことをベースラインと呼びます。基準線、という意味です。上がったものが、元の線まで下りてきていた。
心拍数のほうは、九十分後で一分間に七二・一拍でした。サウナ直後の一五一・〇拍からは大きく下がっていますが、入る前の六五・六三拍と比べると、まだ少しだけ高い。ぴったり同じ値に戻ったわけではない、という点は正直に書いておきます。それでも、倍以上に上がった心拍が、九十分後にはこの水準まで落ち着いていた。体の側の騒ぎは、ほぼおさまっていたと言っていい状態です。
ここが、この研究のいちばん面白いところだと思っています。
熱い部屋に入れば体温が上がる。心臓が速く打つ。汗が出る。これは当たり前です。当たり前すぎて、わざわざ人を集めて測る意味があまりない。この研究が見たかったのは、その騒ぎが全部おさまったあとに、何が残っているかでした。
そして九十分後の脳波には、入る前とは違う特徴が出ていた、と報告されています。
体のほうは、ほぼ元の水準まで戻った。それでも脳の波は戻っていなかった。
言い方を変えると、サウナの影響を体温や心拍で追いかけているかぎり、九十分後には「もう何もない」ように見えるということです。測る場所を変えたときにだけ、違いが見えた。
私たちがお客様から聞く話とも、少しだけ重なります。盛岡で自宅サウナを納めたお宅にうかがうと、「入っている最中より、そのあとが良い」とおっしゃる方が少なくありません。何が良いのかと聞くと、たいていうまく言葉になりません。夜が静かだ、とか。考えごとが減る、とか。
その感覚と、この研究の数字が同じものを指しているかどうかは、わかりません。ただ、測る時刻を後ろにずらして見た研究がある、ということは知っておいて損はないと思います。
増えていたのは、α波でした
九十分後に増えていたのは、安静時脳波のαパワーでした。言葉を三つに分けて説明します。
安静時というのは、課題も何もせず、静かにしている状態のこと。αというのは、脳波をいくつかの種類に分けたときの、ひとつの呼び名です。パワーというのは、その波がどれくらい強く出ているかの量を指します。
α波は、目を閉じてぼんやりしているときに出やすい波として知られています。逆に、目を開けて何かに集中しはじめると弱まりやすい。おおざっぱに言えば、脳が休みの姿勢をとっているときのサインとして扱われることが多い波です。
そのα波が、サウナに入る前より強く出ていた。体の芯の温度が元通りになった、九十分後に。
ここで、気をつけたいことがあります。α波が増えたからリラックスしている、と一対一で言い切れるわけではありません。脳波は、体調でも、時刻でも、眠気でも動きます。夕方に測れば夕方の値が出る。前の晩あまり眠れていなければ、その影響も乗ります。十六人の平均に出た差を、そのまま一人ひとりの実感に翻訳することはできません。
それでも著者らは、この結果を、脳のつながりがよりゆるんだ状態として読み取っています。その読み取りの根拠になったのが、次にお話しする課題中の脳波です。

オドボール課題という、単調な仕事
この研究では、静かにしているときの脳波だけでなく、簡単な課題をやっている最中の脳波も測られています。オドボール課題と呼ばれるものです。しかも、一種類ではありません。画面を見て反応する視覚版と、音を聞いて反応する聴覚版の、二つのやり方で測られています。
オドボールは、英語で「変わり種」というほどの意味。同じような刺激が何度も続くなかに、ときどき違うものが混ざる。それに反応する、という課題です。視覚版なら画面に出るもの、聴覚版なら耳に届く音。単調で、退屈で、けれども気を抜くと見落とす。除雪の見張りに似ています。ほとんど何も起きないけれど、たまに起きたときだけ、すぐ気づかないといけない。
この課題の最中、刺激が出てから決まった頃合いに、頭のどのあたりで、どれくらいの大きさの波が立つか。それを比べたのが今回の結果です。N2、P3という名前が出てきますが、これは「刺激のあと、決まったタイミングで現れる山や谷」につけられた符号だと思ってください。振幅というのは、その波の大きさのことです。
サウナの九十分後には、こうなっていました。
中心頭頂部、つまり頭のてっぺんからやや後ろのあたりでは、N2の振幅が大きくなっていた。一方、前頭から頭頂にかけての範囲では、P3の振幅が小さくなっていた。
そしてこれは、画面の課題だけで見えたことではありません。論文では、視覚版と聴覚版の両方で、同じ向きの変化が報告されています。目で見る課題でも、耳で聞く課題でも、N2は増え、P3は減っていた。片方のやり方だけに出た偶然ではなさそうだ、という材料にはなります。
増えた波と、減った波の両方があります。片方だけを取り出して紹介すると、話がまるごと変わってしまう類の結果です。だからここでは、両方をそのまま並べておきます。
著者らが使ったのは「省エネ」という言葉
増えた波と、減った波。これをどう読むか。
著者らは、この結果を cognitive economy という言葉でまとめています。日本語にすれば、考えることの節約。同じ課題を、より少ない神経の資源でこなしている状態、という意味合いです。あわせて、安静時の神経ネットワークの弛緩が高まっていた、とも述べられています。安静時の神経ネットワークというのは、特に何もしていないときにも働き続けている脳のつながりのこと。それがよりゆるんでいた、という表現です。
この「節約」という読み方を支えているのが、もうひとつの結果です。課題の成績そのものには、有意差がありませんでした。論文にはっきりそう書かれています。サウナの前と九十分後とで、正しく答えられた数も、反応の速さも、意味のある差はつかなかった。上手になったわけでも、下手になったわけでもない。成績は変わらないまま、そこに使われる神経の資源のほうが減って見えた。だから節約という言葉が出てくるわけです。
たとえるなら、薪の焚き方に似ています。同じだけ部屋を暖めるのに、薪を三本くべる人と、二本で足りる人がいる。空気の入れ方と熾火の作り方が違うだけで、消費する量は変わってきます。腕の差は、暖かさではなく、使った量に出る。
ただし、これは著者らの解釈です。波の大きさが変わったという測定結果と、省エネで働いているという説明は、同じものではありません。前者は測った事実で、後者はその読み方。読み方には、いつも別の可能性が残ります。
そして何より、この研究は「サウナに入ると頭が良くなる」と述べたものではありません。成績は上がっていないのですから。変わったのは成績ではなく、その成績を出すときの脳波の出方でした。ここを取り違えると、話がまるごと別のものになってしまいます。
この研究が言っていないこと
読み方の話をします。この研究には、はっきりした限界がいくつもあります。
まず、十六人です。学校のひとクラスの半分にもなりません。人数が少ない研究では、たまたま数人の値が大きく動いただけで、平均が動いてしまいます。同じ実験をもう一度やって同じ結果が出るかどうかは、別に確かめる必要があります。
次に、参加者は二十四歳前後の男性だけでした。女性は含まれていません。六十代、七十代の方も含まれていません。この記事を読んでくださっている方の多くは、おそらくこの十六人とは体の条件がかなり違います。年齢が上がれば、脳波の出方も、熱に対する体の反応も変わります。十六人で見えたことが、そのまま当てはまると考えるのは無理があります。
そして、実験が行われたのはリトアニアで、参加者もリトアニアの若い男性です。日本人を対象にした研究ではありません。この記事は盛岡の冬の暮らしに引きつけて書いていますが、それは読みやすくするための並べ方であって、日本人で同じ数字が出たという話ではありません。気候も、住まいの造りも、サウナの入り方の習慣も違います。国が違えば結果も違う、と決まっているわけではありませんが、同じだと決めてかかることもできません。
そしてもうひとつ、これは特に大事だと思っているのですが。九十分という時刻は、研究者が「ここで測る」と先に決めた時刻です。六十分後がどうだったか、百二十分後がどうだったかは、この研究からは分かりません。ですから「サウナの効果は九十分後に出る」とか「九十分後がいちばん良い」といった言い方は、この研究からは出てきません。測ったのが九十分後だった、それだけです。境目を見つけた研究ではなく、ある一点を見た研究、ということになります。
さらに、測られたのは一回のサウナのあとの、一回分の変化です。毎週続けたらどうなるかは、この研究の外側の話。実験室の画面課題や音の課題で見えたことが、翌朝の仕事や、車の運転や、家族との会話にどう関わるのかも、測られていません。
観察の対象を絞れば絞るほど、分かることは正確になり、言えることは狭くなります。狭さのほうを黙っておくと、記事はいくらでも景気よく書けてしまう。そこは書かないでおこうと思います。
岩手の冬、外の椅子に座れるのは五分ほど
ここから先は、研究の話ではありません。私たちが盛岡と、その周辺で見てきた範囲の話です。
岩手の冬は、外気浴が長続きしません。十一月の終わりから三月まで、朝晩は氷点下。雪が降っていれば、外気浴はまず椅子の雪をどける作業から始まります。私たちがお納めしたお宅で見ているかぎり、真冬に外の椅子へ座っていられるのは、長くて五分ほど。気持ちが良いのは最初の一分半で、そのあとは我慢の時間になります。
だからでしょう、岩手の自宅サウナは、外の椅子より、屋内へ戻ってからの過ごし方のほうがずっと長くなります。脱衣室にどう腰かけるか。廊下は寒くないか。着替えたあと、どこに座るのか。
雑誌に載る自宅サウナの写真は、たいてい水風呂と外気浴の椅子で終わっています。写真としては、そこがいちばん絵になるからです。けれども暮らしの時間で数えれば、そのあとのほうが長い。サウナ室にいるのは十分、外にいるのは五分、そのあとの部屋にいるのは一時間半。
九十分という数字を見たとき、私たちが思い出したのはそこでした。研究が何を示したかとは別の話として、サウナから出たあとの一時間半を、住まいのなかでどう扱っているか。設計の話として、考える価値があります。

九十分後の椅子を、先に決める
自宅サウナのご相談をお受けするとき、図面を引く前にうかがうことがいくつかあります。週に何回くらい入れそうですか。誰と入りますか。そして、出たあと、どこに座りますか。
三つ目の質問を意外に思われる方が多いのですが、これがいちばん、あとから効いてきます。
サウナ室から脱衣室、脱衣室から居間。この動線に寒い区間が一か所でもあると、冬の稼働は目に見えて落ちます。せっかく温まった体が、廊下で冷える。それが二回続けば、次の週は「今日はやめておこう」になる。私たちが見てきた範囲では、使わなくなる理由の多くは、サウナ室そのものではなく、その手前と、その後ろにあります。
座る場所を先に決めておくと、話が変わります。薪ストーブの前に一脚だけ置くのか。窓際にして、雪の庭を見ながら座るのか。台所に近い側へ寄せて、お茶を淹れやすくするのか。どれを選ぶかで、サウナ室の扉の向きも、脱衣室の広さも、照明の位置も変わってきます。
私たちが手がけている自宅サウナのKUUTAでも、薪サウナストーブでも電気ヒーターでも、最初に決めるのはそこです。ヒーターの機種は、そのあとで決まります。
サウナは、熱い部屋をひとつ作る工事ではありません。出たあとの時間まで含めて、家の一部を作る工事です。九十分という数字を見たあとだと、その言い方が少しだけ具体的になります。

サウナを出て九十分後。台所でお茶を淹れて、ストーブの前に座っている頃です。その時刻に脳波を測った人たちがリトアニアにいて、体はほぼ元の水準まで戻っていたのに、波の出方だけは違っていたと報告されています。課題の成績そのものに差はありませんでした。二十代のリトアニア人男性十六人の話で、そのまま暮らしに持ち込める話ではありません。九十分後の椅子を、どこに置くか。冬の長い土地では、そこから決めても遅くありません。なお、持病をお持ちの方、薬を飲んでいる方は、サウナの利用について主治医にご相談ください。本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Cernych M, Satas A, Brazaitis M. Post-sauna recovery enhances brain neural network relaxation and improves cognitive economy in oddball tasks. International Journal of Hyperthermia 2018(リトアニア体育大学、PMID 30300030)
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30300030/
- https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02656736.2018.1504992
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



