初夏の岩手に、時おり冷たい風が吹きます。やませ。オホーツクの高気圧から吹き出し、太平洋側に霧と低温を運ぶ東風です。六月だというのに肌寒く、空は灰色。この風は、岩手の歴史に深く刻まれた風でもあります。今日は、風土の話。少し重い歴史から始めて、いまの暮らしに着地します。
やませと、冷害の記憶
やませが長く吹く年、稲は実りません。北東北の歴史は、冷害と飢饉との戦いの歴史でもありました。江戸の大飢饉から、昭和の東北大凶作まで。宮沢賢治が「雨ニモマケズ」に書いた「サムサノナツハオロオロアルキ」の一行は、この土地の切実そのものです。賢治が農学校で教え、肥料設計に奔走したのも、寒さに負けない農業のためでした。岩手の人間の芯にある、静かな粘り強さ。あれは、この気候と何百年も付き合ってきた土地の気質だと思います。(この気質は、フィンランドの「シス」とよく似ています。こちら。)
寒い土地は、火の文化を磨く
そして、寒さと戦った土地は、必ず火の文化を磨きます。曲り家の囲炉裏は馬と人を同じ屋根で暖め、南部鉄器は火の熱を暮らしの道具に変え、炭焼きは山の仕事になり、南部せんべいは凶作に備える保存食になった。岩手の伝統文化を並べると、その多くが「寒さへの答え」です。薪ストーブとサウナが今、この土地でこれほど自然に受け入れられているのは、偶然ではありません。私たちは、火で寒さに答えてきた土地の、続きを生きているのです。(火の行事の話はこちら、鉄器はこちら。)
宿命を、豊かさに読み替える
現代の私たちは、幸いにも、冷夏が飢えに直結しない時代に生きています。だからこそ、この気候を、別の目で見ることができます。やませの霧は幻想的で、冷夏の夜は、サウナと薪ストーブの出番が増える夜です。梅雨寒の六月に焚く一夜の薪ストーブの、なんとありがたいこと。寒さは、先人にとっては宿命でしたが、装備を持つ私たちには、資源になりました。この読み替えこそ、先人への一番の供養だと思うのです。(寒さは資源だ、という話は、200本目の宣言にも書きました。)
風土に根ざした店として
岩手・盛岡のD'STYLEは、この風土の中で、火と蒸気を商っています。やませの吹く年も、雪の深い年も、あなたの家が「大丈夫な側」でありますように。ハースストーン、バーモントキャスティングス、ハルビアの正規代理店として、風土に合った一台をご提案します。ご相談、いつでもどうぞ。



