岩手の家に、たいてい常備されているおやつがあります。南部せんべい。ごまの香ばしいあれです。あまりに身近すぎて考えたこともないと思いますが、あのせんべいは、鉄の型と火が生んだ、正真正銘の「火の菓子」なのです。今日は、郷土のおやつの物語と、薪ストーブの家ならではの禁断の食べ方の話です。
鉄の型で焼く、質実剛健
南部せんべいの作り方は、じつに潔いものです。小麦粉を水で練り、丸い鉄の型に挟んで、火で両面をこんがり焼く。米ではなく小麦、甘くもなく、飾りもなし。あの縁のミミ(バリ)は、型からはみ出した生地が焼けた名残で、あそこがいちばん好きだという人が絶えないのも、面白いところです。鋳物の型で焼く菓子が郷土の顔になっている土地は、そのまま、南部鉄器を生んだ鉄の土地でもある。良質な砂鉄と木炭に恵まれた北の地が、鍋も、鉄瓶も、そしてせんべいの型も鋳てきました。鉄と火の文化圏の、見事なまでの一貫性だと思います。(南部鉄器の話は、こちら。)
飢饉と旅を支えた、携帯食
南部せんべいの原型は、菓子である前に、保存食であり、携帯食でした。やませという冷たい東風が吹く北の土地は、米が思うように穫れない年がある。そこで、比較的よく育つ麦やそばを粉にして焼いたせんべいは、日持ちがして、軽く、腹の足しになる、ありがたい食べ物でした。戦国の陣中食から、旅人の携行食、そして凶作に備える蓄えまで、この丸い一枚は、長いあいだ、北の暮らしの命綱の一つだったのです。今のように、ごまや落花生で香ばしく楽しむようになったのは、暮らしが豊かになってからのこと。冷害の年に、家族の腹を満たしてくれた一枚が、時を経て、笑顔で味わうおやつに変わった。おやつの顔の下に、北の地の質実な歴史が、しっかり焼き込まれています。
禁断の、炙り直し
さて、ここからは薪ストーブの家だけの、特権の話です。南部せんべいを、ストーブの天板でさっと炙り直してみてください。湿気の抜けた焼きたての香ばしさが蘇り、ごまの香りが、ふわりと立ちのぼります。時間は数十秒で十分、焦がさないように気をつけて。仕上げにバターをひとかけのせて、じゅわっと溶かす食べ方は、行儀は少し悪いけれど、うまさは間違いなく保証します。子どものおやつに、晩酌のつまみに。火の前で炙るせんべいは、岩手の冬の、ささやかで確かな娯楽です。トースターでも焼けますが、ゆっくりと遠火で温める天板の炙りは、香りの立ちかたが、やはりひと味ちがいます。(焼き芋に続く、火のおやつ第二弾です。焼き芋の話。)
汁に変身する、懐の深さ
そして、忘れてはいけないのが、せんべい汁です。専用の「かやきせんべい」を、鶏や野菜のうまみが溶けた汁に、パリッと割り入れる。しばらく煮ると、すいとんとも、麺とも違う、もちっとつるっとした独特の食感に化けます。八戸を代表するこの郷土料理は、全国のご当地グルメの大会でも堂々の実力を見せ、いちやく広く知られるようになりました。薪ストーブの天板でことこと煮た汁に、せんべいを割り入れる、あのパリッという音。サウナ上がりの締めの一椀としても、これは相当の実力者です。(サ飯の話は、こちら。)
郷土の火を、受け継ぐ店として
岩手・盛岡のD'STYLEは、鉄と火の土地の店として、薪ストーブとサウナの設置をお手伝いしています。店にいらしたら、お茶といっしょに、せんべいが出てくる日もあります。火の話を、火の菓子をかじりながら。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Túrelio (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0 de)



