乳頭温泉郷(こちら)の玄関口に、日本一が横たわっています。田沢湖。水深423.4メートル、日本でいちばん深い湖です。今日は北東北・秋田編、瑠璃色の湖と、龍になった娘の話です。

深さが、色と冬をつくる
田沢湖の湖面は、晴れた日、吸い込まれるような瑠璃色をたたえます。あの色は、深さの色です。深い水は光の赤い成分を吸い込み、青だけを返す。龍泉洞のドラゴンブルー(こちら)と同じ理屈の、湖面版です。そしてもう一つ、深さの恵みが「凍らない冬」。豪雪地帯にありながら、田沢湖は基本的に結氷しません。巨大な水の塊が蓄えた熱が、冬中、湖面を守るからです。いわば、湖そのものが巨大な蓄熱体。ソープストーンの理屈(こちら)の、自然界最大級の実例です。雪の岸辺と、凍らない瑠璃の湖面。冬の田沢湖の対比は、北東北屈指の絶景です。
たつこ姫は、なぜ龍になったか
湖畔に立つ金色の辰子像には、伝説があります。永遠の若さと美しさを願った娘・辰子(たつこ)が、観音のお告げの泉の水を飲むうち、龍の姿に変わり、湖の主になった。母が投げた松明が魚になった、という続きも語られます。永遠を願って人でなくなる切なさと、湖の深い青。伝説と風景が、これほど響き合う場所は多くありません。湖の北岸には、辰子が水を飲んだと伝わる潟頭(かたがしら)の霊泉や、朱塗りの御座石(ござのいし)神社が今も残り、伝説の舞台をそのまま歩けます。湖畔にたたずむ辰子像は、岩手ゆかりの彫刻家・舟越保武(ふなこしやすたけ)の作。北東北の作家が、秋田の湖の伝説を金色の像に結んだ縁も、味わい深いところです。金色の像が瑠璃の湖面に映える景色は、平泉の金色堂(こちら)と並ぶ、北東北の金の風景です。
凍らない湖に、寄り添う龍
この地には、続きの物語もあります。八郎潟(はちろうがた)の主となった龍・八郎太郎(はちろうたろう)が、辰子に恋をして、冬になると田沢湖へ通ってくる。二匹の龍が湖底で寄り添うから、田沢湖は冬も凍らない。そう語り伝えられてきました。科学が「深さの蓄熱」と説く現象を、昔の人は「龍の逢瀬の熱」と受け止めた。理屈と物語が、同じ一つの不思議を別の言葉で語る。その重なりこそ、この湖の懐の深さです。凍らない湖面を見つめるとき、二つの答えを両手に持てるのは、豊かなことです。湖の畔で龍神を祀る神社が今も大切にされているのは、この物語が生きて受け継がれている証です。
湖底のクニマスと、奇跡の再発見
田沢湖には、この湖だけに棲む固有の魚・クニマスがいました。ところが戦時中、発電と農業のために酸性の強い玉川(たまがわ)の水を引き入れた結果、湖は酸性化し、クニマスは田沢湖から姿を消します。長く絶滅したと思われていました。ところが2010年、遠く山梨県の西湖(さいこ)で、生きたクニマスが確認されたのです。かつて田沢湖から他の湖へ送られていた卵の子孫が、よその水で静かに生き延びていた。深い青の底に沈んだ物語に、遠い湖から返事が届いた出来事でした。その後、田沢湖にクニマスを呼び戻そうとする取り組みも続いています。深い湖は、失われた物語がいつか戻る日を、静かに待っています。
湖と湯の、黄金コース
旅の設計はこうです。田沢湖を一周(車で約20分、自転車なら半日)して瑠璃色を浴び、乳頭温泉郷で湯めぐり。冬なら、凍らない湖と雪見の露天の対比を一日で味わえます。盛岡からは車や秋田新幹線で気軽に行ける距離。北東北サ旅(こちら)の秋田コースの軸として、一級品です。
深い水の国の、火の店から
深い湖、深い森、深い雪。北東北の「深さ」は、どれも暮らしの底力です。岩手・盛岡のD'STYLEは、その隣で火と蒸気を商っています。旅の話も、ご相談も、いつでもどうぞ。
写真: 掬茶 (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)




