六月の岩手山は、上のほうにまだ白いところが残っています。馬返しの登山口に車を停めて、首を反らせて見上げる。あと一月、と思う。そこまでは誰でも思います。ただ、その一月をどう過ごすかまで決めている人は、そう多くありません。今日は、そこに数字をひとつ置いてくれるかもしれない研究の話です。ただし、最初にどうしても断っておきたいことがあります。
先に断ります。この研究の熱は、サウナではありません
研究で使われたのは、お湯でした。
42±0.3℃の湯に、剣状突起(けんじょうとっき。胸の骨のいちばん下、みぞおちのあたりに指で触れる小さな骨)の高さまで体を沈める。1回40〜50分。それを週5回、6週間続けています。比較のために置かれたもう一方の群は、34.5℃の湯。少しぬるめの、長湯向きの風呂の温度です。
サウナ室ではありません。90℃の乾いた空気でもなければ、焼けた石に水をかけて立ちのぼる蒸気でもない。ここをはっきりさせておかないと、この先に出てくる数字が全部、別のものの話になってしまいます。
それでも紹介するのは、この試験が測ったものが、岩手で山に登る人の関心にまっすぐ届くからです。熱に慣らした体が、薄い空気の中でどれだけ動けたか。測られたのは、そこでした。
私たちはサウナを売る側の人間です。だからこそ、温浴の研究をサウナの研究のような顔で並べることだけはしたくない。条件の違いを先に置いて、そのうえで中身に入ります。読み終わったあとで「結局これはお湯の話だった」と思い出していただけるように、この先も何度か同じ断りを挟みます。しつこいと思われても、そこは譲りません。

20名の体で、何が測られたのか
参加したのは健常者20名。男性12名、女性8名。平均28±5歳。VO2peak(ブイオーツーピーク。運動中に体が取り込める酸素の量の、いちばん高いあたり)は47.4±8.9 mL/kg/分と報告されています。日ごろ体を動かしている人、という程度の集団です。
方法は無作為化比較試験。誰をどちらの群に入れるかを、くじ引きのように偶然で決めるやり方です。人が選ぶと、どうしても元気そうな人を片方に寄せてしまう。それを避けるための仕組みだと思ってください。
6週間のあいだ、両群とも自転車運動を週3回。そのうえで、温熱群は42℃、対照群は34.5℃の湯に、週5回浸かりました。運動の量は同じ。違うのは湯の温度だけ、という組み立てです。
そして最後に測ったのが、酸素13%の環境で自転車をこぎ続け、もう続けられなくなるまでの時間。専門の言い方では疲労困憊時間といいます。
結果は、温熱群が+34.9%。対照群が+24.5%。この差は偶然では説明しにくいとされ(p<0.01)、効果量はd=1.23と報告されました。効果量というのは、差の大きさをばらつきの大きさで割って、ものさしの目盛りをそろえたものです。単位の違う指標どうしを並べて比べるときに使われます。
数字だけ見れば、大きい。ただ、ここで読み終えてはいけない一行が、すぐ隣にあります。
対照群も24.5%伸びている、という一行
+34.9%という数字だけを切り取ると、熱が34.9%ぶんの何かをしたように読めます。けれど、ぬるい湯に浸かっていた対照群も、24.5%伸びている。
6週間、週3回の自転車運動を続けたのは、両群とも同じでした。運動そのものが、薄い空気の中で動ける時間を押し上げている。熱の上乗せぶんは、あくまでその差の部分だけです。
引き算をすれば10ポイントほど。ただし、この引き算にも注意が要ります。二つの群の伸び率をそのまま引くのは、あくまで目安の見方です。研究が言っているのは「群の間に差があった」ということであって、「熱が10ポイントぶんを生んだ」と読み替えられるほど話は単純ではありません。
見出しに34.9%と書きました。書いておいて言うのも妙ですが、この記事でいちばん大事な数字は24.5%のほうだと思っています。
運動をやめて熱だけ足す、という話ではないのです。土台に運動があって、その上に何かが少し乗るかもしれない、という話。順番が逆になると、何も残りません。
雪かきに似ています。スコップの柄の持ち方を変えると、腰が少し楽になる。でも楽になるのは、そもそも雪をどけているからで、持ち方だけでは玄関先の雪は一寸も減りません。

クロスアダプテーションという言葉
熱への慣れが、熱とは別のストレスにも効いたように見える。この現象には、クロスアダプテーション(交差適応)という名前がついています。慣れが、またぐ。そういう意味の言葉です。
名前がついていると、仕組みまで分かっているように感じます。けれど、名前がついたということと、道筋が解明されたということは、まるで別のことです。
この試験が測ったのは、結果のほうでした。薄い空気の中で動けた時間、血液の濃さ、安静時の深部体温。体の中でどんな順番で何が起き、どこがどうつながって薄い空気への強さに変わったのか。そこまでを一つの試験で確かめるのは、そもそも難しい。
私たちが読んだ範囲の数字では、報告されている指標はいずれも群の間に差があったとされています。ただ、差が出なかった指標がそもそも無かったのか、それとも要約に載らなかっただけなのかは、この情報からは分かりません。分からないことを、分かったように書かない。ここは正直に置いておきます。
サウナや温浴が体に何かをする、という話は世の中にたくさんあります。そのうち、条件と数字まできちんと書いてあるものは、驚くほど少ない。だからこの一本を選びました。派手だから選んだわけではありません。
濃度と量は、違います
報告された数字が、あと二つあります。
ひとつは、ヘモグロビン濃度。血液の中で酸素を運ぶたんぱく質の、濃さです。温熱群が+5.33%、対照群が+2.03%。群間の差は偶然では説明しにくいとされ(p<0.01)、効果量はd=1.38。
ここで一度、立ち止まります。濃度は、量ではありません。血液のある量あたりに、どれだけ入っているか。それが濃度です。全体の量が増えても濃度は上がりますし、体の水分が減って血が濃くなっても濃度は上がります。どちらなのかは、濃度の数字だけでは分かりません。私たちが読んだ範囲に、総量の記載はありませんでした。ここを混ぜて語ると、話がずれます。
もうひとつは、安静時の深部体温。体の芯の温度です。温熱群は−0.22℃、対照群は+0.02℃。こちらも群間の差は偶然では説明しにくいとされています。
平熱が0.22℃下がる。日常ではまず気づかない幅です。体温計の目盛りで言えば、ほんのひと目盛りぶん。それでも、暑さに慣れた体では安静時の芯の温度が下がる向きの変化が起きていた、と報告されている。受け取っておくのは、そこまでにします。

この試験が答えていないこと
20名です。男性12名、女性8名。平均28±5歳。健常者、つまり持病のない人たちで、日本人かどうかは、私たちが読んだ情報からは分かりません。
年齢を、もう一度見てください。平均28歳。この記事を読んでくださっている方の多くとは、離れています。60代、70代の体で同じことが起きるのかどうか。この試験からは、何も言えません。
運動の中身も自転車でした。登山ではない。ペダルをこぐことと、荷物を背負って岩の段差を登り続けることでは、使う筋肉も、力の出し方も、続く時間も違います。
そして、酸素13%が標高何メートルに当たるのか。その換算を、この記事ではしません。換算のしかたは条件によって変わりますし、私たちがそれを確かめられる立場にないからです。分かっているのは、平地の空気より薄い環境で、動き続けられた時間が測られた、という事実だけ。それ以上に足すと、そこから先は私たちの想像になります。
もうひとつ。この試験の手順には、冷やす工程が入っていません。湯に浸かって、そこで終わりです。水風呂も、外気浴も、手順の中にない。サウナの話をするとき私たちが当たり前のように置いている冷却は、この研究の条件には含まれていませんでした。
盛岡は標高100m台、岩手山は2,038m
盛岡の市街地は、標高100m台にあります。北上川沿いの、平らな土地。そこから車で1時間ほど走れば、岩手山の2,038mが待っています。早池峰山なら1,917m。
この近さは、岩手に住む人の特権だと思っています。登山口までの移動が短いぶん、準備の期間を暮らしの中に組み込みやすい。前泊も要らない、朝に出て夕方に帰れる。だからこそ、準備の話が抜け落ちやすいのかもしれません。
研究の枠組みは6週間でした。夏山のシーズンを7月と置けば、逆算して5月の半ばから。田んぼに水が入って、山の雪がまだらに残っている、あの時期です。
もちろん、この6週間をお湯で埋めれば山が楽になる、という話ではありません。研究が言えるのは、20名の若い健常者に6週間の運動と温浴を組み合わせたところ、薄い空気の中で動けた時間に群間の差があった、というところまでです。因果の道筋まで確かめた試験ではありませんし、一つの小さな試験で結論が出るものでもありません。
ただ、準備に使える時間の単位として6週間という数字を知っておくのは、悪くないと思っています。私たちが見てきた範囲では、山の予定を立てる方ほど、体の準備は前日の睡眠くらいしか数えていないことが多い。6週間という数字は、そこに目盛りを一本入れてくれます。
持病のある方、薬を飲んでいる方は、熱を使う習慣を始める前に主治医にご相談ください。高い山に登る計画そのものについても、同じです。

42℃の湯と、90℃のサウナ室。だから温度計を何本も置きます
もう一度、条件の話に戻ります。
研究の温浴は42℃。私たちが施工するサウナ室は、80℃から90℃で使われることが多い。数字の桁が違います。しかも湯は肌に直接触れ、サウナ室の熱は空気を介して届く。伝わり方そのものが違います。
だから私たちは、サウナ室の温度を一点では測りません。ストーブの直上、上段ベンチ、下段ベンチ、そして足元。同じ部屋の中でも、座る高さが変われば数字が変わります。表示されている温度と、体が実際に受けている温度は、同じではない。ここを実測で見せられるのが、施工する側の役目だと思っています。
熱を支えているのはサウナストーンです。石は熱をゆっくりため込み、ゆっくり手放す。この蓄熱があるから、扉を開け閉めしても室温が一気に落ちません。ハルビアの薪サウナストーブ、レジェンド300(WK300LD)のように石をたっぷり積める型は、その安定を作りやすい。手を離しても温度が保たれるという点では、ペレットサウナのVENERE maticのように燃料を自動で送る方式にも、別の良さがあります。
条件を揃えて話す。ただそれだけのことですが、研究を読むときも、サウナを設置するときも、いちばん効きます。数字を出すなら、どこで測ったかまで出す。うちがずっとやってきたのは、そういう地味な作業です。

六週間を、どう過ごすか
山の前の六週間を、走り込みで埋める人がいます。何もしない人もいます。この研究は、そのどちらにも直接の答えを出しません。20名の、若い、持病のない人たちの試験ですから。
それでも読み終えたあと、山の準備の話を思い出しました。岩手は冬に走れる日が減ります。路面が凍って、日が短くて、距離が落ちる。春になって体を戻すときの見積もりが、どうしても甘くなる。六週間という枠は、その甘さに気づかせてくれます。
私たちが言えるのは、条件のことと、施工のことだけです。効果の話は、研究の言葉の範囲で止めます。売る側がそこを踏み越えると、次に読んでもらえなくなる。
盛岡の国道4号沿いにある当社のショールームには、火の入ったストーブが並んでいます。自宅への薪サウナやペレットサウナの設置をお考えの方は、まず座っていってください。どんな山に登るのか、家族の誰と一緒に入るのか。そういう話から始めたほうが、おすすめできる機種も、部屋の寸法も変わります。
六月の馬返しに戻ります。まだ白いところの残る山を見上げて、車に乗り込む。あと一月。その一月に何を足すかは、人それぞれです。研究はその決め方に、数字をひとつ置いてくれるだけ。置いてくれるだけで、十分だと思っています。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。紹介した試験は20名を対象とした小規模なもので、加熱手段はサウナではなく42℃の温浴です。持病のある方、薬を飲んでいる方は、必ず主治医にご相談ください。
参照した研究
- Rodrigues ほか(2025)PMC12756880|健常者20名(男性12・女性8、平均28±5歳、VO2peak 47.4±8.9 mL/kg/分)の無作為化比較試験。6週間、自転車運動を週3回に加え、42±0.3℃(対照34.5℃)の温浴に剣状突起までの深さで40〜50分、週5回。酸素13%環境での疲労困憊時間は温熱群+34.9%、対照群+24.5%(p<0.01、d=1.23)。ヘモグロビン濃度は温熱群+5.33% vs 対照+2.03%(p<0.01、d=1.38)。安静時深部体温は温熱群−0.22℃ vs 対照+0.02℃(p<0.01)。
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



