「秘湯」という言葉から、多くの人が思い浮かべる風景。雪をかぶった茅葺き屋根、乳白色の露天、ブナの森。あれはおそらく、秋田の乳頭温泉郷の風景です。田沢湖の奥、乳頭山(にゅうとうさん)の山懐に、七つの湯の宿が点在する温泉郷。今日は北東北・秋田編、秘湯という文化の話です。

七つの宿、七つの源泉
乳頭温泉郷のすごみは、密度と多様性です。鶴の湯、妙乃湯(たえのゆ)、蟹場(がにば)、大釜、孫六、黒湯、休暇村。歩いて回れる範囲に七つの宿があり、それぞれが自前の源泉を持ち、泉質も色も違います。白濁の湯、茶褐色の湯、透明な湯。同じ山懐から、これほど性格の異なる湯が湧くのは、地下の火山の営みが複雑に水を温めている証です。一湯ごとに肌ざわりが変わり、体が湯の違いを覚えていく。同じ「温泉」の一語では、とても括りきれません。乳頭温泉郷は十和田八幡平国立公園の懐に抱かれ、周囲は開発を抑えて守られてきました。湯も景色も、昔のままです。
鶴の湯本陣と、殿様の湯治
七湯の中で最も古いのが、鶴の湯です。傷ついた鶴が湯で癒えるのを、猟師が見つけたのが名の由来と伝わります。江戸のころには秋田藩主も湯治に訪れ、その折の宿を今に残す茅葺きの長屋は「本陣」と呼ばれています。青みを帯びた乳白色の湯に、雪がしんしんと降り積もる露天。その景色は、日本の温泉の象徴として海外にまで知られ、冬は世界中から人が集まります。宿への道は細く、冬は雪に閉ざされる日もあります。それでも湯守(ゆもり)たちは源泉を絶やさず、灯をともし続けてきました。数百年、湯の温度も、茅葺きの手入れも、人の手で守り継がれてきた。秘湯は、人が守り継いでこそ残るものです。
「湯めぐり帖」で、七湯を渡る
七湯をどう巡るか。頼りになるのが「湯めぐり帖」です。一冊持てば宿の日帰り湯を渡り歩けて、湯と湯を結ぶ送迎の「湯めぐり号」にも乗れる。車がなくても、雪の季節でも、湯から湯へと移っていけます。おすすめは、色の違う湯をあえて続けて入ること。白濁の硫黄泉で芯まで温まり、次の宿の澄んだ湯で肌を落ち着かせる。泉質の違いが、そのまま体で読める贅沢な午後になります。半日で三湯、丸一日あれば、いくつもの湯にゆっくり出会えます。
秘湯とは、不便を守る決意である
考えてみれば、「秘湯」は不思議な商売です。便利にすればもっと客が来るのに、あえて山奥の一軒宿のまま、ランプや囲炉裏や茅葺きを守る。つまり秘湯とは、不便さを価値として守り抜く決意のことです。囲炉裏端の夕食、電波の弱さ、雪の参道。それらを「足りない」ではなく「これがいい」と言える客が、全国から通ってきます。時間の濃さは便利さと引き換えである、というこの思想は、サウナの「何もしない贅沢」(こちら)と同じ根を持っています。
ブナの森は、湯の母である
乳頭の湯を抱いているのは、ブナの原生林です。ブナの森は保水力の塊で、雪と雨を蓄え、地下で温められた水が、湯として湧き出す。森が豊かだから、湯が豊か。白神山地から八幡平まで、北東北の名湯の背後には、必ず深い森があります(森と水の話はこちら)。湯めぐりの合間にブナの森を歩けば、森林浴と温泉浴の二本立て。新緑なら若葉の匂い、秋なら黄金の落ち葉。ブナの一本一本が、地面に降った雪をゆっくり地中へ送り、幾年もかけて湯へと育てる。目の前の一杯の湯は、森が長い時間をかけて仕込んだ産物なのです。北東北の湯は、森ごと味わうものです。
秘湯の教えを、家に一滴
岩手・盛岡のD'STYLEは、秘湯の教え(不便の中の濃い時間)を、家の火と蒸気に翻訳する仕事をしています。乳頭への旅と、わが家のサウナ。両方あるのが、北東北の民の特権です。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Tail furry (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



