こたつから出られない。日本の冬の、あの幸福な監禁状態を、私たちはみんな知っています。湯たんぽの、布団の中の健気なぬくもりも。日本人は昔から、「あったかい」の道具を、実に豊かに育ててきました。今日は、その系譜をたどりながら、いちばん新しくて、いちばん古い暖房、薪ストーブの立ち位置を考えてみます。

日本の暖は、「部分」の名人だった
こたつ、火鉢、湯たんぽ、あんか。日本の伝統的な暖の道具には、共通点があります。家全体ではなく、体の一部分を温める道具だ、ということです。理由は、家のつくりにありました。「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と徒然草が説いたとおり、日本家屋は夏の湿気を逃がすために風通しよく造られ、そのぶん、冬は寒い。家ごと暖めるのは、土台むりなので、人のいる場所だけ、体の触れる場所だけを、ピンポイントで温める。こたつに足を入れ、火鉢に手をかざし、湯たんぽを抱いて眠る。日本の暖は、「部分暖房」の名人芸だったのです。
こたつと湯たんぽの、長い歴史
道具それぞれに、驚くほど長い歴史があります。こたつの原型は室町時代、囲炉裏の上に櫓を組んで布団をかけたのが始まりと言われます。江戸時代には、床を掘り下げた「掘りごたつ」も生まれました。湯たんぽは、もとは中国から伝わった道具で、日本でも室町のころには使われていたとされます。火鉢にいたっては、平安の昔から、貴族の手あぶりでした。何百年も改良され、生き残ってきた道具たち。それだけ長く愛されたのは、性能の高さではなく、体に寄り添う心地よさゆえです。(囲炉裏の話は、こちら。)
それぞれの、愛すべき性格
この道具たちには、今も代えがたい魅力があります。こたつは、家族を一つの布団に集める、求心力の親玉。みかんとテレビと、うたた寝の、あの幸福。湯たんぽは、電気を使わず朝までぬくもる、いちばん小さな蓄熱暖房です。お湯を入れるひと手間ごと、愛おしい。火鉢は、炭火の遠赤外線と、鉄瓶と、餅網の風情。実は、小さな囲炉裏です。どれも「不便だけど、あったかい」ではなく、「手がかかるからこそ、あったかい」道具たち。この感覚、薪ストーブ乗りには、深くうなずけるはずです。
薪ストーブは、「家ごと」の火
その系譜の先に、薪ストーブを置いてみます。薪ストーブが先人たちと違うのは、家ごと温められることです。輻射熱が壁と床と家具に蓄えられ、家全体が、大きな湯たんぽのようになる。廊下も、脱衣所も、朝の台所も寒くない。部分暖房の名人だった日本の暮らしに、「家のどこにいても寒くない」という選択肢が、加わったのです。しかも、火鉢の風情も、こたつの求心力も、薪ストーブは、ちゃんと受け継いでいます。炎のまわりに人が集まり、天板で餅が焼け、やかんが歌う。部分暖房の楽しさと、全体暖房の実力の、いいとこ取りです。(輻射熱の話は、こちら。)
共存こそ、岩手の冬の完成形
そして、これは対決の話ではありません。薪ストーブの家に、こたつがあってもいいのです。むしろ、最高です。家全体は薪ストーブがゆるく暖め、こたつは「特等席の中の特等席」として残る。湯たんぽには、ストーブの天板で沸かした湯を入れる。日本の暖の名人芸と、火の実力者の、しあわせな共演。岩手の冬の、これが完成形だと思います。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーンやバーモントキャスティングスの薪ストーブの設置で、「家のどこにいても寒くない冬」をお手伝いしています。こたつ好きの方、湯たんぽ愛用の方、あなたはもう、素質があります。あったかいの系譜の本命に、会いに来ませんか。
写真: ...some guy (Wikimedia Commons, CC BY 2.0)



