真冬の八甲田山の上には、彫刻の森が現れます。樹氷。雪と氷をまとって直立する木々は、スノーモンスターの名で呼ばれ、高さ数メートルの白い巨人が尾根いっぱいに並ぶ景色は、この惑星でもごく限られた場所でしか見られません。今日は北東北・青森編、八甲田の樹氷の話です。
樹氷は、凍った霧の彫刻です
樹氷の材料は、雪ではなく霧です。冬の八甲田には、氷点下でも凍らずに漂う過冷却の霧(こまかな水の粒)が流れ続けます。この粒が、アオモリトドマツの枝に触れた瞬間、パチンと凍りつく。風上に向かって少しずつ育つ海老の尻尾のような氷に、雪が挟まって太っていき、ひと冬かけて木一本まるごとの白い像ができあがります。氷と雪が交互に層をなすため、樹氷は白く不透明に見えるのです。凍っては積もり、また凍る。無数の小さな出来事の積み重ねが、あの巨大な姿を彫り上げます。
三つの条件が、白い怪物を育てる
樹氷ができるには、三つの条件がそろう必要があります。強い季節風、たっぷりの湿った霧、そして凍っても折れずに立ち続ける針葉樹。世界を見渡してもこの三拍子がそろう山は珍しく、蔵王と八甲田を擁する東北は、その代表格です。八甲田の樹氷の主(ぬし)は、この地の名を負うアオモリトドマツ。見頃は一月下旬から二月です。青森市街から近く、八甲田ロープウェーに乗れば、防寒着のまま田茂萢(たもやち)の樹氷原の真ん中へ、一気に上がれます。歩かずに絶景の中に立てるのが、この山の懐の深さです。
凍える山の麓に、熱い湯がある
八甲田の麓には、あの酸ヶ湯温泉(こちら)が待っています。日本屈指の豪雪地に三百年続く湯治場。樹氷の白い世界で芯まで冷えた体を、硫黄の湯にほどいていく。この落差こそ、北東北の冬の醍醐味です。サウナ好きなら話は早い。樹氷原は天然の巨大クールダウン、酸ヶ湯は巨大な熱側。八甲田の冬は、山ひとつを使った壮大な温冷交代浴なのです(北東北サ旅はこちら)。
冬の青森へは、備えて楽しく
八甲田の冬は本物の厳しさなので、備えだけは書き添えます。ロープウェー利用の観光なら、スキーウェア級の防寒とゴーグル、靴の滑り止めで十分楽しめます。山域に踏み込むなら、ガイド付きが鉄則。天候は一時間で変わります。盛岡からは新幹線と車のどちらでも日帰り圏。ただ、酸ヶ湯に一泊してこその八甲田だと、私たちは思います。夕暮れに赤く染まる樹氷や、月夜に青白く光る樹氷原は、泊まった者だけのごほうびです。
白い衣の下の、アオモリトドマツ
樹氷の下には、必ず一本の木がいます。アオモリトドマツ、正式にはオオシラビソという亜高山帯の針葉樹です。標高千数百メートルの、夏も涼しく冬は氷に閉ざされる厳しい環境で、この木はまっすぐ静かに育ちます。枝は上を向き、葉は細かく、雪と氷の重みを受け流す姿。何百キロもの氷をまとっても折れずに立ち続けるのは、この木がその重さに耐える形をしているからです。春になれば氷は解け、木はまた緑の姿に戻る。毎年、氷の衣を着ては脱ぎ、静かに立ち続ける寡黙な主役。樹氷のあの神々しい美しさは、この木の辛抱強さの上に成り立っています。白い巨人の正体は、じつは我慢強い一本の針葉樹なのです。この木が尾根を埋めているからこそ、八甲田は世界に名だたる樹氷の名山でいられます。
白い巨人の帰りに、火の店へ
樹氷を見て、酸ヶ湯で温まって帰ると、不思議と自宅にも熱い部屋が欲しくなります。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビアのサウナヒーターと薪ストーブで、あの温冷の落差を自宅に作るお手伝いをしています。八甲田帰りのご相談、大歓迎です。
写真: Raita Futo from Tokyo, Japan (Wikimedia Commons, CC BY 2.0)



