盛岡から車で30分、雫石町へ抜ける道の途中に、風景が変わる瞬間があります。岩手山の裾野いっぱいに、牧草地と森が広がる。小岩井農場です。今日は北東北・岩手編、この見慣れた風景の、あまり知られていない裏側の話をします。

はじまりは、火山灰の荒れ地だった
小岩井農場が開かれたのは明治24年(1891年)。「小岩井」の名は、創業に関わった三人、小野義眞・岩崎彌之助・井上勝の頭文字を並べたものです。小野は日本鉄道の要職にあった人、岩崎は三菱財閥の二代目、井上勝は「鉄道の父」と呼ばれた官僚。鉄道敷設の縁でこの荒れ地を知った三人が、私財を投じて緑化に挑んだのが始まりでした。というのも、いま緑にあふれるあの土地は、開設当時、岩手山の火山灰に覆われた不毛の原野だったのです。西からの吹きおろしが吹き荒れ、作物どころか木も満足に育たない。そこで先人たちが選んだ手が、植林です。防風と土づくりのために木を植え、育て、百年以上かけて森に変えた。今の農場の広大な敷地の多くは、こうして人の手でつくられた森。あの気持ちのいい風景は、三世代がかりの仕事の成果なのです。
一本桜と、明治の牛舎
農場の名場面といえば、残雪の岩手山を背にして立つ、一本桜。牛の日よけのために残されたエドヒガンが、いまや岩手の春を代表する風景になりました。樹齢は百年を超えてなお、毎春みごとに花をひらきます。日陰のための実用の木が、いつしか絶景になる。用と美が同居する、農場らしい話です。場内には明治から大正にかけての牛舎やサイロが今も現役で残り、21棟が国の重要文化財に指定されています。木造の牛舎に牛の匂いと干し草の温もりが満ちる冬の朝は、時間が百年前と地続きです。
四季で、顔を変える
小岩井は、季節ごとにまるで別の場所になります。春は一本桜と菜の花、初夏はまきば園で子牛や羊と過ごし、夏は青い牧草地と満天の星、秋は落葉松(からまつ)が黄金色に染まる。そして冬は雪原の「雪まつり」で、かまくらと雪像とアイスキャンドルが灯ります。しぼりたての牛乳、ソフトクリーム、ヨーグルト、羊肉。食いしん坊にも、建築好きにも、雪遊びの家族にも応える懐の深さは、盛岡近郊の休日の定番です。
森が、水と暮らしをつくる
人の植えた森は、風を防ぐだけではありません。落ち葉が土を肥やし、根が水をたくわえ、澄んだ流れを育てます。牛が草を食み、乳を出し、その糞がまた土に還る。小岩井の百三十年余りは、荒れ地に森と水と乳の循環を根づかせた歴史でもあります。私たちが日々の暮らしで岩手山系の澄んだ水を使えるのも、もとをたどれば、こうして根気よく土地を手入れしてきた先人たちのおかげなのです。恵みは、待つのではなく、育てるもの。
長い時間を、味方にする
荒れ地に木を植えた人たちは、完成した森を自分の目で見ていません。それでも植えた。この「長い時間を味方にする」考え方は、火のある暮らしとよく似ています。薪は一年半ほど乾かして、ようやく気持ちよく燃える。鋳物の薪ストーブは一冬ごとに手になじみ、二十年三十年と使い込むほどに味が出る。サウナ小屋の木は、年を重ねるほど飴色に育つ。すぐに答えの出ないものほど、育ったときの喜びは深い。今日仕込んだものが、何年か先に、思いがけない豊かさになって返ってくる。目先の便利さとは違う、この時間の使い方を、小岩井の森は静かに教えてくれます。
森の隣町の、火の店から
岩手・盛岡のD'STYLEは、小岩井農場と同じ岩手山の見える町で、薪ストーブとサウナを商っています。雫石や滝沢の設置のご相談も、日常の商圏です。一本桜を見た帰り、火のある暮らしの話をしに、店へどうぞ。



