同じストーブに同じ薪を入れても、よく燃える日と、焚き付けがなかなか決まらない日があります。腕前や薪の出来を疑いたくなりますが、原因の多くは家の外にあります。煙突が煙を引く力、いわゆるドラフトは、外の気温や風、気圧、そして季節によって、日ごとに表情を変えるからです。
ドラフトの仕組みや計算の式は、読みもの「煙突が煙を引く力」と技術ページ「煙突のドラフトの話」にまとめました。この読みものでは視点を変えて、岩手の秋から夏までの一年を順にたどりながら、煙突の機嫌がどう移り変わるのかを見ていきます。天気予報を見るときに、煙突のことも少し思い浮かべていただけるようになれば幸いです。
秋の焚き始めは、煙突がまだ目覚めていません
住宅の暖房について定めた日本産業規格(JIS C 9612:2013)は、暖房期間を11月8日から4月16日としています。盛岡の初雪の平年日は11月9日で、ちょうどこの頃に重なります。実際には10月のうちから朝晩に火を入れるご家庭も多く、その時期の昼間は外気がまだ十数℃あります。
ドラフトは、煙突の中と外の空気の重さの差から生まれます。外が暖かいほど、この差は小さくなります。高さ5mの煙突で概算してみると、煙突の中がまだ40℃ほどの焚き始めには、外気が15℃なら引きはおよそ5Paしかありません。真冬の朝、外気が盛岡の1月の日最低気温の平年値である−5.2℃なら、同じ40℃でもおよそ9Paと、ほぼ倍になります。秋の焚き付けが冬より難しく感じられるのは、この差のためです。
この時期は、細い焚き付けを多めに使い、短い時間で煙突を温めることが大切です。煙突の中が150℃ほどまで上がれば、外気15℃でも引きはおよそ19Paに達し、真冬との差はぐっと縮まります。最初の数分を丁寧に過ごせば、あとは煙突が自分で引いてくれるようになります。
冬の朝、盆地の底には冷たい空気がたまります
真冬は、ドラフトにとっていちばん条件のよい季節です。外気が低いほど煙突の中との温度差が開き、引く力は強くなります。
一方で、冬の朝には別の現象が起こります。風の弱い晴れた夜、地面は熱を空へ逃がして冷え込みます(放射冷却)。山に囲まれた盆地では、冷えて重くなった空気が谷底にたまり、上空より地表のほうが寒い「気温の逆転」が生まれます。気象学者の近藤純正氏は、盆地にできるこの冷たい空気の層を「冷気湖」と呼び、新雪が積もった夜には放射冷却が特に強くなること、夜間の風速がおよそ5m/sを超えると冷気湖はできにくくなることを説明しています。
冷気湖ができた朝は、煙突の引き自体はよくても、外へ出た煙が上へ抜けにくくなります。冷たい空気の層がふたの役目をして、煙が低くたなびいたり、近所へ流れたりしやすくなるのです。盛岡のように山に囲まれた土地では、冬の朝ほど煙の出方に気を配る必要があります。よく乾いた薪で炎をしっかり立て、白い煙を出さない燃やし方を心がけることが、近所への何よりの気配りになります。
寒すぎる日は、引きすぎにも注意します
冬の寒さが厳しいほど、今度はドラフトが強くなりすぎることがあります。当店がメンテナンスでよく出会うダッチウエストのエンライトの取扱説明書は、ドラフトが強すぎるとストーブ内の温度が異常に上がり、本体や再燃焼ボックスの破損につながると書いています。そして、ストーブや煙突の一部が過熱して赤くなるのは、ドラフトが強すぎるときの症状だと説明しています。
同じ説明書は、天候とドラフトの関係にも触れています。屋外の気温が高くなったり気圧が低くなったりするとドラフトは弱くなり、気温が低くなったり気圧が高くなったりすると強くなる。ただし、屋外に出ている煙突の部分が長い場合は例外で、煙突が外気に冷やされて排気の温度まで下がってしまうため、外気が非常に低いときほど注意が要る、という内容です。
寒い日は引きが強いと一言で言い切れないのは、このためです。煙突を断熱の効いた二重煙突にし、屋外に露出する長さを抑えるといった設計の工夫は、真冬の夜にこそ効いてきます。
風の強い日と、低気圧の日
風は、煙突の味方にも敵にもなります。煙突のてっぺんを風が横切ると、出口の圧力が下がり、煙を吸い出す助けになります。ところが、屋根の面や棟、近くの建物や高い木に当たった風は渦を巻き、ときに煙突の出口へ吹き下ろします。カナダの建築基準の解説は、煙突を屋根から一定の高さ以上に出す規定の目的を、屋根の近くの乱れた空気が煙突に下降気流を起こす可能性を抑えるためだと説明しています。煙突の出口を屋根の棟より高く出すのは、この乱れた空気の層から頭を出すためです。
低気圧が近づくと、煙の戻りやすさを感じる方もいます。気圧そのものの影響は、計算してみると小さなものです。ドラフトは気圧に比例するので、1020hPaの高気圧の日と980hPaの低気圧の日の差は、およそ4%にとどまります。それよりも効いてくるのは、低気圧に伴う暖かい南寄りの風や、強い風が生む乱れのほうです。風の強い日は、空気を少し多めに入れて炎を保ち、扉の開け閉めをゆっくり行うと、煙の戻りを抑えられます。
高原の家では、同じ煙突でも引きが弱くなります
岩手には、標高の高い高原や山あいに暮らす方も少なくありません。標高が上がると空気が薄くなり、気圧が下がります。国際標準大気で計算すると、標高500mの気圧は海面の約94%、1,000mでは約89%です。ドラフトは気圧に比例するので、同じ高さ、同じ温度の煙突でも、標高1,000mでは海辺の町より1割ほど引きが弱くなります。
1割と聞くと小さく思えますが、焚き始めの引きはもともと数Paしかありません。そこから1割欠けると、あと一歩で火が立たない場面が増えます。標高の高い現場では、煙突の経路をできるだけまっすぐにし、高さに余裕を持たせて計画します。場所ごとの気圧と引きの比較は、技術ページの早見表で確かめられます。
夏の煙突は、逆向きに流れることがあります
ストーブを焚かない夏にも、煙突の中の空気は動いています。建物の換気の分野では、冷房の効いた建物では煙突効果が逆向きに働き、冷えた空気が縦の通路を下へ流れることが知られています。家の中が外より涼しい日には、煙突の中の空気も外より冷たく重くなり、上から下へゆっくり降りてくることがあります。
夏にストーブのまわりで、こもったようなにおいを感じることがあるのは、この流れが一因です。煙突の内側に残ったススやタールのにおいが、外の湿った空気とともに室内へ運ばれてきます。エンライトの説明書は、シーズンが終わったらストーブの口元から煙突トップまでをすべて点検して掃除すること、鳥などが入らないようトップに網やカバーを付けることを求めています。夏の前に煙突をきれいにしておけば、におい対策にもなり、秋の焚き始めも気持ちよく迎えられます。年に一度の煙突掃除を、焚き終わりの春に予定しておくと安心です。
一年の変化を、設置の日に測っておきます
ドラフトは計算で見積もることができます。煙突の高さ、外気と排気の温度、標高、曲がりの数や横引きの長さを式に入れれば、おおよその数字が出ます。ただ、実際の家には、風の当たり方、まわりの木や建物、換気扇の強さ、家の気密といった、式に入りきらない条件があります。
そこで当店は、ストーブを据えたあとに必ずドラフトを実測し、計算と現場の差を確かめています。煙突プランを組むときに、曲がりと横引きの長さを最初に確認するのも同じ理由です。900件を超える薪ストーブの設置に携わるなかで、季節や天気による変化を織り込んで設計することの大切さを学んできました。
秋の焚き付けが決まらない、冬の朝に煙が低くたなびく、風の日に煙が戻る、夏ににおいがする。どれも、煙突と天気の関係で説明できることがほとんどです。気になることがあれば、季節や天気、その日の様子を添えてお知らせください。原因を一緒に探します。
関連するページ:盛岡・岩手の薪ストーブ専門店
参考:引きの概算は、煙突効果の式(英語版ウィキペディア「Stack effect」、英語)による。冷房期に煙突効果が逆向きになることも同項目による。盛岡の気温と初雪は気象庁の平年値(1991〜2020年)による。冷気湖は近藤純正「放射冷却、盆地では?樹木の近くでは?」(ページ)による。煙突の高さの規定の目的は、カナダ国立研究機構の建築基準解説(英語)による。天候・過剰なドラフト・シーズン後の手入れは、当サイト掲載のダッチウエスト エンライト取扱説明書による。標高ごとの気圧は国際標準大気の式による。計算値はいずれも概算です。