モノを減らして暮らす、ミニマリズム。一過性の流行かと思いきや、すっかり定着した価値観になりました。ところで、ミニマリストの部屋の写真を見ていて、いつも思うことがあります。がらんとした美しい部屋の真ん中に、何を置けば、暮らしが完成するのだろう、と。私たちの答えは、決まっています。火です。今日は、持たない暮らしと薪ストーブの、意外な相性の話です。

引き算の美は、もともと日本のお家芸
そもそも、モノをそぎ落とす美意識は、日本が長く磨いてきたものです。千利休の茶室は、二畳という極限まで小さくした空間に、必要なものだけを置いて、かえって豊かな時間を生み出しました。禅の思想も、余計を捨てて、本質へ向かう。近年のミニマリズムが世界へ広がった背景にも、この日本的な簡素の美への憧れがあった、と言われます。減らすことは、貧しくなることではなく、大切なものを、際立たせること。この感覚を、私たちはもともと、持っているのです。スティーブ・ジョブズが、若いころから禅の簡素さに深く傾倒していたのは、よく知られた話。世界のデザインが憧れた「シンプル」の源流のひとつは、日本の床の間の潔さや、白い障子の余白にあったのです。
薪ストーブは、役割の束
ミニマリズムの本質は、モノの数を減らすことそのものより、一つのモノに、多くの役割を持たせることだと言われます。その物差しで見ると、薪ストーブは、驚異的です。暖房であり、調理器具であり、湯沸かしであり、照明であり、加湿の熱源であり、テレビの代わりに「眺めるもの」であり、家族の集まる装置であり、停電時の防災設備でもある。一台で、八役です。エアコン、電気ケトル、加湿器、こたつ、そして夜のテレビの時間。薪ストーブを入れた家から減っていくものを数えると、これは足し算ではなく、引き算の道具だと分かります。(防災の話はこちら、朝食はこちら。)
サウナは、娯楽の置き換え
サウナも、同じ理屈です。夜のだらだらしたスマホ、動画のはしご、なんとなくのストレス買い物。サウナの習慣がつくと、これらの「埋め草の娯楽」が、自然と減っていきます。理由は簡単で、サウナのほうが、気持ちいいからです。動画のサブスクを三つ解約して、サウナ一本に絞った、というお客様の言葉は、名言だと思っています。持たない暮らしの弱点は、余白の時間の持て余しですが、火と蒸気は、その余白の、最高の住人になります。何かを足して隙間を埋めるのではなく、良いものを一つ、深く、くり返し味わう。それが、余白の、豊かな使い方です。(続けた人の変化は、こちら。)
少数精鋭の道具は、育つものを
ミニマリストの道具選びの鉄則は、長く使えて、直せて、愛せるもの。この条件を、薪ストーブとサウナは、みごとに満たします。鋳物のストーブは、部品交換をしながら、何十年。サウナ小屋は、手入れしだいで、一生もの。使い捨ての、まさに対極にある道具です。数を減らした暮らしでは、一つひとつの道具との関係が、濃くなります。育てがいのある道具ほど、その暮らしに向いている。年月が味方になる道具を、少しだけ持つ。それが、豊かな引き算です。(直す文化はこちら、経年の美はこちら。)
豊かさの正体を、問い直す
モノを減らす人が本当に探しているのは、空間ではなく、豊かさの正体だと思います。減らして、減らして、最後に残したいものは何か。あたたかさ、うまい飯、深い眠り、家族の時間。それを全部くれる道具が、火です。岩手・盛岡のD'STYLEは、少数精鋭の暮らしの真ん中に置く一台を、おすすめしています。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Sadenäyttely (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



