「最近、本が読めなくなった」。そう言う人が、まわりに増えました。本は好きなのに、数ページで手が止まって、気づけばスマホを見ている。集中が、続かない。心当たりのある方は、少なくないはずです。今日は、その処方箋の話です。結論を先に言います。本は、火のそばで読むと、読めます。
読めなくなったのは、あなたのせいではない
本が読めなくなったのは、意志が弱いからでも、年のせいでもないと思います。私たちの暮らしから、「本を読むのに向いた場所と時間」が消えたからです。部屋は明るすぎて、通知は鳴りやまず、動画は次から次へと再生される。数秒ごとに気を引くものが飛んでくる環境で、二時間ひとつの物語に沈むのは、そもそも無理な相談なのです。読書に必要なのは、努力ではなく、環境です。
火は、最高の読書灯ではないけれど
薪ストーブの前は、その環境として、ほとんど完璧です。まず、あたたかい。手足が冷えたままでは、人は物語に入れません。次に、静かで、ほどよい雑音がある。薪のはぜる、ぱち、ぱちという音。あれは集中を破る音ではなく、集中を守る音です。無音より、かすかな焚き火の音があるほうが、頁はめくれます。
そして、火のゆらめき。本から顔を上げたとき、視線の先に炎があると、頭は休まりながらも、物語の余韻の中にとどまれます。スマホを見上げれば余韻は消えますが、火を見上げれば、余韻は深まる。読書の合間の「目のやり場」として、炎に勝るものを、私たちは知りません。膝に猫でもいれば、もう言うことなしです。(火のそばの特等席の話は、こちら。)
サウナ後の頭に、物語はしみこむ
もうひとつの黄金の読書時間が、サウナのあとです。サウナと水風呂と外気浴を終えた頭は、雑念が洗い流されて、静かで、やわらかい。この状態で開く本は、しみこみ方が違います。難しくて積んでいた本が、サウナ後なら、すっと入ってきた。小説の景色が、いつもより鮮やかに見えた。そんな声を、サウナ好きの読書家からよく聞きます。
考えてみれば、当然です。読書に必要なのは、まっさらな注意力。サウナは、その注意力を、熱と水で強制的に取り戻してくれる装置なのですから。ととのった夜、火のそばで、一冊。これが、私たちの思う、いちばん贅沢な夜の過ごし方です。(ととのいの話は、こちら。デジタルから離れる話は、アナログウェルネスの話もどうぞ。)
冬の岩手は、読書の聖地になれる
岩手の冬は、夜が長い。雪が音を吸って、家の外は静まりかえる。この長い夜は、火と本のためにあるようなものです。薪ストーブに薪を一本足して、ブランケットと熱いお茶と、積んであった本の山。外は吹雪でも、頁の中では、どこへでも行けます。宮沢賢治や石川啄木を生んだこの土地の冬の夜は、昔から、物語と相性がいいのです。
読める暮らしを、つくりませんか
本を読む時間を取り戻したい方に、私たちは、火のある暮らしをおすすめしています。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーンやバーモントキャスティングスの薪ストーブ、ハルビアのサウナの設置を通じて、「読める夜」づくりをお手伝いしてきました。ソープストーンの静かな熱は、長い読書の夜に、特に向いています。この冬こそ、積んである一冊を。ご相談、いつでもお待ちしています。



