燗酒の話(こちら)で「岩手は南部杜氏のお膝元」とさらりと書きましたが、これは一行で流していい話ではありませんでした。南部杜氏は、日本最大の杜氏集団。全国の酒蔵の冬を、岩手の男たちが支えてきた歴史があります。今日は、冬の仕事が日本一になった話です。

杜氏は、農閑期の出稼ぎから生まれた
杜氏(とうじ)とは、酒造りの最高責任者のこと。そして南部杜氏の故郷は、花巻市石鳥谷を中心とした旧南部藩の農村です。始まりは、農閑期の出稼ぎでした。米は穫れるが冬は長い。その冬、男たちは全国の酒蔵へ働きに出て、酒造りの技を磨き、集団としての流儀を確立していく。やがて「南部の蔵人は腕がいい」が全国の定評になり、南部杜氏は最大勢力に育ちました。冷害と長い冬(やませの話)というこの土地のハンデが、そのまま日本一の技能集団を生んだ。岩手の「寒さを資源に変える」物語の、最高峰の実例だと思います。
全国の蔵を、南部の腕が支えた
日本の酒造りには、大きな杜氏の流派が三つあると言われます。新潟の越後杜氏、兵庫の丹波杜氏、そして岩手の南部杜氏。なかでも南部杜氏は、所属する蔵人の数で日本最大とされ、その活躍の場は東北にとどまりませんでした。関東から中部、遠くの蔵まで、冬になれば南部の杜氏が腕を振るいに旅立った。杜氏は蔵ごとにチームを率いる技術者であり、まとめ役でもあり、麹づくりから発酵の見極めまで一切を差配します。無名の農村の男たちが、技一本で全国の酒の味を左右する存在になった。冬の出稼ぎが、これほど誇り高い職能に育った例は、そう多くありません。
酒は、寒さが磨く
そして酒造りそのものも、寒さの技術です。日本酒の仕込みが冬に行われるのは、低温だと雑菌が抑えられ、発酵がゆっくり丁寧に進むから。寒仕込み(こちら)の最たるものが、酒なのです。凍えるような蔵の中、麹の温度だけを頼りに、夜通し交代で働く蔵人たち。しばれる冬こそが、うまい酒の条件でした。岩手の地酒の澄んだ味は、南部杜氏の腕と、この寒さと、雪解けの水(こちら)の三位一体です。
石鳥谷で、杜氏の歴史に会える
花巻市石鳥谷には「南部杜氏伝承館」があり、酒造りの道具と杜氏たちの歴史に触れられます。巨大な仕込み桶、蔵人の生活道具、出稼ぎの記録。留守を守る家族の暮らしや、寒い蔵で歌い継がれた酒造り唄の記録も残されていて、冬の男たちの覚悟と日々が伝わる展示です。石鳥谷は今も酒どころで、界隈には蔵が点在します。酒好きのサ旅(こちら)の寄り道に、ぜひ。
杜氏の国の、地酒を訪ねて
南部杜氏の技は、今も岩手の蔵に生きています。盛岡のあさ開や菊の司、紫波の月の輪、二戸の南部美人、釜石の浜千鳥。県内には個性豊かな蔵が点在し、それぞれに南部杜氏の流れをくむ酒を醸しています。同じ岩手の米と水と寒さから、蔵ごとに違う味が生まれるのが、日本酒の面白いところ。すっきりした辛口も、ふくよかな旨口もある。蔵を訪ねれば、仕込みの季節には蔵人の息づかいや、麹の甘い香りまで感じられます。旅先で地酒を選ぶときは、その一本を醸した杜氏の冬を、少しだけ思い浮かべてみてください。盃の中には、この土地の水と、しばれる寒さと、人の手間ひまが、まるごと溶けています。
杜氏の国の、一杯を
サウナから上がって、水分をしっかりとって、それから岩手の地酒を一杯。その盃の向こうには、冬を技に変えた男たちの百年があります。岩手・盛岡のD'STYLEは、杜氏の国の火の店として、燗の似合う夜をお手伝いしています。順番はいつも、サウナが先、酒が後で。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Wolfgang Sauber (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)
