南部鉄器(こちら)、木炭日本一(こちら)と来て、岩手の手仕事シリーズにもう一つ、大物が残っていました。漆です。国産漆の生産量日本一、そのシェアの大半を占めるのが、二戸市の浄法寺。今日は、漆の国の器の話です。

国宝を直す漆は、岩手産
日本で使われる漆のほとんどは輸入品で、国産漆はごくわずか。その国産漆の約七割を産むのが浄法寺です。この貴重な浄法寺漆は、日光東照宮や金閣寺、地元・平泉の中尊寺金色堂など、国宝・重要文化財の修復に指名される品質。文化庁は国宝建造物の修理に原則として国産漆を用いる方針を掲げ、その主力を担うのが浄法寺漆です。つまり岩手は、日本の宝物を塗り直す漆を、山で育てている県。木の国の面目躍如です(森の循環の話)。
漆搔きは、一滴を集める仕事
漆は、木を植えればいいというものではありません。漆搔き職人が、十年以上かけて育ったウルシの木に、専用の鎌で一本ずつ傷をつけ、にじみ出る乳白色の樹液を一滴ずつ掻き集める。一本の木から一シーズンに採れるのは、わずか牛乳瓶一本ほど。しかも夏の盛りに幾度も山へ通い、最後はその木を伐り倒す「殺し掻き」で採り切ります。木の命と引き換えの、貴重な一滴です。浄法寺ではこの漆搔きの技術そのものが、国の選定保存技術として守られている。塗る技だけでなく、採る技まで文化財なのです。集めた漆は漉して、なめて、色を整えてはじめて、塗師の刷毛に載ります。一椀の裏には、山仕事から塗りまでの長い道のりが隠れているのです。
黒と朱の、飾らない椀
浄法寺塗の身上は、華美な蒔絵ではなく、無地の潔さにあります。漆をかけて磨きすぎず仕上げる花塗の椀は、黒か朱の一色で、ぽってりと温かい。木地に漆を摺り込んで木目を生かす拭き漆のものもあり、どれも日常の食卓に無理なく収まります。漆は乾くほどに強く硬くなり、酸にもアルカリにも強い、天然の塗膜。毎日の汁椀として、遠慮なく使える丈夫さがある。美術品として床の間に飾るための漆ではなく、手のなかで働くための漆です。使い始めにかすかに残る漆の匂いも、幾度か使ううちに消え、料理の香りをそっと引き立てるようになります。値の張る一客をひとつ、長く付き合う相棒として選ぶ。その一椀が、毎日の食卓を静かに格上げしてくれます。
漆の椀は、汁をうまくする
浄法寺塗の椀は、飾り気の少ない、日常使いの漆器です。そして漆器は、見た目の道具ではなく、実用の道具。まず、断熱性。木と漆の椀は熱を通しにくく、熱い汁を注いでも手のひらで持てて、汁は冷めにくい。次に、口あたり。唇に触れる縁のやわらかさは、陶器とも金属とも違う、漆だけのぬくもり。味噌汁、ひっつみ(朝市の話)、凍み豆腐の煮物(こちら)。汁物の多い北国の食卓のために生まれたような器です。サ飯の汁椀を浄法寺塗にする。それだけで、一椀の格が変わります。
漆器も、育てる道具です
漆器は繊細と思われがちですが、日常の漆器は、使ってこそ育つ道具です。毎日使い、やさしく洗い、乾いた布で拭き上げる。使い込むほどに漆の色が澄み、つやが深まっていく。傷んだら塗り直しができ、直しながら何十年も使う思想(こちら)は、鋳物のストーブや鉄瓶と同じです。岩手の食卓の理想形は、こうなります。南部鉄器の鉄瓶、浄法寺塗の椀、火で炊いた銀河のしずく(こちら)。すべて地元の、すべて育てる道具。
器まで含めて、火の暮らし
岩手・盛岡のD'STYLEは、火のまわりの暮らしの道具の話を、いつでも歓迎しています。サ飯の器の相談から、漆の里の旅の話まで。木と火と漆の国の店で、お待ちしています。
写真: King of Hearts (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



