D'STYLE 技術の深いところ / 01

煙が上へ行くのは、
地球が引っぱっているから。

煙突のドラフト(通気力)の話を、逃げずに全部書きます。 重力、気圧、浮力、摩擦、風、標高まで。式も数字も隠しません。 ここまで書いている薪ストーブ屋は、たぶん日本に無いと思います。

  1. 煙が上がるのは、地球のおかげ
  2. 気圧って、なんだ
  3. 空気の重さは、温度で変わる
  4. ドラフトの式(全文)
  5. 高さと温度の早見表
  6. 夏に煙が逆流する理由
  7. 曲がりと横引きは、借金だ
  8. 風は、味方にも敵にもなる
  9. 標高が高いと、弱くなる
  10. 強すぎるドラフトも、こわい
  11. 家の負圧と、引っぱり合う
  12. 現場では、こう測る
01 / そもそもの話

煙突は、煙を「押し上げて」いない。

よくある誤解から始めます。 煙突には、煙を上へ押し出す力なんて、どこにもありません。 ファンも入っていない。ただの筒です。
それなのに煙が上がるのは、地球が、まわりの冷たい空気を、より強く下へ引っぱっているからです。

小学5年生バージョン

プールで、水中に押し込んだビーチボールを手放すと、ボールがバンッと浮き上がるよね。 ボールが自分で上に飛んでいるわけじゃない。まわりの水が、ボールより重いから、 重い水が下に沈もうとして、軽いボールを押し上げているんだ。
煙突の中の熱い空気は、このビーチボール。まわりの冷たい空気が、水。
煙は浮いているんじゃない。まわりの空気に、押し出されている。

だから、こういうことが全部つながります。

この一つの理屈から、現場のぜんぶが出てくる

・煙突が高いほどよく引く → 押し上げる力が働く距離が長いから
・煙突が熱いほどよく引く → 中の空気が軽くなるから
外が寒いほどよく引く  → まわりの空気が重くなるから
夏はほとんど引かない  → 外の空気が軽いから、押し出す力が弱い
断熱二重煙突が要る   → 冷やさなければ、軽いままでいられるから
横引きは損をする    → 高さが増えないのに、抵抗だけ増えるから

この先で、この6つをぜんぶ数字にします。

02 / 気圧の正体

あなたの頭の上には、
1トンの空気が乗っている。

1気圧は 101,325 Pa(パスカル)。学校で習う数字です。 でも、これが何なのかを説明されたことは、たぶん無い。
これは、あなたの真上にある「空気の柱」の重さそのものです。

1 Pa = 1 m² あたり 1 N(ニュートン)の力 = 1 m² あたり 約102 g のものが乗っている重さ 101,325 Pa = 1 m² あたり 約 10.3 トン 人の肩や頭のうえ(約0.1 m²)なら … 約 1 トン

つぶれないのは、体の中からも同じだけ押し返しているからです。 大気圧とは、空気にも重さがあるという、ただそれだけの事実です。 宇宙まで積み上がった空気の重さが、いま、あなたを押している。

小学5年生バージョン

プールの底にもぐると、耳が痛くなるよね。あれは上にある水の重さに押されているから。 深いほど、上の水が多いから、もっと痛い。
空気も同じ。ぼくたちは「空気の海」のいちばん底で暮らしている。 だから体じゅうを押されている。ただ、生まれたときからずっとなので、気づかないだけ。

ここが大事なところです。 煙突のドラフトは、この10万Paと比べるとたった 20 Pa 前後1気圧の、5000分の1しかありません。

20 Pa が、どれくらい小さいか

・1気圧 = 101,325 Pa
・台風の中心気圧 950 hPa = 95,000 Pa(平常より 6,000 Pa 低い)
煙突のドラフト = 20 Pa
・人がフーッと息を吹く = だいたい 300〜1,000 Pa

つまりドラフトは、人の吐く息の30分の1くらいの、ごく弱い力です。 この弱い力で、煙を屋根の上まで運んでいる。
だから、ちょっとしたことで簡単に負ける。 レンジフードにも、隣の部屋の窓にも、風にも負ける。 煙突の設計が繊細な仕事になるのは、扱っている力がこれほど小さいからです。

03 / 密度

空気の重さは、
温度で決まる。

空気1m³が何kgあるか。これを密度(ρ・ロー)といいます。 温度で変わります。中学校で習う「気体の状態方程式」そのものです。

ρ = P ÷ ( R × T ) ρ(ロー)… 空気の密度(kg/m³) P … 気圧(Pa)… 101,325 R … 空気の気体定数 … 287.05 J/(kg·K) T絶対温度(K・ケルビン)= 摂氏 + 273.15

ここで一つだけ、覚えてほしいことがあります。 ドラフトの計算では、℃ではなくK(ケルビン)を使います。 0℃は「熱がゼロ」ではないからです。ほんとうのゼロは −273.15℃。 そこから数え直した目盛りがKです。0℃=273.15K、250℃=523.15K。

空気絶対温度密度 kg/m³ひとこと
外の空気(−10℃)263 K1.341真冬の盛岡。いちばん重い。
外の空気(0℃)273 K1.292
外の空気(20℃)293 K1.204春・秋。
外の空気(30℃)303 K1.164真夏。ここが一番やっかい。
煙突の中(100℃)373 K0.946焚きつけの途中。まだ弱い。
煙突の中(200℃)473 K0.746
煙突の中(250℃)523 K0.675ふつうに焚いているとき。
煙突の中(350℃)623 K0.566強く焚いたとき。

気圧101,325 Pa・乾き空気で計算。湿気があると、ほんの少し軽くなります(水蒸気は空気より軽い)。

見てください。 −10℃の空気は1.34kg、250℃の空気は0.68kg。ちょうど半分です。
つまり煙突の中の空気は、外の空気の半分の重さしかない。 この差が、そのままドラフトになります。

04 / 式の全文

ドラフトの式は、これだけ。

重い空気の柱と、軽い空気の柱。その重さの差が、そのまま押し上げる力になります。

Δp = g × h × ( ρ − ρ ) Δp … ドラフト(Pa) g重力加速度 9.80665 m/s² ← ここに地球が出てくる h … 煙突の高さ(m)… 本体の接続部から、てっぺんまで ρ … さっきの密度 密度を温度の式に置きかえると、こうなる ↓ Δp = (g ÷ R) × P × h × ( 1/T − 1/T ) = 0.03416 × P × h × ( 1/T外 − 1/T中 )

この 0.03416 という数は、重力を空気の気体定数で割ったものです。 9.80665 ÷ 287.05。
つまりドラフトの式の中には、地球の重力がそのまま入っている。 月に薪ストーブを持っていくと、重力が6分の1なので、ドラフトも6分の1になります。 月では煙が上がりません。本当の話です。

実際に計算してみる(高さ6m・外気0℃・煙突内250℃)

1/T外 = 1 ÷ 273.15 = 0.003661
1/T中 = 1 ÷ 523.15 = 0.001911
差   = 0.001750
Δp = 0.03416 × 101325 × 6 × 0.001750 = 36.3 Pa

多くの薪ストーブが、カタログで「必要ドラフト 12Pa前後」と書いています。 36Paあれば足りる──ように見えます。
ですが、これは「摩擦ゼロ」の理論値です。ここから抵抗を引かないといけない。 それを07章でやります。

05 / 早見表

高さと温度で、こう変わる。

外気0℃のときの理論ドラフト(Pa)です。 色を付けたところが、12〜25Paのちょうどいい帯

煙突の高さ100℃150℃200℃250℃300℃
3 m10.213.516.118.219.9
4 m13.618.021.424.226.5
5 m17.022.526.830.333.2
6 m20.427.032.136.339.8
7 m23.831.437.542.446.4
8 m27.235.942.948.453.1
10 m34.044.953.660.666.3

※ 理論値。実際はここから摩擦・曲がりの損失を引きます(07章)。

読み取れることが、3つあります。

① 高さは、正直に効く

ドラフトは高さにまっすぐ比例します。倍にすれば倍。 250℃なら1mあたり約 6.1 Pa
「あと2m伸ばせますか」という相談に意味があるのは、これが理由です。

② 温度は、上げるほど効きが鈍る

100℃→200℃で大きく増えますが、250℃→300℃はわずかしか増えません。 式が 1/T(温度の逆数)だからです。
だから「もっと熱く焚けばいい」は、途中から効かなくなる。 それより、冷やさないことのほうがずっと効きます。

③ 低い煙突は、温度で殴られる

3mの煙突は、250℃で 18.2 Pa。ぎりぎりです。 焚きつけの100℃では 10.2 Pa しかない。
低い煙突ほど、焚きはじめに煙が出る。これは腕の問題ではなく、設計の問題です。

06 / 季節

夏に煙が逆流するのは、
あなたのせいじゃない。

「夏場に一度火を入れたら、煙が部屋に出た」という話をよく聞きます。 腕のせいだと思っている人が多い。違います。物理です。高さ6mで計算します。

場面外気煙突内ドラフトひとこと
真冬・焚きつけ直後-5℃50℃13.2 Pa煙突がまだ冷たい。それでもこれだけ出る。
真冬・ふつうに燃焼-5℃250℃37.8 Pa冬がいちばん強い。
春秋・焚きつけ直後15℃50℃7.8 Paかなり弱い。煙が室内へ出やすい。
春秋・ふつうに燃焼15℃250℃32.4 Pa
真夏・焚きつけ直後30℃50℃4.2 Pa★ここが逆流の正体。ほとんど力がない。
真夏・ふつうに燃焼30℃250℃28.8 Pa燃えてしまえば効く。問題は最初の10分。

真夏の焚きつけ直後は、4.2 Pa。 真冬の同じ場面(13.2 Pa)の、3分の1以下です。
ここに家の負圧が2〜3Pa乗ったら、もうドラフトはゼロを割ります。 つまり煙突が、空気の入り口に変わる。煙は部屋へ出ます。

だから、こうする

焚きつけは、上から燃やす(トップダウン)。 煙突をまず温めることが、最初の仕事です。
新聞紙を丸めて、煙突の下で燃やして呼び水にする。昔からのやり方には理由があります。
窓を1か所開ける。負圧をゼロに戻すだけで、たいてい直ります。
断熱二重煙突にする。冷えた煙突は、中の空気を冷やして重くします。 逆流のいちばんの原因はここです。

07 / 損失

曲がりと横引きは、
ドラフトの借金だ。

理論ドラフトから、抵抗のぶんを引きます。使う式はこれです。

損失 = ( λ×L/D + Σζ ) × ½ × ρ × v² λ … 管の摩擦係数(煙突なら 0.03〜0.04) L/D … 長さ ÷ 直径 ζ(ゼータ)… 曲がりや部品ごとの抵抗係数 ½ρv²動圧。流れの勢いそのもの 煙突内250℃(ρ=0.675)・流速 2.5 m/s なら 動圧 = 0.5 × 0.675 × 2.5² = 2.11 Pa

部材ζ損失ひとこと
まっすぐな煙突 1m(φ150・断熱二重)0.090.19 Pa摩擦だけ。λ≒0.035 として L/D=6.7
90°エルボ 1個0.751.58 Pa曲がるたびに、これだけ食う。
45°エルボ 1個0.350.74 Pa同じ曲げるなら、45°を2回のほうが軽い。
T字(掃除口つき)1個1.302.74 Pa横引きの根元に必ず入る。ここが重い。
煙突トップ(傘つき)1.002.11 Pa種類で大きく変わる。
本体の中を通る抵抗2.004.22 Pa機種で違う。カタログの必要ドラフトに含まれている。

よくある構成で、引き算してみる

高さ6m・直の部分6m・90°エルボ2個・T字1個・トップ1個の場合:

理論ドラフト  36.3 Pa
- 抵抗の合計  9.2 Pa
= 残り     27.2 Pa … これが本体に使える力

必要ドラフト12Paの機種なら、まだ足ります。 ただし、これは煙突が250℃に温まっているときの話です。 焚きつけの100℃だと理論値が 20.4 Paまで落ちるので、 抵抗を引いたらほとんど残りません。

小学5年生バージョン

ジュースをストローで飲むとき、ストローを折り曲げると吸いにくいよね。 曲げるたびに、吸う力がムダになる。
煙突も同じで、90°に曲げるのは、まっすぐな煙突を8mぶん足したのと同じくらい損をする。
それと、横に伸ばしても高さは増えない。増えるのは抵抗だけ。 だから横引きは「借りたぶんだけ、あとで返す」ことになる。

横引きの現実的な限度は、1m前後です。 それ以上にするなら、その分だけ煙突を高くして返す。 「間取りの都合で横に3m引きたい」と言われたら、うちは正直に反対します。 入れてから直すのが、いちばん高くつくからです。

08 / 風

風は、吸ってもくれるし、
押し戻しもする。

煙突のてっぺんを風が横切ると、圧が下がって吸い出してくれます。 霧吹きと同じ理屈(ベルヌーイの定理)です。これは味方。

動圧 = ½ × ρ × v² 風速 5 m/s なら … 0.5 × 1.2 × 5² = 15 Pa 風速 10 m/s なら … 0.5 × 1.2 × 10² = 60 Pa ドラフトが20Paしかないところに、この大きさの力が来る。

問題は、向きが選べないことです。 屋根の形や、近くの木・建物によって、風は下向きに吹き下ろします(ダウンドラフト)。 そうなると、20Paのドラフトなど一瞬で押し戻されます。

だから、てっぺんの位置が決まっている

屋根のいちばん高いところ(棟)より、60cm以上高く。 屋根に当たった風が巻き込む範囲から、頭を出すためです。
・棟から離れた位置に出すなら、そのぶん高く伸ばす。 屋根の勾配に沿って引いた線より上に出す、という考え方をします。
近くの高い木・隣の建物も見ます。 屋根より高いものが風上にあると、そこで乱れた風が降りてきます。
トップ(傘)の形も効きます。抵抗が増えるものもあれば、 風を利用して吸い出す形(バーティカルトップ等)もあります。

※ 具体の寸法は、建物・地域の風・屋根形状で変わります。 現地を見ないで「60cmでいい」とは言えません。うちは必ず見に行きます。

09 / 標高

山の上では、煙突が弱くなる。

式の中にP(気圧)が入っていたのを覚えていますか。 標高が上がると気圧が下がるので、ドラフトも弱くなります。 岩手は山の家が多いので、これは他人事ではありません。

P = 101325 × ( 1 − 0.0000225577 × 標高 ) ^ 5.25588
場所気圧ドラフト(6m・0℃・250℃)平地との差
盛岡市街(標高 約130m)99,773 Pa35.8 Pa-1.5 %
雫石(約250m)98,357 Pa35.3 Pa-2.9 %
岩洞湖(約660m)93,643 Pa33.6 Pa-7.6 %
八幡平・松川(約900m)90,970 Pa32.6 Pa-10.2 %

岩洞湖のあたりで約7%落ちます。 たった7%と思うかもしれませんが、 もともと20Paしかないものの7%=1.4Pa。 焚きつけの、あと一歩が出ない場面ではこれが効きます。
標高の高い現場では、煙突を少し高く取る。うちがそうしているのは、この計算があるからです。

気圧の式は国際標準大気(ISA)によるもの。実際の気圧は天気でも±3%ほど動きます。

10 / 過ドラフト

引きすぎるのも、こわい。

ドラフトは強ければいい、というものではありません。 25Paを超えたあたりから、別の問題が始まります。

ドラフト何が起きるか
6 Pa 未満煙が室内へ出る。焚きつけが決まらない。ガラスがすぐ曇る。
6〜11 Pa燃えるが、力が弱い。空気を絞ると不完全燃焼になりやすい。
12〜25 Paちょうどいい帯。ここに入るように設計する。
25〜35 Pa燃えすぎる。空気を絞っても止まらない。薪の減りが早い。
35 Pa 超危険側。本体が高温になりすぎ、鋳物の割れ・変形・ガスケットの劣化。 熱が煙突から逃げるだけで、部屋は暖まらない。

「よく燃える」は、ほめ言葉とはかぎらない

過ドラフトの家は、薪をどんどん食べるのに、なぜか寒い。 せっかくの熱が、部屋に移る前に煙突から出ていってしまうからです。
「うちは薪の減りが早くて」という相談の何割かは、腕でも機種でもなく引きすぎです。 ダンパー(引きを調整する弁)を入れれば直ります。 高い煙突・寒冷地・高い標高が重なると、こちら側に振れます。

11 / 家との綱引き

煙突と家は、
同じ空気を取り合っている。

ここまでは煙突だけの話でした。実際は、家のほうも空気を動かしています。 レンジフード、24時間換気、浴室の換気扇。全部、家から空気を捨てる装置です。

本体にかかる、ほんとうの引き = 煙突のドラフト − 家の負圧 − 煙突の抵抗 例:ドラフト 36.3 Pa − 抵抗 9.2 Pa − レンジフードの負圧 20 Pa = 7.2 Pa ← マイナス。煙が逆に流れる。

家の気密が良くなるほど、この負圧は大きくなります。 どれくらい大きくなるのか、なぜ一酸化炭素の話になるのか── そこは分けて、もう1枚に書きました。

換気と燃焼空気の話を読む →

12 / 現場

計算したら、必ず測る。

ここまで式を並べておいて言うのも何ですが、 計算は当たりをつけるためのものです。最後は測ります。

測るもの道具見ていること
煙突のドラフトマノメーター(微差圧計) 本体の接続部で測る。12〜25Paに入っているか。
室内外の差圧同上 レンジフードON/OFFで、家がどれだけ負圧になるか。
排気温度煙道温度計 低すぎるとタール、高すぎると熱の無駄。
排ガス中の酸素燃焼ガス分析計 空気比が分かる。O₂が多い=空気の入れすぎ=過ドラフト。
家の気密気密測定(C値) 新築なら工務店が測っています。数字を見せてもらいます。

数字にすれば、言い争いになりません。 「なんとなく引きが悪い」では直せない。何Paで、どこが足りないのかまで出せば、 直す手はいつも見つかります。
うちが現地調査でやっているのは、要するにこれです。

※ ここに書いた数値はすべて標準的な条件での計算です。 実際の煙突は断熱の有無・内面の粗さ・すす付着・気象で変わります。 設計はメーカーの必要ドラフト値と施工基準に従います。

GO DEEPER / まだ、続きがある

この先も、同じ深さで書いてある。

ここまで読んだあなたと、話したい。

ここに書いたことは、全部うちが現場でやっていることです。 煙突の高さも、給気の穴も、機種の選定も、この考え方で決めています。
盛岡のショールームには、火を入れた実機があります。数字の話の続きを、炎の前でどうぞ。

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