岩手の郷土食といえば、わんこそばや南部せんべいが有名です。けれど、家庭の食卓でいちばん親しまれてきたのは、ひっつみです。小麦粉を練った生地を手で引きちぎり、鍋で煮こむ、素朴で温かい汁物。寒い岩手の冬を、長くあたためてきた一品です。今日は北東北・岩手編、この郷土食と、火の話をします。
手で引きちぎる、汁物
ひっつみは、小麦粉を水で練った生地を寝かせ、手で薄く引きのばして、指でつまみちぎって鍋に入れる料理です。名前は、この「ひっつまむ」動作から来ています。鶏肉やごぼう、にんじん、きのこ、ねぎなどと一緒に、しょうゆやみそで仕立てた汁でくつくつ煮こむと、もちもちとした生地に、だしと具のうまみがしみわたる。すいとんの仲間ですが、平たく薄いのが岩手のひっつみの持ち味です。安く、温かく、腹持ちがよい、冬の定番です。
ヤマセが生んだ、暮らしの知恵
ひっつみが根づいた背景には、岩手の厳しい気候があります。太平洋側の岩手は、夏に「ヤマセ」という冷たい東風が吹き、たびたび冷害に見舞われてきました。米が十分にとれない年も多く、人々は米を節約するため、小麦粉を練ったひっつみで腹を満たしました。少ない材料でたくさんの人を温める、冷えた土地の暮らしの知恵です。乏しさの中から生まれた料理が、いまでは郷土の味として愛されている。食の歴史の、味わい深いところです。
囲炉裏の、大鍋で
ひっつみは、囲炉裏の火にかけた大鍋で作るのが、昔ながらの姿です。家族が囲炉裏を囲み、母や祖母が生地をちぎって鍋に落とす。立ちのぼる湯気と、しょうゆの香り。ぐつぐつと煮える鍋を囲む時間そのものが、寒い夜のごちそうでした。火が家族を一つに集め、温かい汁が体を芯から温める。ひっつみは、料理であると同時に、火を囲む暮らしの記憶でもあります。今もこの料理には、あの囲炉裏の温もりが宿っています。
土地ごとに、呼び名が変わる
ひっつみは、地域によって呼び名が変わります。同じような料理を、ある土地では「とってなげ」と呼び、別の土地では「はっと」「つめり」とも言います。呼び名の多さは、この料理が広い範囲で、それぞれの家庭に深く根づいてきた証しです。具や味つけも家ごとに違い、まさにおふくろの味。旅先で土地の名を尋ねながら一杯いただくのも、郷土食めぐりの楽しみです。
南部の鉄鍋が、火を抱く
ひっつみを煮るのに、昔から重宝されてきたのが、南部鉄器の鍋です。盛岡や奥州市水沢に受け継がれてきた南部鉄器は、藩政の時代、南部藩が茶の湯の釜づくりの職人を招いたことにはじまり、四百年近い歴史を持つ岩手の誇る手仕事です。ぶ厚い鉄の鍋は、いったん熱を蓄えると冷めにくく、囲炉裏や薪の火にかければ、鍋のすみずみまでやわらかな熱がゆきわたります。だから、もちもちとした生地に、だしのうまみがじっくりとしみこむのです。火の力を鉄が受けとめ、逃がさずに料理へと伝える。ひっつみのあの深い温かさは、南部の火と鉄が力を合わせて生み出してきたものです。冷えた冬の夜、鉄鍋から立ちのぼる湯気は、家族をそっと火のまわりへと呼び寄せます。
火が生む、郷土の温かさ
ひっつみの温かさは、突き詰めれば、火の温かさです。火にかけた鍋が湯気を立て、体を芯から温める。この火と湯気の心地よさは、薪ストーブやサウナの温もりと、同じ根っこでつながっています。岩手・盛岡のD'STYLEは、薪ストーブやハルビアのサウナヒーターで、火と蒸気のある暮らしをお手伝いしています。ひっつみの湯気の話も、火のそばで、店でどうぞ。
写真: Steven Depolo from Grand Rapids, MI, USA (Wikimedia Commons, CC BY 2.0)



