岩手山の南麓、雫石町にまたがる小岩井農場。牛乳とバターの名前として全国区ですが、地元の私たちにとっては、岩手山と一本桜の風景、そして開墾の物語の土地です。今日は、この農場の話。読み終わるころ、あの牛乳が少し違う味に感じられるはずです。
そこは、不毛の原野だった
明治24年、小岩井農場が拓かれた土地は、岩手山の火山灰に覆われた、酸性土壌の不毛の原野でした。西からの吹きおろしが吹き荒れ、木も作物も育たない。創業者たち(小野・岩崎・井上の頭文字で「小岩井」)は、そこにまず防風林を植え、土を改良し、何十年がかりで緑の農場に変えていきました。いま観光客が愛でる美しい牧草地と森は、ぜんぶ人が育てたもの。あの風景は、自然の恵みではなく、粘り強さの記念碑なのです。やませと冷害の土地の話(こちら)と同じ、岩手の静かな根性の物語です。
一本桜は、防風林の子
農場の名物、雪解けの牧草地に立つ一本桜。岩手山を背に咲くエドヒガンは、全国から写真家が集まる絶景ですが、あの桜、もとは牛の日陰のために残された「日陰樹」だと言われます。実用のために植えられ、残された一本が、百年後に土地の象徴になった。役に立つものを丁寧に育てると、いつか美しさになる。薪棚や道具の経年美(こちら)に通じる、いい話だと思います。冬の農場では雪まつりが開かれ、雪原の澄んだ空気は、岩手の冬の底力を見せてくれます。
岩手山の見える暮らしの、先輩として
小岩井エリアから雫石にかけては、岩手山ビューの暮らし(こちら)の一等地です。農場の開墾者たちが防風林で風を制したように、現代の家は断熱と火で冬を制する。土地の先輩たちの粘りに敬意を払いつつ、私たちはずっと楽な道具で、同じ冬と付き合えます。ありがたい時代です。
開墾の心で、一軒ずつ
岩手・盛岡のD'STYLEも、岩手を火と蒸気の聖地にする(200本目の宣言)という、小さな開墾を続けています。三代かけた農場に比べれば、まだ苗木の段階ですが。雫石・小岩井方面への設置も、喜んで伺います。ご相談、いつでもどうぞ。



