盛岡でも、雪の日に煙突から煙が上がっていれば、あの家は今日焚いているなとわかります。サウナも似ていて、湯気の立ち方で様子が知れる。英グリニッジ大学らが2026年に発表した三つの調査は、サウナの心地よさが熱だけでなく、そこにいる人とのつながりを通っていた可能性を示しました。ただし通り道が確認されたのは三つのうち一つの調査、しかも週1回の利用に限ってのことです。一人で入る人には関係のない話でしょうか。岩手の暮らしに引き寄せて読みます。
盛岡で「風呂をもらいに行く」と言った時代のこと
祖父の世代の話です。岩手の集落には「風呂をもらいに行く」という言い方がありました。自分の家で沸かさない日は、手ぬぐいを持って隣の家か、少し離れた親戚の家まで歩く。目的は湯に浸かることのはずなのに、年配の方に当時のことをうかがうと、返ってくるのは湯の温度の話ではありません。脱衣場でどんな話をしたか、帰り道が寒かったか、そういう話です。
いまはそういう家はほとんどありません。私たちが盛岡やその周辺で自宅サウナの設置のご相談を受けるとき、想定されているのは、たいてい一人か、家族だけの場です。誰にも会わずに、静かに入りたい。そう言われることのほうがずっと多い。仕事帰りに施設へ寄る方も、たいていは一人で行かれます。
だから、ある研究の結論を最初に読んだとき、少し落ち着かない気持ちになりました。サウナの心地よさは、そこにいる人とのつながりを通っていた——英国の研究チームが2026年に報告した内容を短くまとめると、そうなります。
つながりが通り道なら、一人で入るサウナは損なのでしょうか。
その問いを立てたまま、研究の中身を条件ごとに読んでいきます。数字もいくつか出します。ただし、どの数字がどの調査から出てきたものなのかを、そのつど書き添えます。まとめて足した人数を看板にすると、この論文はかなり違う顔になってしまうからです。途中で必ず、この研究が言っていないことも書きます。私たちは自宅サウナと薪ストーブを扱う会社ですから、都合のいいところだけを拾って読むわけにはいきません。

三つの調査は、33人と1,798人と74人だった
その研究は、英国のグリニッジ大学(University of Greenwich)に所属するマーサ・ニューソン(Martha Newson)らによるものです。2026年2月、Social Science & Medicine という学術誌に掲載されました(394巻119061、オンライン公開は2月3日)。英国のサウナ団体である British Sauna Society が関わった調査で、論文はオープンアクセスとして公開されています。
構成は、三つの調査を重ねたもの。参加者を単純に足すと1,907人になります。ただ、この数を全部の結論の後ろ盾のように置くのは間違いでした。三つは、人数もやり方も別々の調査だからです。
第1研究が33人。第2研究が1,798人。第3研究が74人。そして、この記事の主題である所属感の経路と、あとで出てくる頻度の話は、第2研究の中の解析対象1,087人から出ています。儀式や情動的同期の話は、74人の第3研究のほうです。どの結果が何人から出たのか。ここを混ぜないことが、この論文を読むときの最初の作法だと思います。論文自身も、第1研究と第3研究については標本が小さいことを限界として挙げています。
そのうえで示されたのは、サウナを利用している人ほど、身体的なウェルビーイングと精神的なウェルビーイングがともに高い、という関連でした。
ウェルビーイングという言葉は、この記事では「心と体の調子の良さ、満たされている感じ」と読み替えてください。病気があるかないかではなく、本人がどう感じているかに近い指標です。血液を調べたり、脳を撮ったりして出した値ではありません。
ここまでなら、よく見る話です。この研究が読む価値を持つのは、その先にあります。
サウナ利用とウェルビーイングの関連は、「belonging(ビロンギング=所属感)」を介していた、と報告されているのです。これは1,798人に尋ねた第2研究、そのうち1,087人を解析して出てきた形です。
所属感というのは、自分はこの場の一員だ、ここに居場所がある、という感覚のこと。研究では、これが結果の付け足しではなく、関連をつなぐ通り道として扱われています。熱そのものではなく、熱のまわりにできる場のほうを見ている、と言ってもいいかもしれません。
「介していた」とは、どういう関係の形か
統計の言葉では、これを「媒介」と呼びます。難しそうな用語ですが、形はそれほど複雑ではありません。
冬の朝の雪かきで考えてみます。雪かきをした日は気分がいい、という関係があったとします。では、気分がいいのは体を動かしたからでしょうか。それとも、道で会った隣のご主人と二言三言かわしたからでしょうか。どちらもあり得ますし、人によっては後者のほうが大きいかもしれません。
AとBが結びついているように見えるとき、その間にCという通り道があった、と考えるのが媒介です。この研究では、A=サウナの利用、B=ウェルビーイング、C=所属感、という並びで通り道が見られたと報告されました。
ここで気をつけたいことがあります。通り道の形が見えたからといって、どちらが先かまで確かめられたわけではない、という点です。
この経路が出てきた第2研究は、横断的な調査です。横断的というのは、ある一時点でまとめて尋ねた、という意味。同じ人を何年も追いかけて、後から見比べたわけではありません。ですから「所属感の高い人が、もともとサウナに足を運びやすい」という逆向きの並びも、この形のデータからは否定できません。
ここで、ひとつ誤解を先に潰しておきます。三つの調査が全部この横断型だったわけではありません。第1研究(33人)と第3研究(74人)は、入浴の前と後の2回たずねる縦断的なつくりです。だから「三つとも一時点の調査だ」と書くのは正確ではない。ただし、前と後で測るやり方にも限界はあります。人数が33人と74人と少なく、その日の体調や時間の経過そのものを切り分けきれません。論文も、この二つはとくに標本の小ささに縛られている、と自分で書いています。
つまり、因果関係が分からないのは、三つ全部が一時点だからではなく、いま話している所属感の経路が、一時点で尋ねた第2研究から出ているからです。
矢印の向きは分からない。それでも、熱と心地よさの間に人が挟まっていたという見取り図そのものは、これまであまり見なかったものです。私たちが受け取ったのは、そこまでです。

週1回と月1回で、線の引かれ方が違った
頻度についての報告もあります。ここも第2研究、1,087人の解析から出た話です。
身体的なウェルビーイングは、週1回以上の利用で予測されました。一方、精神的なウェルビーイングは月1回の利用でも予測され、週1回になるとその関連はより大きくなった、とされています。
体の側と心の側で、関連が見えはじめる線の位置が違っていた、ということになります。
そして、この記事にとって都合の悪い結果を、ここに置きます。所属感という通り道が成り立っていたのは、週1回の利用だけでした。論文は、月1回の利用は精神的な側の得点とは関連したものの、所属感を有意に高めてはおらず、所属感を介した間接的な効果も生じなかった、と明記しています。
言い換えます。月1回の人にも良い関連はあった。けれどそれは、この記事のタイトルにした通り道を通っていない。所属感の経路は、いまのところ週1回の利用でしか確認されていません。
ここは誤解されやすいので、はっきり書いておきます。この「週1回」「月1回」という区切りは、研究者があらかじめ用意した区分です。サウナは週1回から効きはじめる、という境目を研究が見つけ出した、という話ではありません。区分の切り方が違えば、線の見え方も変わります。
もうひとつ。ウェルビーイングも所属感も、本人の回答として集められた指標です。よく通う人ほど自分の調子を良く答える、という傾向が混じっている可能性は残ります。
このシリーズでは別の回に、フィンランドやスウェーデンで行われた研究も扱っています。頻度をどう区切るか、何を結果として測るかは研究ごとに違い、出てくる線も揃いません。ひとつの研究の頻度を、そのまま「必要な回数」として受け取らないほうがいいと思います。
参考までに。私たちが盛岡でお納めした自宅サウナの実際の稼働をうかがうと、週1〜2回という答えが中心です。月に数回という方も珍しくありません。ただし、さきほどの但し書きをここでもう一度置きます。月1回の頻度では、所属感を介した経路は確認されていません。研究の線と岩手の暮らしの線がたまたま近く見えたとしても、それは、この研究が日本の家庭を調べたからではありませんし、月に数回の方がこの経路に乗っている、という意味でもありません。
「儀式」と、同じ瞬間に息がそろうこと
三つ目の調査、74人のほうでは、もう少し踏み込んだ結果が報告されています。ここは順番を取り違えると意味が反対になるので、丁寧に書きます。
出てくる言葉が三つあります。ひとつめが「アイデンティティ融合(identity fusion)」。自分という感覚と、サウナという集まりとが溶け合っているような、強い結びつきのことです。ふたつめが「情動的同期(emotional synchrony)」。同じ場にいる人どうしで、気持ちの動きがそろうこと。みっつめが、神秘的とも訳される、我を忘れるような体験です。
報告された形はこうです。アイデンティティ融合が強い人ほど、入浴のあとのポジティブな気分が高かった。そして、その結びつきを丸ごと引き受けていたのが、情動的同期と、我を忘れるような体験のほうでした。論文の言い方では「完全に媒介した」。間接的な効果も、全体としての効果も、統計的に意味のある大きさだったとされています。入浴後の気分は、PANASという、いきいきした感じや興味の強さを尋ねる尺度で測られました。
つまり、儀式めいた体験は、この調査ではウェルビーイングの側にちゃんと届いていた、ということになります。
そのうえで、逆向きの結果も同じ調査から出ています。儀式に参加していること、それ自体は、入浴後のポジティブな気分に対して有意な効果を示しませんでした(p=.197)。手順をなぞっているかどうかではなく、その手順の最中に何が起きていたか。効いていたのはそちらだった、という報告です。
思い当たる場面はあるはずです。焼けた石に水をかけて、蒸気が上がって、数秒おいて熱が回ってくる。誰も声を出さないのに、同じ間合いで息を吐いている。あの数秒を、研究は情動的同期という言葉で扱っています。
儀式のほうも同じです。薪を運ぶ、新聞紙をねじる、火をつける、扉を閉める。手順が体に入っている人ほど、その時間を作業だとは思っていません。ただし研究に沿って言えば、手順を持っていること自体に点数がつくわけではない。その途中で、誰かと呼吸が合う瞬間があるかどうか、です。
くり返しますが、この節の話は74人の調査から出ています。人数としては小さく、論文自身が限界として挙げている部分です。

この研究が言っていないこと
都合の悪いところも、まとめて並べます。
ひとつ。所属感の経路と、週1回・月1回の結果は、横断的な第2研究から出ています。ある一時点でまとめて尋ねたデータですから、因果関係は分かりません。サウナに入れば所属感が育つ、所属感が育てば調子が良くなる——そのどちらも、この研究から言えることではありません。第1研究と第3研究は入浴の前後2回をたずねる縦断的なつくりですが、33人と74人という人数で、論文自身が標本の小ささを限界に挙げています。数が多いから強い、という話でもないのです。
ふたつ。どういう人が答えたのかは、論文の表にはっきり書かれています。第2研究の回答者は、女性が64.8%、男性が31.1%。白人が79.3%。年齢は18〜24歳が56.1%、25〜34歳が27.4%で、合わせて8割以上が34歳以下でした。さらに論文は、標本が特定のコミュニティと特定の時点に限られていること、第2研究では約40%がクィアと答えた層に偏っていることを自分から書いたうえで、この結果は代表的でも一般化可能でもない、調査したコミュニティの外へ当てはめるときは慎重に、と述べています。
みっつ。英国での調査です。日本人を対象にしたものではありません。しかも私たちが盛岡で自宅サウナのご相談をいただく方は、40代から60代が中心で、上に書いた年齢の分布とはまるで違います。人の集まり方も、年齢も、暮らしの型も違う。この研究の数字を、岩手の家にそのまま持ってくることはできません。この記事も、そういう当てはめのつもりで書いていません。
よっつ。今回紹介したのは、あくまで関連を示した報告です。サウナが何かを予防する、治す、という研究ではありません。心や体の不調について、この記事の内容を判断の材料にしないでください。持病のある方、薬を飲んでいる方、通院中の方は、サウナの可否や入り方を必ず主治医にご相談ください。
そのうえで、それでも残るものがあります。それは人数の大きさではありません。人数はむしろ、論文が自分で限界に挙げているほうです。残るのは、所属感という言葉が、温度や時間と同じ並びで測る対象になったこと。その一点は、現場にいる私たちには腑に落ちる感じがありました。
では、一人で入るサウナは損なのか
ここから先は研究の話ではありません。私たちが盛岡と岩手県内の現場で見てきたことです。
一人で入るサウナは損か。損だとは思いません。ただし、その理由は研究の中にはありません。
自宅サウナの設置をご相談いただくとき、最初は「一人で静かに入りたい」と言われる方が大半です。ところが半年、一年と経ってメンテナンスにうかがうと、話が変わっていることがよくあります。息子さんが帰省したときに一緒に入った。近所の方に見せたら、そのまま一緒に入ることになった。奥様は熱いのが苦手で入らないけれど、上がったあとに台所でお茶を出してくれる。
所属感というのは、同じサウナ室に何人入るか、という話だけではないのかもしれません。上がってから誰かと話す時間、火を焚く支度を家族が知っていること、煙突から煙が上がっているのを近所が見ていること。そういうものも含めて、ひとつの場になる。研究がそこまで示したわけではありませんから、これは私たちの経験としてお読みください。
庭にバレルサウナを設置された方は、人を呼びやすいとよく言われます。玄関を通らずに行き来できるからです。反対に、浴室の隣に納めた屋内のサウナ室は、一人の時間が守られます。どちらが良いという話ではなく、どちらの時間を増やしたいか、という設計の話です。

盛岡で設置のご相談を受けるとき、先にうかがう三つ
そういうわけで、私たちが先にうかがうのは三つです。何人で入るか。上がったあと、どこに座るか。そして、実際には週に何回入れそうか。この三つが決まると、サウナ室の広さも、ストーブの選び方も、だいたい決まってきます。
熱のつくり方はいくつかあります。薪サウナストーブでは、ハルビア(HARVIA)のエム3(WKM3)、レジェンド150(WK150LD)、レジェンド300(WK300LD)といった機種をおすすめしています。薪は火を熾す手間があるぶん、支度そのものが儀式のようになる。人を呼ぶ日に向いた熱源です。私たちが見てきた範囲では、鋳物を厚く使った機種は熱の出方がゆっくりで、体への当たりがやわらかく感じられます。サウナストーンは熱をためて、ゆっくり返す石です。石をたくさん載せられる機種ほど、ロウリュのあとの熱の立ち上がりが穏やかになります。
薪を割る時間がとれない方には、ペレットサウナヒーターの VENERE matic(ヴェネレ マティック)もおすすめです。外付けのタンクからペレットが自動で送られる仕組みで、着火から温度の維持まで手がかかりません。週1回の方にも、月に数回の方にも合わせやすい熱源です。
岩手の冬は長く、盛岡でも11月から3月は路面が凍る日が続きます。東北の家に、誰かと囲める熱源をひとつ持っておくこと。研究の結論とは切り離して、それだけは実感として書いておきます。

サウナの心地よさが、熱だけでなく人とのつながりを通っていたかもしれない。2026年の研究が示したのは、そこまでです。所属感の経路が見えたのは、一時点で尋ねた第2研究の、しかも週1回の利用に限ってのこと。因果を確かめたものではありません。回答者の8割以上は34歳以下で、英国の特定のコミュニティに偏っており、論文自身が一般化はできないと書いています。それでも、誰と入るかを設置のご相談の最初に置いてよい理由にはなります。持病のある方や薬を飲んでいる方は、入り方について主治医にご相談ください。本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Newson M ほか. Social Science & Medicine. 2026;394:119061(オンライン公開2026年2月3日/University of Greenwich、British Sauna Society)。3研究構成で、第1研究n=33と第3研究n=74は入浴前後2回の縦断デザイン、第2研究n=1,798は横断デザイン。本文で引用した所属感の媒介と頻度の結果は第2研究の解析対象n=1,087から。サウナ利用は身体的・精神的ウェルビーイングの高さと関連し、その関連は所属感(belonging)を介していた。身体的ウェルビーイングは週1回以上の利用で、精神的ウェルビーイングは月1回でも予測され週1回でより大きい。ただし所属感を有意に高め間接効果を生んだのは週1回の利用のみで、月1回では所属感の上昇も間接効果も認められなかった。第3研究では情動的同期と神秘的体験がアイデンティティ融合から入浴後のポジティブ感情(PANAS)への効果を完全媒介し、間接効果・総合効果とも有意。一方、儀式への参加そのものはポジティブ感情に有意な効果を示さなかった(p=.197)。所属感の媒介と頻度の結果は横断デザインに基づくため因果は不明。第2研究の回答者は女性64.8%・男性31.1%、白人79.3%、18〜24歳56.1%・25〜34歳27.4%。論文は標本が特定のコミュニティと時点に限られ第2研究では約40%がクィア層に偏っているとして代表性・一般化可能性を自ら否定し、調査したコミュニティ以外への適用に慎重であるよう述べている。第1研究・第3研究は標本が小さいことを限界として明記。
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



