冬の台所仕事に、寒仕込みという言葉があります。一年でいちばん寒い「寒の内」に、味噌や酒を仕込む。雑菌が少なく、ゆっくり発酵が進むこの時期は、発酵の黄金期です。そして、薪ストーブの家は、この発酵暮らしと、おそろしく相性がいい。今日は、火のそばで菌に働いてもらう話です。

発酵の悩みは、温度である
パンを膨らませる酵母も、甘酒を作る麹も、味噌を育てる菌たちも、それぞれ好みの温度があります。冬の台所の悩みは、この温度が確保できないこと。パン種は寒すぎて膨らまず、甘酒はヨーグルトメーカーだのみ。ところが、薪ストーブの部屋には、温度のグラデーションが常にあります。天板の端の高温から、ストーブ脇の人肌、少し離れた穏やかな暖かさまで。つまり、菌たちの席が、選び放題なのです。火の入った部屋は、丸ごとひとつの発酵器になります。
麹は、日本の国菌
甘酒や味噌の主役、麹菌(アスペルギルス・オリゼー)は、実は日本の「国菌」です。2006年に日本醸造学会が、味噌・醤油・酒・みりんと、和食のほとんどを支えてきたこの菌を、国を代表する菌として認定しました。米や大豆のでんぷんを、甘みや旨味に変えてくれる働き者。日本人が千年以上かけて飼いならしてきた、目に見えない家畜のような存在です。その麹がいちばん元気に働くのは、人肌からやや温かいくらいの温度。まさに、薪ストーブが部屋の中に用意してくれる温度帯なのです。
甘酒は天板、パン種は特等席の隣
実践編を。米麹の甘酒は、おかゆと麹を混ぜて、鍋ごと天板の端(低温の位置)へ。目標は人肌より少し上、熱すぎると麹の酵素が働きを失うので、鍋の位置で調整します。数時間ことこと、とろりと甘くなれば成功。ブドウ糖やビタミンが豊富で、昔から「飲む点滴」と呼ばれるほど。サウナ上がりの一杯にも最高です。パン種の発酵は、ストーブから少し離れた棚やスツールが定位置。ボウルに濡れ布巾をかけて置けば、真冬でもふっくら膨らみます。焼くのはオーブンでも、炉内の熾火でも。休日の朝の、焼きたての匂いは反則級です。(朝ごはんの話は、こちら。)
味噌の国の、寒仕込み
岩手は、味噌の国でもあります。田舎味噌の文化、各家庭の手前味噌。寒の内、小寒から大寒にかけての一年で最も寒い時期に大豆を煮て、麹と塩を混ぜて樽に仕込む味噌づくりは、いままた人気の冬仕事です。大豆をやわらかく煮るあの長時間の煮炊きこそ、薪ストーブの天板の独壇場。燃料代を気にせず、半日ことこと煮られます。仕込んだ味噌樽は、火から離れた涼しい場所へ。火のそばは発酵のスタートダッシュに、貯蔵は冷暗所に。この使い分けだけ覚えておいてください。(天板の煮炊きの話は、こちら。)
ぬか床も、冬越しは火のそばで
忘れられがちなのが、ぬか床です。ぬか床の乳酸菌も、冬の寒さでは眠りがちになり、漬かりが遅くなります。かといって寒い土間に置きっぱなしにすると、風味が鈍る。そこで、日中はストーブから少し離れた床の上に置いて、ほんのり温めてやる。すると冬でも、ぬか床はちゃんと働いてくれます。ただし混ぜるのは一日一回、忘れずに。菌の世話は、火の世話と少し似ています。どちらも、毎日ほんの少し手をかけるだけで、驚くほど良い顔を返してくれるのです。
火と菌の、静かな共同作業
薪の火が部屋を暖め、その熱の余りで、菌たちが甘酒とパンと味噌を育てる。人は薪をくべて、あとは待つだけ。火と菌の共同作業を眺める冬は、暮らしの解像度が一段上がります。岩手・盛岡のD'STYLEは、発酵暮らしのはかどる薪ストーブの設置をお手伝いしています。手前味噌の自慢話、店で聞かせてください。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Antto12345 (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)




