「トルコ風呂」という名前を聞いて、多くの人はイスタンブールの石造りの浴場を思い浮かべます。ところが、19世紀のイギリスで一世を風靡したその設備は、トルコで生まれたのでもロンドンで生まれたのでもありませんでした。始まりはアイルランドの小さな一軒。しかもロンドンより先に、遠くシドニーで扉が開いていました。盛岡でストーブを据える仕事をしていると、この話は少しも遠くに感じません。
アイルランドの医師が見抜いたこと
1856年、アイルランドで最初の「トルコ風呂」が誕生します。研究者マルコム・シフリン氏の著書『Victorian Turkish Baths』(Historic England, 2015)によれば、仕掛け人は外交官で下院議員のデイヴィッド・アーカート氏と、医師のリチャード・バーター氏でした。二人が組んで作ったのは、古代ローマの床下暖房「ハイポコースト」を改良した施設だったといいます。
バーター医師には確信がありました。従来の蒸気式の設備では、狙った温度まで室内が上がりきらない。熱源をどこに置くかで、室内の温まり方はまるで違う。この着想には、ロシアのバーニャについての知識も関わっていたとシフリン氏は記しています。蒸気で満たすのではなく、床から輻射で温めるという選択でした。
18か月で英国中に広がった理由
アーカート氏の出資で、1857年にはマンチェスターに最初の公衆浴場ができます。ここから先の広がり方が異様に速いのです。開業からわずか18か月後、アーカート氏が率いる政治団体「Foreign Affairs Committees」のメンバーが、追加で9か所を開業しました。最終的には少なくとも30か所、商業施設としては数百規模にまで増えたとされています。
興味深いのは、地理的な広がり方です。シドニーの浴場は1859年に開業しており、これはロンドン(1860年)より早いのです。まだ蒸気船の時代に、アイルランドの一軒から生まれた設備が、ロンドンより先にオーストラリアへ渡っていた。シフリン氏自身が、この主題を扱った先行研究は100年以上前にしかないと述べています。長く手つかずのまま残っていた歴史だったということです。
「トルコ」という名前の中身
名前だけを見ると、オスマン帝国の伝統的な浴場「ハマム」をそのまま英国に持ち込んだように思えます。しかし実際に据えられていたのは、床下暖房で空気を乾いた高温に保つ方式でした。中東のハマムが湿式に近いのに対し、ヴィクトリア朝の「トルコ風呂」は乾式に寄っていたということになります。名前と中身がずれていた、という点は覚えておいてよい話だと思います。
この湿式か乾式かという分かれ道は、1856年に開設された約170年前の英国だけの話ではありません。今、盛岡のお客様と話している内容そのものでもあります。


床から温めるという発想は、今の家づくりと同じ場所にある
バーター医師が選んだのは、床下から熱を送る方式でした。これは偶然ですが、盛岡で当たり前になりつつある床暖房や基礎断熱と、発想の場所が同じです。寒い土地で人をどこから温めるか、という問いは、約170年前のアイルランドでも今の岩手でも変わらないということです。
私たちがKUUTAで自宅サウナや薪サウナストーブを設置するとき、必ずお客様と確認するのが「乾式か湿式か、あるいはその間か」という点です。薪サウナストーブは輻射熱で室内を乾いた高温に保ちながら、ロウリュで蒸気を足すたびに湿度が上がります。電気サウナストーブも仕組みは近く、スチームサウナは最初から湿式です。体感温度、湿度、立ち上がりの早さ、それぞれ違います。どれが正解というより、その家でどう使いたいかで選ぶものだと私たちは考えています。

寒冷地の設計は、熱源の位置から考える
岩手の冬、外の気温が氷点下になる日は珍しくありません。そういう土地で自宅サウナを作るとき、ストーブの位置や壁・床の断熱、基礎の納め方は、単なる仕上げの話ではなく、部屋がどう温まるかを決める本体の設計です。バーター医師が1856年、今から170年ほど前に「熱源の場所を変えれば結果が変わる」と見抜いたのと、私たちが盛岡の現場で断熱材の厚みや配管の凍結対策を決めているのは、根っこの発想としては同じところにあります。
寒い土地ほど、熱をどこから入れるかという問題は建物側の設計と切り離せません。これは私たちが日々の見積もりで実感していることです。

石に水をかけて蒸気を上げるサウナと、床下から乾いた熱で満たすトルコ風呂。名前も来歴も違う二つの設備が、実は「熱をどこから入れるか」という同じ問いに、それぞれの答えを出していただけなのかもしれません。アイルランドの医師が1856年、今から約170年前に床下に目をつけたように、岩手で家を建てる私たちも、断熱と熱源の位置から自宅サウナの設計を始めます。乾式がいいか、湿式がいいか、あるいはロウリュで両方を味わいたいか。答えは家族によって違います。盛岡のショールームでは、実際に火の入った薪サウナストーブを見て、体感温度の違いを確かめていただけます。気になる方は、どうぞ足を運んでみてください。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Malcolm Shifrin, "Victorian Turkish Baths", Historic England, 2015
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



