盛岡の台所で、母が近所の方の名前を思い出せずにいました。十秒後に出てきて、二人で笑って終わった話です。フィンランドには、サウナに入る頻度と認知症を20年以上追いかけた研究が一本あります。見出しだけが独り歩きしやすい研究でもあります。3分の1という数字が実際に何を指しているのか、どこまでが確かで、どこから先が分からないのか。岩手の暮らしに持ち込めるのかどうかも含めて、条件ごと丸ごと読んでみます。

盛岡の十一月、台所で出てこなかった名前
十一月の盛岡は、朝の冷え方が一段変わります。窓の内側がうっすら曇り、庭の土が朝のあいだだけ固くなる。そんな日に、実家へ薪を運びました。
台所で、母が近所の方の名前を思い出せずにいました。「ほら、あの、坂の下の」。十秒ほどして名前は出てきて、二人で笑って、その話は終わりました。それだけのことです。
けれど帰りの車の中に、笑ったあとの静けさだけが残りました。似たような時間を過ごした方は、少なくないと思います。岩手は高齢化率が全国でも高い県です。盛岡の現場でも、打ち合わせの合間に「うちの親が最近ね」という話が出るのは珍しくありません。
私たちはサウナと薪ストーブの店です。医者ではありません。ですから、もの忘れに何かが効きます、という書き方はしませんし、するべきでもないと思っています。
ただ、サウナに入る頻度と認知症の関係を二十年以上かけて追いかけた研究が、フィンランドに一本あります。2017年に発表されたものです。そして、見出しだけが独り歩きしやすい研究でもあります。「サウナに週4〜7回入る人は認知症が3分の1」。そんな形で紹介されているのを、私も何度か見かけました。
3分の1、という言葉は強い。強い言葉ほど、元の条件が抜け落ちたまま伝わっていきます。そして今回いちばん厄介なのは、その3分の1が「実際に数えた人数の比」ではない、というところです。ここは記事の中ほどで、時間をかけて書きます。
この記事では、その研究を条件ごと丸ごと読みます。数字が何を指しているのか。どこまでが確かで、どこから先は分からないのか。そして、岩手の暮らしにそのまま持ち込める話なのかどうか。急がずに進めます。
二十年後まで知っている研究は、そう多くない
この研究は、KIHD研究と呼ばれる大きな追跡調査の一部です。日本語にすると「クオピオ虚血性心疾患リスク因子研究」。クオピオはフィンランド東部の街の名前です。もともとは心臓や血管の病気の危険因子を調べるために始まった調査でした。
対象になったのは、調査を始めた時点で42〜60歳だった健康な男性2,315人。この方たちを、追跡期間の中央値で20.7年にわたって追いかけています。四分位範囲(IQR)は18.1〜22.6年でした。
用語を先に噛み砕いておきます。
中央値というのは、平均ではなく「ちょうど真ん中の人の値」のことです。極端に長い人や短い人に引っ張られにくい数字です。四分位範囲は、真ん中あたりの半数の人がどのくらいの幅に収まっていたか、という目安。つまり多くの参加者が、十八年から二十二年ほど追いかけられていたことになります。
この二十年という長さが、この研究のいちばんの値打ちです。
認知症は、ある日いきなり現れる病気ではありません。数年から十数年かけて、ゆっくりと形になっていきます。ですから三年や五年の調査では、そもそも結果が出るところまで届きません。二十年後にどうなったかまで知っている研究は、サウナの世界にそう多くないのです。
追跡期間中に記録されたのは、認知症204例、アルツハイマー型認知症123例でした。
そしてこの研究は、後から見比べた研究、いわゆる観察研究です。サウナに入る人と入らない人を、くじ引きで分けたわけではありません。もともとの暮らしのまま追いかけて、二十年後に見比べた。この違いは、あとの節でもう一度出てきます。
ハザード比0.34を、日本語に直す
この研究では、サウナに入る頻度で参加者を三つに分けています。週1回、週2〜3回、週4〜7回。
週1回の群を基準(1.0)として、ほかの群と比べます。出てきた数字が、多変量調整ハザード比です。
ハザード比というのは、ある期間のあいだにその出来事がどのくらい起こりやすいかを比べた「比」です。1.0なら基準の群と同じくらい。1より小さければ、基準の群より起こりにくかった、ということになります。
認知症について報告された数字は、こうでした。
週2〜3回 0.78(95%信頼区間 0.57〜1.06)。週4〜7回 0.34(95%信頼区間 0.16〜0.71、P=0.004)。
さて、この0.34を日本語に直します。ここが、この記事でいちばん言葉を選んだところです。
正しい直し方はこうです。年齢や血圧といった条件をそろえたうえで計算し直したとき、週4〜7回の群の認知症の発症しやすさは、週1回の群のおよそ3分の1と推定された。
つまり0.34は、実際に数えた人数の比ではありません。「週4〜7回の群では、認知症と診断された人が本当に3分の1だった」という意味にはならないのです。群ごとに何人が発症したかという生の数字は、この論文からそのまま読み取れる形では示されていません。私たちが手にしているのは、条件をそろえる計算を通したあとの「起こりやすさの比」だけです。
そして「3分の1に減ります」でもありません。減った、という言い方は、サウナを増やしたからそうなった、という向きを含みます。この研究はそこまで言っていません。この言い方の差は、あとの節でもう一度効いてきます。
そして95%信頼区間。これは推定の幅です。何度も同じ調査を繰り返したとして、本当の値がこのあたりに収まりそうだ、という範囲です。
読み方のコツはひとつです。この幅が1.0をまたいでいるかどうか。またいでいれば、基準より多かった可能性も少なかった可能性も残り、はっきりした差とは言えません。またいでいなければ、統計的に有意、という言い方をします。
週4〜7回の0.16〜0.71は、1.0をまたいでいません。
幅そのものにも意味があります。0.16から0.71は、かなり広い。幅が広いほど、その推定は不確かだと考えます。3分の1という数字の裏側には、本当のところは六分の一ほどだったのか、それとも四分の三ほどだったのか、そこまでは絞り切れていない、という揺れが同居しています。

有意だったもの、有意でなかったもの
都合のいい数字だけを並べると、記事はきれいになります。ただ、それは読み物として不誠実です。ですから、有意でなかった結果も並べます。
まず認知症について。週2〜3回は0.78、その95%信頼区間は0.57〜1.06。
この幅は、1.0をまたいでいます。1.06。ぎりぎりですが、またいでいます。つまり週2〜3回の群は、週1回の群とはっきりした差があったとは言えません。0.78だけを見ると少なそうに見えますが、そう読んではいけない数字です。
次にアルツハイマー型認知症。週2〜3回は0.80(0.53〜1.20)、週4〜7回は0.35(0.14〜0.90)でした。
週2〜3回は、やはり1.0をまたいでいます。週4〜7回は0.14〜0.90で、またいでいません。
まとめます。この研究ではっきりした差が示されたのは、認知症でもアルツハイマー型でも、週4〜7回の群だけでした。週2〜3回の群は、どちらの指標でも「差があるとは言えない」という結果です。
ここを省いて「サウナに入る回数が多いほど認知症が少ない」と書いてしまうと、研究が言っていないことを言わせることになります。段々に良くなっていく、という形の結果ではないのです。
もうひとつ。週4〜7回の信頼区間は、認知症で0.16〜0.71、アルツハイマー型で0.14〜0.90。どちらも幅が広い。一般に、この幅が広くなる理由のひとつは、その群に当てはまる人数が限られていることです。頻度の高い群は、どんな調査でも人数が少なくなりがちです。
数字が小さいことと、数字が確かなことは、別のことです。ここを一緒にしないだけで、研究の読み方はずいぶん変わります。
204例と123例は、足し算できません
細かい話をひとつ挟みます。読み間違えやすいところだからです。
この研究で記録されたのは、認知症204例、アルツハイマー型認知症123例でした。
これを見て「合わせて327例」と書いてしまうと、間違いになります。アルツハイマー型認知症は、認知症という大きな箱の中に入っている一つの型です。204例のうちの123例が、アルツハイマー型と診断された。そう読みます。入れ子になっている数字なので、足し算はできません。
引き算をするなら、認知症204例のうちアルツハイマー型以外が81例、という読み方になります。ただし、そこから先の内訳がどうだったかは、この研究の報告からは分かりません。分からないことは、分からないままにしておきます。
こういう入れ子は、研究の紹介記事でよく崩れます。数字を大きく見せようという気がなくても、足し算をしてしまうだけで起きる。私自身、元の論文の表を見返して「ああ、そういうことか」と気づいたことが何度もあります。
薪の話に置き換えると、すっと入ってくると思います。薪棚に広葉樹が204束あって、そのうち123束がナラだった。これを「広葉樹とナラで327束」とは言いません。ナラは広葉樹の中に入っているからです。当たり前の話なのに、数字が並ぶと途端に見えにくくなります。
数字は、大きいほど強いわけではありません。どの箱の中の数字なのか。それが分かって、はじめて意味を持ちます。
何を差し引いたうえでの数字か
「多変量調整ハザード比」の、多変量調整の部分を書きます。
サウナによく入る人と、あまり入らない人。この二つのグループは、サウナの頻度以外もたぶん違います。年齢も、お酒の量も、体格も、血圧も。その違いをそのままにして比べたら、何を見ているのか分からなくなります。
そこで、条件がそろっていたと仮定して計算し直します。これが調整です。
この研究の主な解析で調整されたのは、次の九項目でした。年齢、飲酒量、BMI(体格の指標)、収縮期血圧(いわゆる上の血圧)、喫煙、2型糖尿病、心筋梗塞の既往、安静時心拍、LDLコレステロール。
心臓や血管に関わる項目が、ひととおり入っています。もともとが心疾患の危険因子を調べるコホートですから、そのあたりは丁寧に測られていたのだと思います。
つまり0.34という数字は、「年齢も血圧も喫煙も糖尿病も同じくらいだったとしたら」という前提のうえで計算された値です。生のままの比較ではありません。ここは記事の見出しからいちばん抜け落ちる部分なので、必ず書くようにしています。
そして、この論文はもう一段進んでいます。
著者らは、この九項目に加えて、身体活動量と社会経済的地位(SES)でも追加の調整を行っています。KIHD研究の社会経済的地位は、収入・教育・職業などを組み合わせた複合の指標です。つまり「学校に何年通ったか」「どんな仕事をしてきたか」「暮らし向きはどうか」は、測られないまま放置されていたのではなく、まとめて計算に入れられている。
そして追加調整をしても、結果は変わりませんでした。認知症のハザード比は0.34(95%信頼区間 0.16〜0.71、P=0.004)、アルツハイマー型認知症は0.35。主な解析とほとんど同じ数字です。
ここは、私が最初に読んだときに読み落としていたところです。「教育や仕事の違いが混ざっているだけではないか」という疑いは、いちばん自然に浮かぶ疑いです。だからこそ著者らは先回りして確かめている。研究を紹介する側が、確かめられている項目を「確かめられていない」と書いてしまうと、その手間をなかったことにしてしまいます。
そのうえで、調整には限りがあります。
調整できるのは、測った項目だけです。測っていないものは差し引けません。この研究で測られていない、あるいは論文に出てこないものは、まだあります。ふだんの食事の中身。人づきあいの多さや、家族と過ごす時間。住まいの寒さや暖かさ。サウナに入ることそのものより、サウナのある家に住めるという暮らしの厚みのほうが効いていた、という筋も残ります。そういったものが二つの群で違っていたとしたら、その影響は0.34の中に混ざったままです。
雪かきに似ています。玄関先の雪はどけられます。屋根の雪も、はしごをかければ下ろせます。この研究は、はしごを一本余分にかけた研究です。それでも、裏側の谷になったところに何がどれだけ載っているかは、下からでは分かりません。統計の調整は、はしごが届いた場所の雪しか下ろせないのです。

この研究が言っていないこと
ここが、この記事でいちばん書きたい節です。
第一に、これは観察研究です。参加者をくじ引きで二つに分けて、片方にサウナへ入ってもらった研究ではありません。もともとの暮らしのまま追いかけて、二十年後に見比べた。ですから、サウナに入ったから認知症が少なかった、という因果関係を示すものではありません。関連が示された、というところまでです。
観察研究では一般に、原因と結果が逆である可能性を完全には否定できません。もの忘れが始まりかけた方は、サウナに入る回数がだんだん減っていく。それだけでも、こういう形の数字は出てきます。そして先ほどの「測りきれていない項目」の影響も、身体活動や社会経済的地位まで調整したあとになお残ります。この二つは、どれだけ丁寧に調整しても消えないものです。
第二に、週1回・週2〜3回・週4〜7回という区分は、研究者があらかじめ決めた分け方です。データを見てから「週4回のところに境目があった」と発見したわけではありません。
ここは本当に間違えられやすいところです。「週4回を超えるとスイッチが入る」といった説明を見かけることがありますが、この研究はそういうことを言っていません。もし研究者が週3回と週5回で線を引いていたら、出てくる数字は別のものになっていたはずです。区分は自然界にある境目ではなく、研究の設計なのです。
第三に、この研究は「どのくらいの温度で、何分入ったか」で認知症が変わるかを示したものではありません。報告されているのは頻度による区分です。温度や入浴時間の話は、この研究からは言えません。
そして繰り返しになりますが、サウナに入れば認知症を防げる、という研究ではありません。持病のある方、お薬を飲んでいる方、血圧に不安のある方は、サウナに入ること自体について、まず主治医にご相談ください。私たちがご相談を受けたときも、必ずそうお伝えしています。
週4〜7回は、家にサウナがある暮らしの数字
対象になった方々のことを書きます。ここを飛ばすと、数字が一人歩きします。
この研究の参加者は、フィンランド東部に住む、調査開始時に42〜60歳だった健康な男性2,315人です。
まず、全員が男性です。女性は含まれていません。ですから、女性で同じ関連が見られるかどうかは、この研究からは分かりません。
次に、フィンランドの方々です。日本人ではありません。生活習慣も、住まいの造りも、サウナとの距離も違います。
そして年齢。調査開始時に42〜60歳、つまり中年期の方たちです。七十代、八十代の方が今からどうか、という問いに、この研究はそのまま答えていません。
もうひとつ、頻度という言葉の重さが違います。ここから先は研究に書かれていることではなく、私たちが見てきた範囲での話として書きます。
フィンランドでは、家にサウナがあることが特別ではありません。台所や風呂場と同じ並びに、サウナ室がある。週4〜7回というのは、その暮らしの中では「毎日お風呂に入る」に近い頻度です。わざわざ出かけて料金を払う、という話ではありません。
日本は、多くの場合そうではありません。施設まで通う。片道の運転がある。冬の岩手なら、そこに雪道の運転が加わります。同じ「週4回」でも、暮らしの中での重さがまるで違うのです。
数字を国境をまたいで持ち込むときは、この重さの差を毎回思い出す必要があります。
なお、このクオピオのコホートからは、心臓や血管についての研究も発表されています。当店の読み物でも別の回で扱っている、同じ集団を追った姉妹編です。ただ、それぞれ別の指標を見ていますから、結果を混ぜて読まないようにしています。

「実際は、週何回入れそうですか」
盛岡で自宅サウナのご相談を受けるとき、私たちが必ずお聞きすることがあります。
「実際は、週何回くらい入れそうですか」
夢の話ではなく、生活の話としてお聞きします。答えは、たいてい静かです。「毎日入りたいけど、まあ週に一、二回かな」。それが正直なところで、そして正しい答えだと思っています。
薪サウナストーブなら、火を熾す手間があります。薪を運び、焚きつけを組み、温度が上がるまで待つ。この時間が好きな方には何よりですが、平日の夜に毎回となると現実的ではありません。電気のサウナヒーターでも、入って、水を浴びて、髪を乾かしてとなれば、一時間は動きます。
そして岩手の冬です。十一月から三月まで、外は凍ります。外気浴の椅子に長く座れる日は、そう多くありません。
つまり、フィンランドの研究に出てくる「週4〜7回」と、盛岡の家の現実は、かなり離れています。この距離を埋めようとして「週4回入りましょう」とお勧めするのは、私たちの仕事ではないと思っています。研究は、そういう使い方をするために書かれたものではありません。
むしろ、週に一、二回でも続く形をどう作るか。そちらのほうが、設計としては手応えがあります。着替えから風呂までの動線。薪棚の位置。冬に扉が凍りつかない納まり。そういう地味なところで、続くか続かないかが決まります。
私たちは岩手県盛岡市で、自宅サウナKUUTAや、ハルビアの薪サウナストーブ・電気サウナヒーターの設置を手がけています。週に一、二回を長く続けたい方には、温まりの早い電気サウナヒーターがおすすめです。火を育てる時間そのものを楽しみたい方には、薪サウナストーブが向いています。研究の数字を根拠に商品をお勧めすることはしません。週に何回入れるかという現実から逆算した設計のご相談には、いつでもお付き合いします。
母の名前の話に戻ります。あの日の十秒は、これからも時々やってくるはずです。研究を一本読んでも、それが消えるわけではありません。
それでも、2,315人を二十年かけて追いかけた人たちがいて、その結果が数字として残っています。分かったことと、分からないままのことが、きちんと分けて書かれている。そこに、静かな安心を覚えます。
サウナは、暮らしの道具です。効くから入るのではなく、気持ちがいいから入る。その順番でいいと思います。持病のある方、お薬を飲んでいる方は、入り方について必ず主治医にご相談ください。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Laukkanen T, Kunutsor SK, Kauhanen J, Laukkanen JA. Sauna bathing is inversely associated with dementia and Alzheimer's disease in middle-aged Finnish men. Age and Ageing 2017;46(2):245-249(東フィンランド大学)
- KIHD研究(クオピオ虚血性心疾患リスク因子研究):ベースライン時42〜60歳の健康な男性2,315人、追跡期間中央値20.7年(IQR 18.1〜22.6)、追跡中に認知症204例・アルツハイマー型認知症123例
- 同研究の主要な多変量調整項目(9項目):年齢、飲酒量、BMI、収縮期血圧、喫煙、2型糖尿病、心筋梗塞既往、安静時心拍、LDLコレステロール
- 同研究の追加調整:上記に身体活動量と社会経済的地位(SES。KIHDでは収入・教育・職業などを含む複合指標)を加えても結果は変わらず、認知症のハザード比0.34(95%信頼区間 0.16〜0.71、P=0.004)、アルツハイマー型認知症のハザード比0.35
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



