花巻の湯、鶯宿の湯、繋の湯。岩手で暮らしていると、お湯はいつも近くにあります。ところが妊娠を伝えたとたん、「温泉もサウナも、一律だめだよ」と周りから言われた。そんな話を、D'STYLEは接客の場で何度も聞いてきました。今日は、その言葉の元になっていることの多い、ある研究を静かに開いてみます。
「危険」という言葉の出どころ
妊娠中のサウナが危険だと語られるとき、根拠としてよく引かれる研究があります。1992年、医学誌JAMAに載った論文です。ミルンスキーという研究者らが、23,491人という大きな数の妊婦を追いかけたコホート研究(集団を追跡して調べる研究)でした。97%という高い割合で、熱への曝露と赤ちゃんの状態の情報がそろっていたと報告されています。
この研究が調べたのは、妊娠の初期(第1三半期、おおよそ最初の3か月)に、母親が熱いものに触れることと、赤ちゃんの神経管欠損(脳や脊髄のもとになる管がうまく閉じない状態)との関係でした。
数字を並べてみる
研究が示した粗い相対リスク(調整前の、単純な比較の値)は次の通りでした。熱い浴槽で2.9倍、サウナで2.6倍、発熱で1.9倍。ここだけ見ると、サウナも浴槽も同じくらい危ないように見えます。
ですが統計には、信頼区間という考え方があります。ものさしの誤差の幅のようなもので、この幅が1をまたいでいると、「差がないかもしれない」という可能性を否定できません。熱い浴槽の信頼区間は1.4から6.3で、1をまたいでいません。サウナの信頼区間は0.7から10.1。1をまたいでいます。つまり数字の上では、統計的に有意だったのは熱い浴槽のほうで、サウナは有意ではなかったのです。
年齢や他の要因を差し引いた多変量調整後の値でも、傾向は変わりません。熱い浴槽は2.8倍(信頼区間1.2から6.5)で有意のまま、サウナは1.8倍(信頼区間0.4から7.9)、発熱は1.8倍(信頼区間0.8から4.1)で、いずれも有意ではありませんでした。
「研究が見つけた境目」ではないこと
ここで一つ、丁寧に言葉を選ぶ必要があります。この研究は、何度で何分ならいいという境目を実験で確かめたものではありません。妊婦さんたちの実際の生活を後から振り返って調べた、観察研究です。観察研究は、二つのことが同時に起きている(相関)ことは示せても、片方がもう片方の原因になっている(因果関係)とまでは言い切れません。サウナに入った人ほど、他にも何か体調や生活の違いがあったかもしれない。そこまでは、この論文だけでは分けられないのです。
補強する二つの研究
1992年の研究だけで判断するのは早いので、他の研究も見てみます。1982年、サクセンらがフィンランドで行った症例対照研究(病気のある人とない人を比べる研究)では、中枢神経系の奇形が100例、口唇口蓋裂が202例の赤ちゃんを調べました。妊婦さんの98.5%が、妊娠中も定期的にサウナを利用していたと報告されています。それでも、症例群と対照群のあいだで、サウナの習慣そのものに差はありませんでした。
もう一つ、1991年のヴァハ・エスケリらの研究では、妊娠後期に70℃で20分入ってもらい、子宮の収縮や赤ちゃんの心拍への影響を調べています。結果は、大きな影響は見られなかったというものでした。後の系統的な整理では、70℃・相対湿度15%・20分という条件では、催奇形の目安とされる母体の核心温39℃には届かないだろうと述べられています。
それでも、条件を外して語れない
三つの研究を並べても、「妊娠中のサウナは安全です」とは言えません。逆に「サウナは危険です」とも言い切れません。言えるのは、温度と時間という条件をセットにしないと、そもそも語れない話だということです。87℃で30分なのか、70℃で20分なのか。その差だけで、体に起きることは変わってきます。この作法を飛ばして「サウナ」の一語だけで語ってしまうことが、誤解を広げる一番の原因なのだと思います。
妊娠中の利用については、この記事の情報だけで判断せず、必ず主治医にご相談ください。
現場で見ている、温度という設計の話
D'STYLEが手がけるのは、研究の再現ではなく、家という器です。ヒーターの出力を選ぶとき、私たちは最初から高い出力を勧めることはしません。出力を落とせば、室温を低めに保ったまま使うこともできます。ベンチも、下段と上段では実測でかなりの温度差が出ます。低い温度で使いたい方には、下段を主に使う配置をご提案することもあります。
木部の管理については、使わない時期があっても大きな劣化にはつながりにくいというのが、これまで施工してきた現場での実感です。妊娠中に使用を控える期間があっても、サウナ室そのものが傷むわけではありません。判断は主治医に委ねつつ、家の設備としては、使う・使わないを選べる余地を残しておくこと。それが施工者としてできることだと考えています。




本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。妊娠中の利用については、必ず主治医にご相談ください。
参照した研究
- Milunsky A, Ulcickas M, Rothman KJ, Willett W, Jick SS, Jick H. "Maternal heat exposure and neural tube defects." JAMA 1992;268(7):882-885.
- Saxén L, et al. Teratology 1982;25(3):309-313.
- Vähä-Eskeli K, Erkkola R. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol 1991;38(1):9-14.
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



