「サウナって、結局はお金のある人の趣味でしょう」。ショールームで、何度か言われた言葉です。この問いに、正面からではないところから答えている論文がフィンランドにあります。暮らし向きの差そのものではなく、その差が習慣とどう組み合わさったか、という話です。数字のまま、置いてみます。
「サウナって、結局はお金のある人の趣味でしょう」
盛岡の国道4号沿いに、うちのショールームがあります。冬は、肩の雪をはらいながら入ってこられる方が多い。薪ストーブの前でしばらく温まって、ひととおり見て、帰りぎわにぽつりと言われることがあります。
「サウナって、結局はお金のある人の趣味でしょう」
責める口調ではありません。笑いながらの、あきらめに近い一言です。私はこれに、うまく返せたためしがありません。売っている側が否定すれば、商売の都合に聞こえます。かといって肯定すれば、目の前の方に「あなたには縁のない話です」と言うことになる。だいたいは、曖昧に笑って終わります。
この問いに、正面からではないところから答えている論文があります。フィンランドの疫学の研究です。暮らし向きの差そのものを論じたわけではありません。暮らし向きの差によって生まれる死亡リスクの上乗せが、サウナに入る回数の多い層では見えにくくなっていた、という報告です。
日本語で紹介されているのを、私はまだ見たことがありません。数字が派手な研究ではないので、引用されにくいのだと思います。
先に断っておきます。私は医者ではありません。ストーブと煙突を扱う職人です。三代続いて火を扱ってきた家に生まれ、煙突掃除の資格を取り、年に百軒近い現場に上がっているだけの人間です。ですからこの記事は、治療の話でも健康法の話でもありません。論文にこう書いてあった、という紹介にとどめます。
フィンランドの団地で見た、順番表
研修でフィンランドに行ったとき、驚いたのはサウナの数ではありませんでした。その置かれ方です。
案内されたのは、なんということもない集合住宅でした。日本でいえば、少し古い公営の団地に近い佇まいです。外壁は色あせていて、自転車が雑に停めてある。地下におりると、共用のサウナがありました。
扉の横に、紙が貼ってあります。曜日と時間が縦に並び、その横に名前を書き込む欄がある。順番表です。火曜の十九時、木曜の二十時。そこに手書きの名前が入っている。
予約票というより、町内会のゴミ当番の表に近い雰囲気でした。ボールペンで書いて、消して、また書いて。紙の端がめくれていました。
サウナが、贅沢品としてではなく、建物の設備として組み込まれている。洗濯機置き場や乾燥室と同じ扱いだ、と現地の方は言っていました。特別なものだと思っていないから、話題にすらならない。
これを見てから、サウナ研究の読み方が少し変わりました。
研究のなかに「週4〜7回」という群が出てきます。日本の感覚だと、そんなに入る人がいるのかと思います。けれど、地下に降りればそこにあって、順番表に名前を書けばいい。そういう暮らしなら、週に何度も入るのは特別なことではありません。
日本で「週に何回サウナに入りますか」と聞けば、多くの方は月に何回、で答えるでしょう。この前提の違いは、あとで数字を読むときに効いてきます。

二千五百七十五人を、二十七年と八か月
紹介するのは、Kunutsor SK、Jae SY、Laukkanen JA らが2022年10月に Experimental Gerontology という雑誌に出した報告です(PubMed 35908583)。
対象は、フィンランドの男性2,575人。研究に入った時点で42歳から61歳の方々です。これを、中央値で27.8年追いかけています。
中央値という言葉を、その場でほどきます。真ん中の人の数字、という意味です。全員を27.8年追ったわけではありません。もっと長く追えた人もいれば、途中で亡くなった人も、連絡が取れなくなった人もいる。それを長さの順に並べて、ちょうど真ん中にきた人が27.8年だった、ということです。
追跡のあいだに、1,618人が亡くなりました。
この数え方には、重みがあります。四十代・五十代で研究に入った男性が、七十代・八十代になるまでの時間です。人ひとりの後半生を、まるごと帳簿につけたようなものです。
こうやって同じ集団をずっと追いかける研究の形を、コホート研究と呼びます。この集団は KIHD という名前で、1980年代に東フィンランドで登録されました。
ここは正直に書いておきます。サウナと健康の話で日本語の記事に出てくる数字は、その多くがこの同じ集団から出ています。心臓の話も、呼吸器の話も、元をたどると同じフィンランドの中高年男性です。ですから、あちこちの記事で見かける数字は「別々の証拠」ではありません。同じ人たちを、違う角度から切ったものです。この点は、あとでもう一度触れます。
暮らし向きが低い群で、1.31
この研究が見たのは、社会経済的地位というものです。英語の頭文字をとって SES と書かれます。収入や学歴、職業などを組み合わせた指標で、平たく言えば暮らし向きの目安です。
結果はこうでした。SES が低い群は、高い群にくらべて、全死因死亡のハザード比が1.31。95%信頼区間は1.18から1.45です。
言葉を二つ、ここでほどきます。
ハザード比というのは、リスクの比です。1.00 なら差がない。1.31 なら「1.31倍のペースで起きていた」という読み方になります。何人が亡くなるかを予言する数字ではありません。二つの群を並べたときの、比べものさしです。
95%信頼区間は、推定の幅です。1.18から1.45という幅は、本当の値がだいたいこのあたりに収まりそうだ、という範囲を示します。この幅が1.00をまたいでいない。だからこの差は、偶然では説明しにくい差、統計の言葉でいう有意な差ということになります。
もうひとつ、全死因死亡という言葉。死因を問わず亡くなった方を全部数えたもの、という意味です。心臓でも、がんでも、事故でも、まとめて一つに数える。特定の病気だけを取り出した数字よりも、都合のいい切り取りがしにくい指標です。
暮らし向きの差が、寿命の差として二十七年の帳簿に残っていた。
まず、そういう話です。正直、気持ちのいい数字ではありません。けれど、ここを飛ばして次の話には進めません。
その上乗せが、週3〜7回の層では見えなくなった
ここからが、この論文の本題です。
研究チームは、SES の高い低いだけを見たのではありません。そこにサウナの回数を組み合わせています。
すると、SES が低い群のなかでも、サウナに週3〜7回入っていた層では、さきほどの1.31という上乗せが打ち消される向きの結果になった。統計の言葉でいう交互作用が確認された、と報告されています。
交互作用というのは、二つの条件が組み合わさったときに、効き方が変わることです。塩と砂糖のようなものだと思ってください。片方ずつ舐めたときの味と、混ぜたときの味は違います。片方の影響が、もう片方の状態によって変わる。それが交互作用です。
ここで、三つ、はっきりさせておきます。
ひとつ。週3〜7回という区切りは、研究者があらかじめ決めた群分けです。研究が「週3回に境目がある」と発見したわけではありません。ここを取り違えた記事を、私はいくつも見ました。調べる前から引いてあった線です。線の引き方が違えば、数字も変わります。
ふたつ。私は手元の資料に、この層のハザード比の数値を持っていません。ですから、それらしい数字をここに書きません。方向として上乗せが打ち消された、という報告だけを置きます。原著の表を見ずに数字を作ることだけは、したくないのです。
みっつ。打ち消されたというのは、リスクがゼロになったという意味ではありません。低い群と高い群の差が、統計のうえで見えにくくなった、というだけの話です。誰かが健康になった、という報告ではありません。
この数字を、どこまで信じてよいか
ここからは、売っている側が自分から書いておくべきことです。
第一に、これは観察研究です。後から見比べた研究、と言い換えられます。誰かがサウナの回数を割り振ったわけではありません。もともとよく入っていた人と、あまり入らなかった人を、後から突き合わせている。ですから、因果関係、つまり「サウナに入ったからこうなった」を示すものではありません。
第二に、順序の問題があります。体調の悪い人は、そもそも熱い部屋に入りません。足腰が弱れば、地下のサウナまで降りません。つまり「元気だから週に何度も入れた」という向きが、どうしても混じります。逆因果と呼ばれる問題です。二十七年も追えば薄まりますが、消えはしません。
第三に、暮らし向きと生活習慣は、そもそも絡み合っています。たばこも、食事も、仕事の重さも、住まいの寒さも、SES と無関係ではありません。こういう研究では、年齢や喫煙などの影響を統計的に揃える多変量調整という手続きを踏むのが通例です。ただし、何を揃えたかは論文ごとに違います。手元のまとめでそこまで確認できていないので、私はここで「調整してあるから大丈夫」とは書きません。
第四に、対象です。フィンランドの、42歳から61歳の男性だけです。女性は入っていません。日本人でもありません。毎晩湯船につかる国の中高年に、そのまま当てはまる保証はどこにもない。
第五に、サウナと死亡率の関係を確かめたランダム化比較試験、つまりくじ引きで群を割り振って比べた試験は、存在しません。あるのは、こうした観察研究だけです。
以上を全部踏まえたうえで。それでも私は、1.31という上乗せと、その上乗せが見えなくなる層があった、という報告に引っかかりました。

岩手には、燃料だけは自前で用意できる土地がある
あの団地の順番表を思い出すたびに、考えることがあります。
フィンランドでは、熱が安く手に入る形で建物に組み込まれていました。個人が頑張って調達するものではなく、最初からそこにあった。
岩手はどうか。集合住宅の地下にサウナはありません。施設に通えば一回いくらかかりますし、冬の夜は路面が凍って、往復に一時間以上かかることもある。十二月から三月までの四か月、通い続けられる方はそう多くないと思います。実際、この時期に「今年は行かなくなった」という話は、現場でよく聞きます。
ただ、この土地には別の事情もあります。燃料が、山にあります。
伐り倒した木、片付けた庭木、山仕事で出る端材。薪の相談は年中入ってきますし、灯油の値段が上がった年は特に増えました。熱を買わずに用意できる土地なのは、確かです。
ただし、正直に書きます。薪はタダではありません。
玉切りにして、割って、積んで、二夏かけて乾かす。乾ききらないうちに燃やせば、煙突の内側に煤とタールが張りついていきます。煙突掃除の講習を受けた身として言えば、湿った薪を焚いた煙突の中は、見ていて気持ちのいいものではありません。チェーンソーは危ない道具ですし、薪割りは腰にきます。
つまり、お金の代わりに、時間と体力という別の代金を払っている。それだけの話です。
ですから私は、「薪なら安い」という言い方をしません。安く上がった方も、続かなかった方も、両方見てきました。そしてこの研究の数字を、燃料の売り文句につなげるつもりもありません。研究が数えたのはフィンランド人の入浴回数であって、薪の値段ではないからです。

私たちが見てきた範囲では
ここからは、出典に書いていないことです。経験として書きます。
私たちが見てきた範囲では、サウナが続く家と続かない家の差は、設備の値段ではありませんでした。距離と、段取りです。
母屋から離れが遠い家は、冬に足が遠のきます。着火から入れるまでの一時間に、他の用事を組み込めている家は続いています。薪棚が屋根の下にある家は続き、雪の下から薪を掘り出す家は続きません。
引き渡しから数年経った家に点検で伺うと、使われているかどうかは扉を開ければだいたい分かります。ベンチの色の変わり方、床の乾き方、ストーブの前の灰の様子。言葉より正直です。
回数というのは、意志の問題というより、動線の問題なのだと思っています。
あの団地の順番表が頭から離れないのは、たぶんそのせいです。曜日と時間が最初から決まっていて、名前を書けばいい。迷う余地がない形になっていた。習慣を人の根性に任せず、建物の側で引き受けていた。
私自身、五十を過ぎて冬の運動量が落ちた当事者です。決めごとにしておかないと、寒い日は何もしません。人のことは言えないのです。
研究の数字が言えるのはここまでで、その先は、たぶん設計と段取りの話になります。

最後に、商売の話を数行だけ。うちは盛岡でハルビアの薪サウナストーブやペレットサウナを扱い、自宅サウナや離れのサウナ小屋の設置もしています。ただ、今日の研究をその案内につなげるつもりはありません。研究が数えていたのはフィンランドの男性の入浴回数であって、うちが納めた製品ではないからです。研究の話と、火の道具の話は、別の棚に置いておきます。
そのうえで、いつもの注意だけ添えます。飲酒後は入らないこと。水分をとること。無理をしないこと。そして、持病のある方や薬を飲んでいる方は、入る前に必ず主治医に相談してください。健診の数値や体調のことは、この記事ではなく、診てくれている先生に聞くのがいちばんです。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Kunutsor SK, Jae SY, Laukkanen JA|Experimental Gerontology, 2022年10月|PubMed 35908583(フィンランドKIHDコホート男性2,575人・42〜61歳・中央値27.8年追跡、死亡1,618件。社会経済的地位が低い群の全死因死亡ハザード比1.31、95%信頼区間1.18〜1.45。週3〜7回のサウナ習慣がある層でその上乗せが打ち消される交互作用)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



