遠野の山あいを走ると、わらぶき屋根がL字に折れ曲がった、大きな民家に出会います。南部曲り家。岩手が全国に誇る民家の形式で、あの曲がりには、はっきりした理由があります。折れ曲がった先に住んでいたのは、馬です。今日は北東北・岩手編、馬と人がひとつ屋根の下で暮らした家の話を、火を軸に深掘りします。
なぜ、馬を家の中に入れたのか
旧南部藩領の岩手は、古くから馬産の国でした。軍馬、農耕馬、そして運搬の馬。馬は財産であると同時に、田畑を耕す仕事仲間であり、名前で呼ばれる家族でした。問題は、岩手の冬です。氷点下十度を下回る夜、離れた馬小屋では馬が凍え、病みます。そこで生まれた答えが、母屋と馬屋を直角にひと続きにつなぐ曲り家でした。L字の内側に馬屋を置き、母屋の囲炉裏(こちら)の熱と人の気配が、壁越しに馬屋へ伝わる。人は寝ながら馬の物音を聞き、馬の異変にすぐ気づける。暖房と見守りを一つの火でまかなう、みごとな設計です。台所仕事の湯気も馬屋側に流れるよう配置され、家全体がひとつの熱の回路になっていました。
わらぶき屋根は、煙で保たれていた
曲り家のわらぶき屋根にも、火の知恵が隠れています。囲炉裏の煙は、天井の煙出しからゆっくり抜けるあいだに、屋根裏のわらをいぶし続けます。この燻煙が防虫と防腐になり、わら屋根の寿命を大きく延ばしていました。囲炉裏の火を絶やした古民家の屋根から傷むと言われるのは、このためです。いぶりがっこ(こちら)が囲炉裏の煙で大根を守ったように、曲り家は煙で家そのものを守っていた。火は暖房であると同時に、家の保存装置だったのです。この「煙で守る」発想は、フィンランドのタール(こちら)が船を守った話と、みごとに響き合います。北の国の知恵は、海を越えて似るのです。
本物の曲り家に、会いに行く
曲り家は今も岩手で見学できます。代表格は遠野の千葉家住宅。江戸後期の建築で国の重要文化財、丘の上に石垣を組んで立つ姿は「日本十大民家」にも数えられる威容です(保存修理を経て公開状況は訪問前にご確認を)。遠野ふるさと村や伝承園では、移築された曲り家の囲炉裏に実際に火が入っていて、煙の匂いの中で座敷に上がれます。語り部の昔話(遠野物語の話)を囲炉裏端で聞けば、この家がどれだけ物語を生んだかも分かります。盛岡からは車で一時間半。馬コの月命日ならぬ、チャグチャグ馬コ(こちら)の季節と合わせるのもおすすめです。
火を家の真ん中に、という思想
曲り家が教えてくれるのは、火を家の真ん中に置くと、暮らし全体がその周りに整列するということです。人も馬も屋根も食べものも、囲炉裏の火を頼りに配置されていた。現代の薪ストーブやサウナも、根は同じです。火のある場所に、家族は自然と集まる。テレビより強い求心力が、炎にはあります。岩手の先人は、それを何百年も実践していました。
火の似合う家づくりの、相談相手に
岩手・盛岡のD'STYLEは、薪ストーブとハルビアのサウナヒーターで、現代の家に火の真ん中を作るお手伝いをしています。曲り家見学の帰り道、火のある暮らしの話をしに店へどうぞ。
写真: Andrey Korzun (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



