「休みの日、何もしないでいると、なんだか落ち着かないんです」。よく聞く言葉です。ソファに座っても五分でスマホ、旅行先でも仕事のメールを確認、せっかくの休暇に予定を詰め込んで、月曜日にはぐったり。私たちは、休むのが下手になりました。今日は、休み方の練習の話。サウナは、そのいちばん親切なリハビリ施設です。

生産性の呪い
休めない理由の根っこには、「時間は有効に使うべき」という刷り込みがあります。何もしない時間はもったいない時間、常に何かを得ていないと不安。この生産性の呪いは、休日にまで学びだ自己投資だと追いかけてきて、ぼんやりする時間に罪悪感を持たせます。でも、脳の回復には「何もしない時間」が要ることが分かってきています。ぼんやりは怠慢ではなく、必要な整備なのです。分かっていても、できない。だから、練習が要ります。
サウナは、強制的に何もさせない
サウナが休み方のリハビリに向いているのは、意思の力が要らないからです。熱い部屋では、スマホも本も仕事も物理的に持ち込めません。「何もしないぞ」と決意する必要すらなく、環境が勝手に何もさせてくれない。最初の数分は、頭がそわそわします。あれをやらねば、これも残っている。その、そわそわこそ、呪いの禁断症状です。でも熱と汗が、じきに思考を溶かします。水風呂で強制リセット、外気浴で、気づけば十分間、空しか見ていない。この「何も生産しなかったのに、深く満たされた」体験を体が覚えることが、リハビリの第一歩です。(時間が溶ける話は、こちら。)
ぼんやりは、脳の整理整頓
何もしていないとき、脳はさぼっているわけではありません。むしろ、あれこれ意識して作業しているときには働かない、別の回路が動き出します。脳科学で「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれるこの仕組みは、記憶を整理し、体験に意味を与え、離れた考えを思いがけず結びつける、いわば裏方の整備係です。名案がお風呂や散歩でふと浮かぶのは、これが理由。サウナの外気浴で頭がすっかり空っぽになった瞬間こそ、脳が静かに、一日をたたんで片づけている時間なのです。だから、ぼんやりは怠けではなく、上等な仕事の一部です。
週に一度の、降りる練習
フィンランドの人たちは、この降り方が上手です。夏には何週間も休暇を取り、湖畔の小屋で、釣りとサウナと昼寝だけの日々を過ごす。あの国の生産性が世界トップクラスであることは、示唆的です。よく降りる者が、よく登る。週に一度のサウナの九十分は、生産性の列車から降りる練習です。練習を重ねると、サウナの外でも、罪悪感なしにぼんやりできるようになっていく。休み方は、技術なのです。(幸福の国の話は、こちら。)
「何もしない」を、予定に書く
休むのが下手な人ほど、休みを予定に組み込むと、うまくいきます。手帳に「サウナ」と書き、その前後をわざと空けておく。予定として確保してしまえば、罪悪感の入り込む隙がありません。フィンランドには夏に何週間も休む文化がありますが、彼らはそれを特別なごほうびではなく、当然の権利として淡々と取ります。休みは、気力が尽きてから慌てて取るものではなく、あらかじめ暮らしに埋め込んでおくもの。予定表の、何も書かれていない余白こそ、来週のあなたを守ってくれる堤防なのです。まず、今週末の一枠を空けることから始めてみてください。
リハビリ施設を、家に
岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビア岩手県正規代理店として、休み方のリハビリ施設の設置をお手伝いしています。がんばり屋のあなたにこそ、何もできない部屋を。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Timo Newton-Syms from Helsinki, Finland and Chalfont St Giles, Bucks, UK (Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.0)



