エストニアに、古いことわざがあります。「サウナは、農民の医者」。もうひとつ、こんな言い回しも残っています。「貧しき者の癒し手、その蒸気は治療薬」。医者にかかれない村人にとって、熱く湿った小屋は、痛みと疲れをあずける場所でした。
薬箱もなく、診療所も遠い。それでも人は、体の不調をなんとかしなければ、次の朝の畑仕事が待っています。そんな暮らしのなかで、熱と汗と木の香りが、誰にでも手の届く手当てになりました。その素朴な知恵が、いまの科学とどう重なるのか。少し辿ってみます。
昔の人は、サウナで体を治した
北の国の農村では、サウナは治療の部屋でもありました。骨や関節の痛み、こわばった筋肉、畑仕事でくたびれた背中。熱で体をゆるめ、汗を流し、そのあと白樺の若枝を束ねたヴィヒタで、やさしく体を叩く。血のめぐりを呼び覚ますための、昔ながらの作法です。
ヴィヒタに使う木も、ひとつではありませんでした。定番は白樺。でも、ジュニパーの枝を使えば肌がきりりと締まるし、オークは葉が厚くて叩き心地がしっかりする。シダなら、香りとやわらかさ。症状や気分に合わせて、村の人は木を選び分けていました。台所に薬草を吊るしておくのと、たぶん同じ感覚です。
おもしろいのは、原因や病名が分からないときでも、この処方が信じられていたこと。何が悪いのか説明できなくても、「とにかく汗をかいて、白樺で体を叩けば良くなる」。理屈は後回しで、体のほうが先に覚えていた。だから何百年も、消えずに残ったのだと思います。

なぜ効くのか、現代科学の答え合わせ
民間療法、と言うと、なんだか気休めのように聞こえるかもしれません。ただ、ここ最近は研究者が本気でサウナを調べていて、村人たちの実感を裏づけるような結果が、いくつも出てきています。
なかでもよく引かれるのが、2018年に医学誌 Mayo Clinic Proceedings に掲載されたレビューです。世界の研究をまとめたこの論文では、80〜100℃のサウナに頻繁に入る習慣が、高血圧や心血管疾患、神経認知障害、そして肺の疾患のリスク低減と関連していると報告されています。さらに、関節炎や頭痛の緩和、インフルエンザのような症状の軽減、乾癬をはじめとする皮膚の状態の改善についても、いくつもの報告が重ねられています。
並べてみると、昔の知恵とずいぶん重なります。関節の痛み、こわばり、体の重さ。農民が熱い小屋に持ち込んだ悩みに、いまの研究がそのまま応えているようにも見えます。

汗と血流が、体を目覚めさせる
では、体のなかで何が起きているのか。仕組みは、思いのほか素直です。
熱に包まれると、血管が広がり、心臓は血をせっせと送り出します。呼吸は深くなり、皮膚は汗を噴き出す。この一連の反応が、血のめぐりと循環をまるごと刺激します。冷やして休むまでを含めると、心血管や免疫の系がやさしく揺さぶられ、多幸感をもたらすエンドルフィンも分泌されると考えられています。
研究者のなかには、頻繁なサウナが体にもたらす負荷と反応を、軽い運動になぞらえる人もいます。じっと座っているだけなのに、体の内側では、ちょっとした身体活動に匹敵する変化が起きている。座って汗をかくだけで整っていく感覚には、こうした裏づけがあるのです。
自分の体調に、耳をすませて
ただ、これだけは。サウナの効能は、自分の体に合わせてこそ引き出せます。
熱い部屋に長く耐えた人が偉い、というものではありません。となりの人が高温を好んでも、あなたの体が心地よいと感じる温度は、別のところにあります。無理に合わせなくていい。ぬるめでも、短めでも、あなたが「気持ちいい」と息をつける温度。それがいちばんです。
そして、休憩を惜しまないこと。熱に入り、体を冷やし、腰を下ろして呼吸が落ち着くまで待つ。この間こそ、体が回復に向かう時間です。やり過ぎは、かえって体を疲れさせます。物足りないくらいで切り上げるのが、長く続けるコツです。持病のある方、とりわけ心臓や血圧に不安のある方、そして妊娠中の方は、始める前に必ず医師に相談してください。古い知恵といっても、万能の薬ではありません。あくまで、体と相談しながら続けるものです。
サウナは、貧しき者の癒し手。
その蒸気は、いまも変わらず、体をほどいてくれます。
小屋の時代から研究室の時代まで、結局みんな、同じところに戻ってくるのだと思います。熱と汗と休息が、体をそっと立て直してくれる。特別な道具も、難しい理屈もいりません。心地よい熱のなかに身を置いて、あとは体の声を聞くだけ。
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※本記事は健康情報の一般的な紹介であり、診断や治療を目的としたものではありません。効能には個人差があり、体調や持病によっては適さない場合があります。不安のある方は、必ず医師にご相談ください。
参考:Mayo Clinic Proceedings(2018)/The American Journal of Medicine/書籍 T. Habicht『Eesti saun』(2014)


