冬のニュースで「積雪量全国一位」の常連として名前の挙がる場所があります。青森県・八甲田山中の酸ヶ湯(すかゆ)。観測地点として、積雪が5メートル前後に達する年もある、人の住む豪雪の頂点です。そしてその雪の底に、三百年続く名湯がある。今日は、北東北・青森編、雪と湯の話です。

雪の底の、千人風呂
酸ヶ湯の象徴は、体育館のような総ヒバ造りの大浴場、千人風呂です。柱の少ない巨大な湯屋に、白濁した強酸性の湯が満ちる。湯治の伝統を今に残す混浴文化(女性専用の時間帯あり)と、湯治棟での長期滞在。外は数メートルの雪、中は湯気の大伽藍。この対比の凄みは、行った者にしか分かりません。建材がヒバ(青森ヒバの話)なのも、湿気と蒸気に強い木の面目躍如です。強い酸性の湯にも負けずに湯屋を支えてきたのは、この土地の木の底力です。
三百年続く、湯治場の歴史
酸ヶ湯の開湯は、江戸時代にさかのぼると伝わります。傷ついた鹿がこの湯で傷を癒やしていた、という発見の言い伝えが残り、古くは「鹿湯(しかゆ)」と呼ばれ、それが今の名になったとも言われます。昭和29年(1954年)には、国が療養に適した温泉地として選ぶ「国民保養温泉地」の、全国で最初の指定地の一つになりました。効能を求めて長逗留し、自炊しながら体を養う湯治のかたちが、今も湯治棟に生きている。ただ気持ちいいだけでなく、体を養う場として何百年も信頼されてきた、その積み重ねが酸ヶ湯の風格です(湯治文化はこちら)。
豪雪地の湯は、なぜ極楽か
雪見の湯の気持ちよさは、寒暖差の演出です。吹雪の中を歩いて湯屋に駆け込み、白濁の湯に沈む瞬間の、あの全身のため息。外気が過酷なほど、湯の価値は跳ね上がる。「寒さは資源」の温泉版です。フィンランドの氷の湖とサウナ、岩手の雪の外気浴、青森の豪雪と千人風呂。北国の民は、みんな同じ振り幅で遊んでいます。豪雪と名湯の同居は偶然ではなく、雪を降らせる山の力と、湯を湧かせる火山の力が、同じ八甲田の恵みだという点も、味わい深いところです。
豪雪の湯を、暮らしの参考書に
酸ヶ湯から持ち帰れる知恵もあります。豪雪の建物の雪への構え、湯上がり処の休ませ方、湯治のリズム。私たちがサウナ小屋の雪対策や休憩の過ごし方を考えるとき、頭のどこかに、ああいう北の湯屋の知恵があります。八甲田の雪に三百年耐えてきた建物は、寒冷地の暮らしの大先輩です(関東との違いの話)。
湯治には、養生の時間割がある
湯治は、ただ長く湯に浸かることではありません。昔からの作法では、一日に二、三回、体をいたわりながら湯に入り、あいだにしっかり休み、湯あたりを避けながら日をかけて体を養います。一週間を一区切りとして、二区切り、三区切りと逗留する。急がず、体の声を聞きながら、少しずつ整えていく。この「ゆっくり養う」という考え方は、何でも早さを求める今の暮らしへの、静かな問いかけでもあります。サウナの温冷交代も、無理をすればかえって疲れ、ほどよく繰り返してこそ心地よい。酸ヶ湯の湯治棟に流れるゆったりとした時間は、体の休め方の大先輩から学べる、生きた教科書です。速く整えるより、じっくり養う。北の湯屋は、そう教えてくれます。急がば養生、が雪深い土地に受け継がれてきた湯の合言葉です。
雪の湯の旅と、家の蒸気と
冬の北東北の旅(サ旅の話)に、酸ヶ湯級の雪見の湯を一泊はさむ。帰ってきたら、わが家の蒸気で旅の続き。旅の湯と家の蒸気の二段構えが、北国の冬のいちばん贅沢な過ごし方です。岩手・盛岡のD'STYLEは、その家側の担当として、今日も営業しています。
写真: Holly Cheng (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



