南部杜氏の話(こちら)の続きで、もう一つの岩手の酒を。どぶろくです。米と麹をそのまま醸した、白く濁った酒。そして遠野は、国のどぶろく特区制度の先駆けとして知られる、どぶろくの里です。今日は、白い一杯と冬の里の話です。

どぶろくは、いちばん古い形の酒
どぶろくは、醸したもろみを濾さずにそのまま飲む、日本酒のいちばん原始的な姿です。米と米麹と水を発酵させ、布で漉せば清酒、漉さなければどぶろく。たったその一手間の違いで、飲みものの表情は大きく変わります。とろりと白く、米の甘みと発酵の酸味が生きていて、舌にはぷつぷつとした微発泡の気配。清酒の澄んだ端正さとは、まるで別の世界です。かつては農家が自家用に醸す、収穫感謝の酒でした。秋、新米がとれると、神棚や氏神に実りを捧げ、直会(なおらい)で村じゅうに振る舞う。どぶろくは、囲炉裏端の酒であり、田の神への祈りの酒だったのです。今も各地の神社には、神事として濁り酒を醸すことを許された「どぶろく祭り」が残っています。
遠野が、特区の先駆けになった
明治以降、酒造りには免許と酒税が厳しく課され、農家が自分で醸すどぶろくは、長く「密造酒」として陰に置かれました。里の文化が、法の下では日陰者だった時代です。流れを変えたのが、平成の規制緩和。国の構造改革特区の制度が始まると、遠野は全国に先駆けてどぶろく特区に名乗りを上げ、一定の要件を満たした農家民宿や造り手が、堂々と自分の白い酒を醸し、客に出せるようになりました。祈りの酒が、里の看板へ返り咲いたのです。造り手ごとに米も麹も水も違うので、白い一杯の味は一軒ごとに違う。飲み比べる楽しみが、そこに生まれました。
どべっこ祭りと、冬の里
冬の遠野では「どべっこ祭り」(どべっこは、どぶろくの遠野の言葉)が開かれます。雪に閉ざされた季節、暖かい座敷で語り部の昔話に耳を傾け、地元の郷土料理をつつきながら、白い一杯を酌み交わす催しです。ひっつみや山の幸、囲炉裏で炙った串が並び、器の中の白がとろりと揺れる。農閑期の里が、いちばん賑やかになる夜でもあります。観光の見世物というより、里が長い冬をやり過ごすための、昔ながらの寄り合いの延長。そこに旅人も混ぜてもらえる、あたたかい時間です。
語りと酒と、囲炉裏の夜
遠野といえば、囲炉裏端の語りの里(遠野物語の話)。どぶろくは、その夜の恋人でした。炉の火で手足をあたため、白い酒をなめながら、祖父母の語る昔話や河童の噂に耳を傾ける。曲り家の長い冬の夜の、標準装備です。現代なら、こうなります。薪ストーブの前で、ぬる燗のどぶろく、あるいは常温の一杯。米の粒の気配が残る濃厚な酒は、天板でことこと煮た大根や、ほろ苦いばっけ味噌(こちら)と、驚くほど寄り添います。塩気のある郷土の肴が、白い甘さを引き立てるのです。
飲み方の作法は、いつも通り
うれしい注意も一つ。どぶろくは口当たりが優しく、乳酸飲料のようにするする飲めるわりに、アルコール度数は清酒並みのものが多い。白い甘さに気を許すと、あとからじんわり効いてきます。ゆっくり少しずつ味わうのが、この酒への礼儀です。そして、サウナとの順番は鉄の掟。サウナが先、酒が後(こちら)。ととのった夜の、締めの一杯としてこそ、白い酒はいちばん深く沁みます。
里の酒の似合う家を
岩手・盛岡のD'STYLEは、囲炉裏端の文化の続きとしての火の家をお手伝いしています。冬の遠野へ、どべっこの旅もおすすめです。帰ってきたら、わが家の火の前で、旅の続きを。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: User:Kentin (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)
