北東北の火と蒸気の旅、青森編の第一回は、木の話です。青森ヒバ。秋田杉、木曽ヒノキと並ぶ日本三大美林に数えられる、北の名木です。そしてこの木、サウナと風呂の世界では、知る人ぞ知る実力者なのです。

アスナロ、明日は檜になろう
青森ヒバは、植物としてはヒノキアスナロ、アスナロの仲間です。このアスナロという名、由来がなんとも味わい深いのです。「あすはヒノキになろう」と願う木、という言い伝えから来たとされます。ヒノキになりきれない木、という少し切ない意味ですが、作家の井上靖はこれを小説『あすなろ物語』で、明日を目指して生きる人の姿に重ねました。実際のアスナロは、ヒノキに引けを取らない立派な木です。北国の寒さの中でゆっくり時間をかけて育つため、年輪が緻密で、材はねばり強い。急がずに育った木の、静かな底力です。
ヒノキチオールという、天然の武器
青森ヒバの最大の特徴は、ヒノキチオールという成分を豊富に含むことです。この成分、名前に反してヒノキにはごく僅かしか含まれず、ヒバにこそ多く含まれます。発見したのは日本の化学者、野副鉄男。一九三六年、台湾産のタイワンヒノキから初めて取り出しました。強い抗菌・防虫作用で知られ、ヒバの木が腐りにくく、シロアリに強く、カビにも強い理由が、この成分です。だから青森ヒバは、土台や風呂桶、まな板の最高級材として、昔から愛されてきました。ヒバのまな板が「乾きが早くて臭くならない」と料理人に指名されるのも、社寺建築が数百年を生きるのも、この天然の武器のおかげです。
湿気に強い木は、蒸気の場所に向く
腐りにくく、カビに強く、香りが良い。この三拍子は、そのまま「湯と蒸気の空間に向く木」の条件です。実際、青森ヒバは浴室や風呂桶の伝統的な銘木であり、サウナや浴場の内装材としても使われてきました。あの独特の、ヒノキよりも野性味のある森の香りは、蒸気で立ちのぼると一段と濃くなります。木の香りと蒸気の関係(入る森林浴の話)の、北東北代表と言っていい木です。
ヒバ油一滴の、手軽な楽しみ
ヒバの香りは、木材を買わずとも楽しめます。青森の特産品、ヒバ油(ひば精油)です。数滴を桶の水に落としてロウリュに使えば、ヒバの香りの蒸気が立ちます(精油の作法はアロマ水の話のとおり、原液の直がけは厳禁)。掃除の水にひと垂らしすれば、カビの気になる季節のサウナ小屋の味方に。虫よけとしても昔から使われてきた油です。フィンランドの白樺(こちら)に対する、北東北の答えがヒバだと思ってください。
森の香りに、心がほどける
香りの話を、もう少し。森の木々が放つ香りの成分は、まとめてフィトンチッドと呼ばれます。もともとは木が自分の身を守るための物質ですが、私たちがその香りに包まれると、不思議と気持ちがほどけていく。森林浴が心地よいのは、この香りに理由の一端があると言われます。ヒバの香るサウナは、いわば部屋の中に持ち込んだ小さな森です。目を閉じて、蒸気とともに立ちのぼる木の香りを、深く吸い込む。青森の山の一角が、湯気の向こうに広がるようです。ヒバの香りには、気持ちを落ち着ける働きのほかに、防虫や抗菌の力もあると言われ、木材としての実力と香りの良さが、同じ一本の中に同居しています。だから青森では、ヒバのおがくずを枕に入れたり、削り屑を箪笥に忍ばせたりと、その香りを暮らしのあちこちで使ってきました。サウナで香りを楽しんだ日は、その延長で、家の中にもヒバをひとつ。北の木の恵みは、湯気の中だけにとどめておくには、少しもったいないのです。
北の木の国から
青森のヒバ、秋田の杉、岩手のナラと漆。北東北は、日本有数の木の国の集まりです。岩手・盛岡のD'STYLEは、木の国の火と蒸気の店として、材の香りの話までご相談に乗っています。ヒバの香りのサウナ、気になった方はどうぞ。
写真: Ninara (Wikimedia Commons, CC BY 2.0)



