ノルウェー語に「フリルフツリフ(friluftsliv)」という言葉があります。fri(自由な)、luft(空気)、liv(生活)を組み合わせた語で、直訳すれば「自由な空気の生活」です。ノルウェーの百科事典は、この言葉を、エンジンを使わずに自然の中を移動し、滞在し、活動することで、その目的は休養と楽しみにある、と定義しています。
山歩きやスキーのような運動も含まれますが、森を散歩する、湖のほとりで湯を沸かす、腰をおろして景色を眺める、といった静かな過ごし方も同じ言葉で呼ばれます。この読みものでは、言葉の生まれ、暮らしを支える法律、焚き火の季節の決まり、そして岩手の冬との重なりを順にたどります。
一篇の詩から生まれた言葉
ノルウェーの百科事典によれば、この言葉をはじめて使ったのは、劇作家として知られるヘンリック・イプセンだとされています。1859年に書いた詩「高原にて(På vidderne)」の中です。ヴィッダとは、ノルウェーの山地に広がる、木の少ない高原を指す言葉です。
イプセンは後に『人形の家』などの戯曲で名を知られ、近代劇の父と呼ばれるようになります。その若い時期の詩に現れた一語が、百五十年あまりのあいだに、国の人々の暮らし方を言い表す言葉へと育ちました。自然の中で過ごす時間を、ひとつの言葉で呼んで大切にしてきたことが、この経緯からうかがえます。
日本語にぴたりと重なる言葉は見当たりません。「アウトドア」には道具や遊びの響きが強く、「自然散策」では範囲が狭すぎます。強いて言えば、外の空気の中に身を置くこと自体を楽しむ姿勢、というあたりが近いように思います。特別な装備も目的地もいらず、家の裏の森へ一時間出かけることも、立派なフリルフツリフです。
森と山は、誰もが歩ける場所
フリルフツリフを支えているのが、「アッレマンスレット(allemannsretten)」と呼ばれる権利です。日本語では「万人の権利」や「自然享受権」と訳されます。他人が所有する土地であっても、耕されていない野山であれば、誰もが夏も冬も歩き、とどまり、自然を楽しむことができるという考え方です。
この権利は古くからの慣習に根ざしたもので、ノルウェーでは1957年6月28日に成立した野外生活法(friluftsloven)によって法律に書き込まれました。百科事典は、法律ができるまでに20年以上の準備があったと記しています。権利が及ぶのは、畑や庭などの耕作地を除いた「ウトマルク」と呼ばれる土地で、同じ場所での野営は原則として二晩までとされています。モーターを使った移動は、この権利に含まれません。
隣国スウェーデンにも同じ考え方があり、1994年からは憲法にあたる統治法典に、誰もが自然に親しむことができると書かれています。どちらの国でも、権利には責任がともないます。土地の持ち主や自然、そこに居合わせるほかの人への配慮を欠かさないことが、自由に歩ける前提になっています。
数字に表れる、外で過ごす習慣
外で過ごす習慣は、統計にも表れています。ノルウェーの百科事典が紹介する2020年の調査では、人口の70〜80パーセントが森や野山を歩いたと答えています。短いスキー行に出かけた人の割合は2011年の42パーセントから2020年の33パーセントへと下がった一方、山歩きをする人は1990年の20パーセントから2015年の31パーセントへと増えました。自転車に乗る人は、1990年代のおよそ2倍になっています。
百科事典は、自己申告による調査のため実際より高めに出やすい、という注意も添えています。それでも、大人の大半が一年のうちに何度か野山へ出かけているという姿は、数字の上下を越えて変わりません。
こうした時間の多くは、遠くへの旅行とは限りません。家の近くの森を歩くこと、週末を山の小屋で過ごすことが、暮らしの中に組み込まれています。ノルウェーの人々が小さな小屋で過ごす時間については、「ヒュッテ」の読みものに詳しく書きました。
焚き火にも、季節の決まりがあります
野外で火を焚くことも、フリルフツリフの楽しみの一つです。ただし、ノルウェーには季節による決まりがあります。ノルウェー環境庁によると、耕作地を除く野山で焚き火ができるのは9月16日から4月14日までです。4月15日から9月15日までは、火事になるおそれが明らかにない場所に限られます。
あわせて、地面が乾いているときや風が強いとき、木ややぶの近くでは焚かないこと、焚き火の跡がある場所を使うこと、塗装や防腐処理をした木を燃やさないことが求められています。耕作地で焚くには、持ち主か使用者の許可が要ります。土地によってはさらに厳しい決まりがあるため、出かける前に確かめるよう呼びかけられています。
裏を返せば、火を比較的自由に扱える季節は、秋から春にかけての寒い時期にあたります。冷えた空気の中で火を起こし、湯を沸かし、手を温める。北欧の冬の野外の時間は、火とともにあると言えます。テントの中で火を扱う冬キャンプの注意点は、「冬キャンプと薪ストーブ」にまとめています。
盛岡の冬は、オスロの冬に近い寒さです
北欧の冬は日本よりはるかに厳しい、と思われがちです。ところが、ノルウェーの首都オスロの1月の平均気温は、1991年から2020年の平年値でマイナス2.3℃です。気象庁の平年値で見る盛岡の1月の平均気温はマイナス1.6℃で、寒さの数字に大きな開きはありません。
大きく違うのは、日の長さです。オスロは北緯60度近くにあり、冬至のころの昼の長さは6時間に届きません。国立天文台の計算では、2026年の冬至の盛岡の昼の長さは9時間22分で、オスロより3時間半ほど長くなります。寒さはほぼ同じで、光はずっと少ない土地で、人々は外へ出ることを暮らしの柱にしてきました。そう考えると、盛岡の冬にも、外で過ごす楽しみは数多く見つかるはずです。
雪の朝に近所を一回りする、晴れた日に岩手山の見える場所まで歩く、休日に雪の林へ出かける。どれも特別な準備はいりません。冷たい空気を吸い込み、足元の雪の音を聞きながら歩く時間は、家にこもりがちな冬の暮らしに、よい区切りをつけてくれます。
冬の外歩きでは、汗をかいたあとの冷えに備えて薄手の服を重ね、手袋と帽子で手先と頭を守ると、長く快適に過ごせます。凍った道では歩幅を小さくし、足裏全体で着地するのが基本です。雪道の歩き方は「雪道の歩き方講座」にまとめています。
外の時間と、家の火
フリルフツリフは家の外の話ですが、外で過ごす時間が長いほど、帰る家の暖かさが意味を持ちます。冷えた手袋を外し、湿った上着を乾かし、湯を沸かす。外の冷たい空気と室内の火のぬくもりの行き来が、冬の一日に心地よい起伏を与えてくれます。
薪ストーブは、外で冷えた体を温めるのに向いた暖房です。本体から届く輻射の熱は、空気だけでなく体や壁を直接温めるため、帰宅して火の前に立つと、手先からほどけていくように温まります。煙突から煙が上がる家を外から眺めることも、冬の帰り道のささやかな楽しみです。暖房としての選び方は薪ストーブのページでご紹介しています。
「冬が来るのが楽しみになった」という声を、薪ストーブを設置したお客様からいただくことがあります。帰る家に火があることが、寒い日に外へ出る気持ちを後押ししているのかもしれません。
外へ出て冷たい空気を吸い、帰って火にあたる。北欧の人々が言葉にして守ってきたこの往復は、雪国に暮らす私たちにとっても、冬を好きになる手がかりになると考えています。
関連するページ:煙突について
参考:言葉の由来・定義・野外生活法・統計はノルウェーの百科事典 Store norske leksikon(ノルウェー語)、焚き火の決まりはノルウェー環境庁(ノルウェー語)、スウェーデンの憲法上の位置づけはスウェーデン環境保護庁の解説書(スウェーデン語)、オスロの平年値は同百科事典「温帯気候」の項(ノルウェー語)、盛岡の平年値は気象庁による。
