岩手には、日本じゅうに知られた物語の里があります。遠野です。柳田国男の「遠野物語」に収められた、河童や座敷わらし、山の神々の話。あの数々の物語は、どこで生まれ、どこで語り継がれてきたのでしょう。答えは、囲炉裏端です。雪に閉ざされた冬の夜、火を囲んで、年寄りが子どもらに語って聞かせる。岩手の物語は、火のそばで育ったのです。今日は、火と物語の話をさせてください。

語りの文化は、冬の火が育てた
遠野に語り部の文化が豊かに残ったのには、理由があります。岩手の冬は長く、雪の夜は外に出られない。娯楽のない時代、囲炉裏の火だけが明かりで、その火を囲む時間だけが、たっぷりとあった。だから、語った。昔話を、山の不思議を、ご先祖の話を。子どもらは炉端で聞きながら眠り、大きくなって、また自分の子に語る。物語は、火のそばで生まれ、火のそばで受け継がれてきました。遠野には今も語り部さんがいて、囲炉裏を囲んで昔話を聞かせてくれる場所が残っています。あの独特の節回しは、火のそばでこそ、いちばん映えるのです。遠野の昔話が「むかし、あったずもな」と始まり、囲炉裏の情景と切り離せないのも、そのためでしょう。
「遠野物語」を生んだ、二人の男
「遠野物語」は、一人では生まれませんでした。遠野に伝わる話を語ったのは、地元出身の佐々木喜善という青年。それを聞き書きして、明治四十三年(1910年)に一冊にまとめたのが、民俗学者の柳田国男です。座敷わらし、河童、オシラサマ、山男に雪女。喜善が囲炉裏端で祖父母から聞いて育った話が、柳田の筆を通して、日本じゅうに知られる物語になりました。つまり「遠野物語」は、火のそばで語られた話を、火のそばで聞いて育った人が伝えた、二重の炉端の産物なのです。百年を超えて読み継がれているのは、その語りの温もりが、いまも行間に残っているからでしょう。
火は、物語のための照明
考えてみると、火ほど物語に向いた明かりはありません。ゆらめく炎は、聞き手の想像力をかき立てます。明るすぎない光の中では、語り手の顔に陰影が生まれ、話の怖いところは十分に怖く、あたたかいところは十分にあたたかく響く。こうこうと明るい蛍光灯の下で聞く河童の話と、炉の火だけの薄暗がりで聞く河童の話。どちらが心に残るかは、言うまでもありません。揺れる炎は、話の間や余韻まで演出してくれる、いちばん古い舞台照明なのです。(暗さと火明かりの話は、こちらに。)
現代の炉端で、語り継ぐ
囲炉裏が消えて、語りの場も消えました。でも、薪ストーブのある家には、その場が戻ってきます。夜、部屋の明かりを落として、炎の前で、子どもに絵本を読んでやる。おじいちゃんが、孫に自分の子ども時代の話をする。スマホを置いて、火を見ながら、家族の昔話をする。特別なことは何もいらないのです。火があれば、人は自然と語り出す。何百年も、そうやってきたのですから。図書館で借りた「遠野物語」を、火のそばで一話ずつ読み聞かせる。それだけで、なんでもない冬の夜が、特別な時間に変わります。岩手に生まれた子が、薪ストーブの前で遠野の昔話を聞いて育つ。これほど岩手らしい子育ての風景が、ほかにあるでしょうか。(囲炉裏の記憶の話は、こちら。)
物語の生まれる家を
岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーンやバーモントキャスティングスの薪ストーブの設置を通じて、「物語の生まれる場所」づくりをお手伝いしています。いつかあなたの家の火のそばで、「むかし、あったずもな」と、誰かが語り始めますように。おすすめの一台のご相談、いつでもお待ちしています。



