煙突のドラフト(通気力)の話を、逃げずに全部書きます。 重力、気圧、浮力、摩擦、風、標高まで。式も数字も隠しません。 ここまで書いている薪ストーブ屋は、たぶん日本に無いと思います。
よくある誤解から始めます。
煙突には、煙を上へ押し出す力なんて、どこにもありません。
ファンも入っていない。ただの筒です。
それなのに煙が上がるのは、地球が、まわりの冷たい空気を、より強く下へ引っぱっているからです。
小学5年生バージョン
プールで、水中に押し込んだビーチボールを手放すと、ボールがバンッと浮き上がるよね。
ボールが自分で上に飛んでいるわけじゃない。まわりの水が、ボールより重いから、
重い水が下に沈もうとして、軽いボールを押し上げているんだ。
煙突の中の熱い空気は、このビーチボール。まわりの冷たい空気が、水。
煙は浮いているんじゃない。まわりの空気に、押し出されている。
だから、こういうことが全部つながります。
・煙突が高いほどよく引く → 押し上げる力が働く距離が長いから
・煙突が熱いほどよく引く → 中の空気が軽くなるから
・外が寒いほどよく引く → まわりの空気が重くなるから
・夏はほとんど引かない → 外の空気が軽いから、押し出す力が弱い
・断熱二重煙突が要る → 冷やさなければ、軽いままでいられるから
・横引きは損をする → 高さが増えないのに、抵抗だけ増えるから
この先で、この6つをぜんぶ数字にします。
1気圧は 101,325 Pa(パスカル)。学校で習う数字です。
でも、これが何なのかを説明されたことは、たぶん無い。
これは、あなたの真上にある「空気の柱」の重さそのものです。
つぶれないのは、体の中からも同じだけ押し返しているからです。 大気圧とは、空気にも重さがあるという、ただそれだけの事実です。 宇宙まで積み上がった空気の重さが、いま、あなたを押している。
小学5年生バージョン
プールの底にもぐると、耳が痛くなるよね。あれは上にある水の重さに押されているから。
深いほど、上の水が多いから、もっと痛い。
空気も同じ。ぼくたちは「空気の海」のいちばん底で暮らしている。
だから体じゅうを押されている。ただ、生まれたときからずっとなので、気づかないだけ。
ここが大事なところです。 煙突のドラフトは、この10万Paと比べるとたった 20 Pa 前後。 1気圧の、5000分の1しかありません。
・1気圧 = 101,325 Pa
・台風の中心気圧 950 hPa = 95,000 Pa(平常より 6,000 Pa 低い)
・煙突のドラフト = 20 Pa
・人がフーッと息を吹く = だいたい 300〜1,000 Pa
つまりドラフトは、人の吐く息の30分の1くらいの、ごく弱い力です。
この弱い力で、煙を屋根の上まで運んでいる。
だから、ちょっとしたことで簡単に負ける。
レンジフードにも、隣の部屋の窓にも、風にも負ける。
煙突の設計が繊細な仕事になるのは、扱っている力がこれほど小さいからです。
空気1m³が何kgあるか。これを密度(ρ・ロー)といいます。 温度で変わります。中学校で習う「気体の状態方程式」そのものです。
ここで一つだけ、覚えてほしいことがあります。 ドラフトの計算では、℃ではなくK(ケルビン)を使います。 0℃は「熱がゼロ」ではないからです。ほんとうのゼロは −273.15℃。 そこから数え直した目盛りがKです。0℃=273.15K、250℃=523.15K。
| 空気 | 絶対温度 | 密度 kg/m³ | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 外の空気(−10℃) | 263 K | 1.341 | 真冬の盛岡。いちばん重い。 |
| 外の空気(0℃) | 273 K | 1.292 | |
| 外の空気(20℃) | 293 K | 1.204 | 春・秋。 |
| 外の空気(30℃) | 303 K | 1.164 | 真夏。ここが一番やっかい。 |
| 煙突の中(100℃) | 373 K | 0.946 | 焚きつけの途中。まだ弱い。 |
| 煙突の中(200℃) | 473 K | 0.746 | |
| 煙突の中(250℃) | 523 K | 0.675 | ふつうに焚いているとき。 |
| 煙突の中(350℃) | 623 K | 0.566 | 強く焚いたとき。 |
気圧101,325 Pa・乾き空気で計算。湿気があると、ほんの少し軽くなります(水蒸気は空気より軽い)。
見てください。
−10℃の空気は1.34kg、250℃の空気は0.68kg。ちょうど半分です。
つまり煙突の中の空気は、外の空気の半分の重さしかない。
この差が、そのままドラフトになります。
重い空気の柱と、軽い空気の柱。その重さの差が、そのまま押し上げる力になります。
この 0.03416 という数は、重力を空気の気体定数で割ったものです。
9.80665 ÷ 287.05。
つまりドラフトの式の中には、地球の重力がそのまま入っている。
月に薪ストーブを持っていくと、重力が6分の1なので、ドラフトも6分の1になります。
月では煙が上がりません。本当の話です。
1/T外 = 1 ÷ 273.15 = 0.003661
1/T中 = 1 ÷ 523.15 = 0.001911
差 = 0.001750
Δp = 0.03416 × 101325 × 6 × 0.001750 = 36.3 Pa
多くの薪ストーブが、カタログで「必要ドラフト 12Pa前後」と書いています。
36Paあれば足りる──ように見えます。
ですが、これは「摩擦ゼロ」の理論値です。ここから抵抗を引かないといけない。
それを07章でやります。
外気0℃のときの理論ドラフト(Pa)です。 色を付けたところが、12〜25Paのちょうどいい帯。
| 煙突の高さ | 100℃ | 150℃ | 200℃ | 250℃ | 300℃ |
|---|---|---|---|---|---|
| 3 m | 10.2 | 13.5 | 16.1 | 18.2 | 19.9 |
| 4 m | 13.6 | 18.0 | 21.4 | 24.2 | 26.5 |
| 5 m | 17.0 | 22.5 | 26.8 | 30.3 | 33.2 |
| 6 m | 20.4 | 27.0 | 32.1 | 36.3 | 39.8 |
| 7 m | 23.8 | 31.4 | 37.5 | 42.4 | 46.4 |
| 8 m | 27.2 | 35.9 | 42.9 | 48.4 | 53.1 |
| 10 m | 34.0 | 44.9 | 53.6 | 60.6 | 66.3 |
※ 理論値。実際はここから摩擦・曲がりの損失を引きます(07章)。
読み取れることが、3つあります。
ドラフトは高さにまっすぐ比例します。倍にすれば倍。
250℃なら1mあたり約 6.1 Pa。
「あと2m伸ばせますか」という相談に意味があるのは、これが理由です。
100℃→200℃で大きく増えますが、250℃→300℃はわずかしか増えません。
式が 1/T(温度の逆数)だからです。
だから「もっと熱く焚けばいい」は、途中から効かなくなる。
それより、冷やさないことのほうがずっと効きます。
3mの煙突は、250℃で 18.2 Pa。ぎりぎりです。
焚きつけの100℃では 10.2 Pa しかない。
低い煙突ほど、焚きはじめに煙が出る。これは腕の問題ではなく、設計の問題です。
「夏場に一度火を入れたら、煙が部屋に出た」という話をよく聞きます。 腕のせいだと思っている人が多い。違います。物理です。高さ6mで計算します。
| 場面 | 外気 | 煙突内 | ドラフト | ひとこと |
|---|---|---|---|---|
| 真冬・焚きつけ直後 | -5℃ | 50℃ | 13.2 Pa | 煙突がまだ冷たい。それでもこれだけ出る。 |
| 真冬・ふつうに燃焼 | -5℃ | 250℃ | 37.8 Pa | 冬がいちばん強い。 |
| 春秋・焚きつけ直後 | 15℃ | 50℃ | 7.8 Pa | かなり弱い。煙が室内へ出やすい。 |
| 春秋・ふつうに燃焼 | 15℃ | 250℃ | 32.4 Pa | |
| 真夏・焚きつけ直後 | 30℃ | 50℃ | 4.2 Pa | ★ここが逆流の正体。ほとんど力がない。 |
| 真夏・ふつうに燃焼 | 30℃ | 250℃ | 28.8 Pa | 燃えてしまえば効く。問題は最初の10分。 |
真夏の焚きつけ直後は、4.2 Pa。
真冬の同じ場面(13.2 Pa)の、3分の1以下です。
ここに家の負圧が2〜3Pa乗ったら、もうドラフトはゼロを割ります。
つまり煙突が、空気の入り口に変わる。煙は部屋へ出ます。
・焚きつけは、上から燃やす(トップダウン)。
煙突をまず温めることが、最初の仕事です。
・新聞紙を丸めて、煙突の下で燃やして呼び水にする。昔からのやり方には理由があります。
・窓を1か所開ける。負圧をゼロに戻すだけで、たいてい直ります。
・断熱二重煙突にする。冷えた煙突は、中の空気を冷やして重くします。
逆流のいちばんの原因はここです。
理論ドラフトから、抵抗のぶんを引きます。使う式はこれです。
| 部材 | ζ | 損失 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| まっすぐな煙突 1m(φ150・断熱二重) | 0.09 | 0.19 Pa | 摩擦だけ。λ≒0.035 として L/D=6.7 |
| 90°エルボ 1個 | 0.75 | 1.58 Pa | 曲がるたびに、これだけ食う。 |
| 45°エルボ 1個 | 0.35 | 0.74 Pa | 同じ曲げるなら、45°を2回のほうが軽い。 |
| T字(掃除口つき)1個 | 1.30 | 2.74 Pa | 横引きの根元に必ず入る。ここが重い。 |
| 煙突トップ(傘つき) | 1.00 | 2.11 Pa | 種類で大きく変わる。 |
| 本体の中を通る抵抗 | 2.00 | 4.22 Pa | 機種で違う。カタログの必要ドラフトに含まれている。 |
高さ6m・直の部分6m・90°エルボ2個・T字1個・トップ1個の場合:
理論ドラフト 36.3 Pa
- 抵抗の合計 9.2 Pa
= 残り 27.2 Pa … これが本体に使える力
必要ドラフト12Paの機種なら、まだ足ります。 ただし、これは煙突が250℃に温まっているときの話です。 焚きつけの100℃だと理論値が 20.4 Paまで落ちるので、 抵抗を引いたらほとんど残りません。
小学5年生バージョン
ジュースをストローで飲むとき、ストローを折り曲げると吸いにくいよね。
曲げるたびに、吸う力がムダになる。
煙突も同じで、90°に曲げるのは、まっすぐな煙突を8mぶん足したのと同じくらい損をする。
それと、横に伸ばしても高さは増えない。増えるのは抵抗だけ。
だから横引きは「借りたぶんだけ、あとで返す」ことになる。
横引きの現実的な限度は、1m前後です。 それ以上にするなら、その分だけ煙突を高くして返す。 「間取りの都合で横に3m引きたい」と言われたら、うちは正直に反対します。 入れてから直すのが、いちばん高くつくからです。
煙突のてっぺんを風が横切ると、圧が下がって吸い出してくれます。 霧吹きと同じ理屈(ベルヌーイの定理)です。これは味方。
問題は、向きが選べないことです。 屋根の形や、近くの木・建物によって、風は下向きに吹き下ろします(ダウンドラフト)。 そうなると、20Paのドラフトなど一瞬で押し戻されます。
・屋根のいちばん高いところ(棟)より、60cm以上高く。
屋根に当たった風が巻き込む範囲から、頭を出すためです。
・棟から離れた位置に出すなら、そのぶん高く伸ばす。
屋根の勾配に沿って引いた線より上に出す、という考え方をします。
・近くの高い木・隣の建物も見ます。
屋根より高いものが風上にあると、そこで乱れた風が降りてきます。
・トップ(傘)の形も効きます。抵抗が増えるものもあれば、
風を利用して吸い出す形(バーティカルトップ等)もあります。
※ 具体の寸法は、建物・地域の風・屋根形状で変わります。 現地を見ないで「60cmでいい」とは言えません。うちは必ず見に行きます。
式の中にP(気圧)が入っていたのを覚えていますか。 標高が上がると気圧が下がるので、ドラフトも弱くなります。 岩手は山の家が多いので、これは他人事ではありません。
| 場所 | 気圧 | ドラフト(6m・0℃・250℃) | 平地との差 |
|---|---|---|---|
| 盛岡市街(標高 約130m) | 99,773 Pa | 35.8 Pa | -1.5 % |
| 雫石(約250m) | 98,357 Pa | 35.3 Pa | -2.9 % |
| 岩洞湖(約660m) | 93,643 Pa | 33.6 Pa | -7.6 % |
| 八幡平・松川(約900m) | 90,970 Pa | 32.6 Pa | -10.2 % |
岩洞湖のあたりで約7%落ちます。
たった7%と思うかもしれませんが、
もともと20Paしかないものの7%=1.4Pa。
焚きつけの、あと一歩が出ない場面ではこれが効きます。
標高の高い現場では、煙突を少し高く取る。うちがそうしているのは、この計算があるからです。
気圧の式は国際標準大気(ISA)によるもの。実際の気圧は天気でも±3%ほど動きます。
ドラフトは強ければいい、というものではありません。 25Paを超えたあたりから、別の問題が始まります。
| ドラフト | 何が起きるか |
|---|---|
| 6 Pa 未満 | 煙が室内へ出る。焚きつけが決まらない。ガラスがすぐ曇る。 |
| 6〜11 Pa | 燃えるが、力が弱い。空気を絞ると不完全燃焼になりやすい。 |
| 12〜25 Pa | ちょうどいい帯。ここに入るように設計する。 |
| 25〜35 Pa | 燃えすぎる。空気を絞っても止まらない。薪の減りが早い。 |
| 35 Pa 超 | 危険側。本体が高温になりすぎ、鋳物の割れ・変形・ガスケットの劣化。 熱が煙突から逃げるだけで、部屋は暖まらない。 |
過ドラフトの家は、薪をどんどん食べるのに、なぜか寒い。
せっかくの熱が、部屋に移る前に煙突から出ていってしまうからです。
「うちは薪の減りが早くて」という相談の何割かは、腕でも機種でもなく引きすぎです。
ダンパー(引きを調整する弁)を入れれば直ります。
高い煙突・寒冷地・高い標高が重なると、こちら側に振れます。
ここまでは煙突だけの話でした。実際は、家のほうも空気を動かしています。 レンジフード、24時間換気、浴室の換気扇。全部、家から空気を捨てる装置です。
家の気密が良くなるほど、この負圧は大きくなります。 どれくらい大きくなるのか、なぜ一酸化炭素の話になるのか── そこは分けて、もう1枚に書きました。
ここまで式を並べておいて言うのも何ですが、 計算は当たりをつけるためのものです。最後は測ります。
| 測るもの | 道具 | 見ていること |
|---|---|---|
| 煙突のドラフト | マノメーター(微差圧計) | 本体の接続部で測る。12〜25Paに入っているか。 |
| 室内外の差圧 | 同上 | レンジフードON/OFFで、家がどれだけ負圧になるか。 |
| 排気温度 | 煙道温度計 | 低すぎるとタール、高すぎると熱の無駄。 |
| 排ガス中の酸素 | 燃焼ガス分析計 | 空気比が分かる。O₂が多い=空気の入れすぎ=過ドラフト。 |
| 家の気密 | 気密測定(C値) | 新築なら工務店が測っています。数字を見せてもらいます。 |
数字にすれば、言い争いになりません。
「なんとなく引きが悪い」では直せない。何Paで、どこが足りないのかまで出せば、
直す手はいつも見つかります。
うちが現地調査でやっているのは、要するにこれです。
※ ここに書いた数値はすべて標準的な条件での計算です。 実際の煙突は断熱の有無・内面の粗さ・すす付着・気象で変わります。 設計はメーカーの必要ドラフト値と施工基準に従います。
ここに書いたことは、全部うちが現場でやっていることです。
煙突の高さも、給気の穴も、機種の選定も、この考え方で決めています。
盛岡のショールームには、火を入れた実機があります。数字の話の続きを、炎の前でどうぞ。