岩手県の雫石町(しずくいしちょう)は、雄大な岩手山の南のふもとに広がる高原の町です。スキー場と温泉、広い牧野と田園が調和し、四季それぞれに美しい表情を見せます。今日は北東北・岩手編、この高原の町と、寒さを楽しみに変える火の話をします。
岩手山を、間近に仰ぐ
雫石の空には、いつも岩手山がそびえています。標高二千メートルを超えるこの山は「南部富士」とも呼ばれ、なだらかな裾野を雫石の側へ長く引いています。町のどこからでも山が見え、季節ごとに雪をかぶり、緑をまとい、紅葉に染まる。山の湧き水は田畑をうるおし、豊かな米や野菜を育てます。大きな山を毎日仰いで暮らすことは、この町の人々の心に、静かな誇りとゆとりを与えているように見えます。
世界が集まった、雪の町
雫石は、雪と深い縁のある町です。1993年には、アルペンスキーの世界選手権が雫石で開かれ、世界中の選手と観客が、この高原に集まりました。北国の本格的な雪質と、岩手山を望むゲレンデは、競技の舞台にふさわしい環境でした。今もいくつものスキー場がにぎわい、冬の雫石はウインタースポーツの人々でいろどられます。厳しい雪を、暮らしの苦労としてだけでなく、楽しみの資源として生かしてきた町です。
鶯宿温泉の、古い湯
雫石には、鶯宿(おうしゅく)温泉という古い湯があります。開湯はおよそ四百五十年前にさかのぼると伝えられ、傷ついた鶯が湯で傷を癒やしていたことから、その名がついたと言われます。渓流沿いに宿が連なり、湯けむりの立つ町並みは、いかにも湯の里らしい風情です。スキーで冷えた体を温泉で温める。雪と湯がすぐそばにある雫石は、寒さと温もりを一日で味わえる、ぜいたくな土地です。
寒さがあるから、火が生きる
高原の町の冬は、厳しく冷えこみます。けれど、寒さがあるからこそ、火の温もりは深く感じられます。雪をかき、薪を割り、火を焚いて、長い冬を越す。そうした暮らしの中で、あたたかい湯や蒸気のありがたさは、いっそう身にしみます。雫石の人々が雪を楽しみに変えてきたように、寒さは、火と工夫しだいで、豊かな季節に変わります。厳しい冬こそ、火のある暮らしのいちばんの舞台です。
火山灰の原野を、拓いた人々
雫石と滝沢にまたがる岩手山の裾野には、日本を代表する民間農場、小岩井農場が広がっています。開かれたのは1891年、明治のなかばのこと。岩手山から吹きおろす風が砂を巻き上げる、作物の育ちにくい火山灰の原野でした。小野義真、岩崎彌之助、井上勝という三人がこの地の開拓に力を注ぎ、その姓の頭文字をつないで「小岩井」と名づけられました。人々は防風林を植え、土を改良し、幾十年もかけて荒れ地を緑の牧野へと変えていきました。岩手山の雪解け水と火山灰の土がはぐくむ広い牧草地は、健やかな牛を育て、上質な乳やチーズを生み出してきました。厳しい火の山のふもとの寒冷な風土を、あきらめずに恵みの土地へと育てあげた営みは、寒さと折り合いながら暮らしを築いてきた北国の人々の、粘り強さそのものです。牧場に朝夕の煙が立ちのぼり、厩(うまや)を暖める火が家畜と人を守る。長い冬を越すその暮らしを、火の温もりが静かに支えてきました。
冬を楽しむ火を、盛岡から
岩手山を仰ぎ、雪を滑り、湯で温まる。雫石の冬の楽しみ方は、火と蒸気のある暮らしと、地続きです。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビアのサウナヒーターや薪ストーブで、寒い季節を楽しみに変える暮らしをお手伝いしています。雫石の高原を旅したあと、火の話を店でどうぞ。



