サウナの話題でよく見かけるBDNFという言葉。その出どころをたどると、サウナ室ではなく湯船に行き着きます。42℃の湯に首まで20分、健康な男性8人。血清BDNFは直後に66%上がり、30分後には入浴前の値に戻った。2018年に報告されたこの実験が何を測り、何を測らなかったのかを条件ごと読みます。盛岡のサウナ室で見ている温度と並べながら、見出しの数字を岩手の暮らしに直輸入しないための読み方をまとめました。
「サウナでBDNFが増える」という話の出どころ
盛岡の一月、夕方の外気は氷点下です。仕事を終えて家に入り、まず風呂の追い焚きボタンを押す。湯が上がるまでの数分、台所で手を温めながら待つ。岩手の冬は、だいたいそういう順番で回っています。
サウナの話をしていると、ときどき「BDNF」という言葉が出てきます。サウナに入ると脳のための物質が増えるらしい、という話です。ショールームでも、雑誌の切り抜きを持ってこられた方がいました。ご自身の物忘れが気になり始めた、とおっしゃっていました。
気になって、出どころをたどってみました。よく引かれている研究は、サウナ室で行われたものではありませんでした。42℃の湯に、首まで20分浸かる実験です。参加したのは健康な男性8人。International Journal of Hyperthermia という学術誌の2018年、34巻6号の834〜839ページに載っている報告です。
サウナや薪ストーブを扱っていると、良い話ばかりを集めたくなります。だからこそ、元になった報告に当たる時間を、仕事のうちに入れています。読んでみると、見出しと中身の距離に驚くことのほうが多いのです。
この回は、その一本を条件ごと読みます。数字にけちをつけたいのではありません。その数字がどんな場所で出たものかを知っておくと、耳に入ってくる話の受け取り方が、少しだけ静かになるからです。

BDNFという言葉を、まず日本語に置き換える
BDNFは brain-derived neurotrophic factor の略で、日本語では脳由来神経栄養因子と呼ばれます。長い名前ですが、中身は体の中にあるたんぱく質のひとつです。神経のはたらきに関わる物質として研究されてきました。
ここで、ひとつ大事な確認をします。今回の実験が測ったのは、血液の中に含まれるBDNFの濃度です。血清BDNF、と論文には書かれています。血清というのは、血液を固まらせたあとに残る上澄みの部分のことです。
つまり、頭の中をのぞいて神経が育ったかどうかを見たわけではありません。記憶力が上がったか、気分がどう変わったか、といったことも、この実験では測られていません。測られたのは、採血でわかる数値と体温の変化だけです。
血の中の数値が動いた、ということと、体調が良くなった、ということは同じではありません。研究を読むときは、ここを混ぜないようにします。専門用語をひとつ覚えるより、この線引きを覚えておくほうが、たぶん長く役に立ちます。
この言葉がいつからサウナの話題に入ってきたのか、そこまではわかりません。ただ、私たちのところに届くころには、たいてい「サウナでBDNFが増える」という一行に縮んでいます。縮むときに落ちるのは、いつも条件のほうです。
実験の組み立て。8人が42℃と35℃の両方に入った
設計はこうです。健康な男性8人が、42℃の湯と35℃の湯に、それぞれ20分間、首まで浸かりました。二つの条件は7日以上の間隔をあけ、どちらを先に受けるかは無作為に決められています。
同じ人が両方の条件を受ける形を、クロスオーバー(交差)といいます。別々の人を二組に分けて比べるやり方に比べると、体格や生活習慣といった個人差の影響を受けにくいのが利点です。少ない人数でも変化をとらえやすい組み立てです。
7日以上あけるのは、前の入浴の影響が残ったまま次の条件に入るのを避けるためです。順番を無作為にするのも同じで、先にやったほうが有利といった偏りを減らすための手当てです。地味な工夫ですが、こうした手順が書かれている研究かどうかで、読み手の安心感はずいぶん違います。
採血のタイミングも決められています。安静にしているとき、20分の入浴を終えた直後、そして入浴を終えて15分後と30分後。合わせて四回です。この「30分後まで測っている」という一点が、あとで効いてきます。
35℃のほうは中性温度と呼ばれ、体を温めも冷やしもしない、比較のための条件として置かれています。この「比べる相手がある」という点は、研究を読むうえで見逃せません。何かをしたら数値が動いたという報告は世の中にたくさんありますが、比べる相手が用意されているかどうかで、話の重さがまるで変わります。
首まで浸かる方式は head-out immersion と書かれます。顔は湯の外、体は湯の中。日本の家庭の入浴と、形としては近いやり方です。
上がったもの、下がったもの、測られなかったもの
42℃の条件では、深部体温が39.5℃まで上がったと報告されています。深部体温とは、体の表面ではなく内側の温度のことです。20分の入浴で、体の芯がそこまで動いたことになります。
血清BDNFは、入浴の直後に66%上昇。浸かり終えて15分の時点でも、統計的に有意に高い状態が保たれていた、とされています。有意というのは、偶然のばらつきだけでは説明しにくい差、という意味です。
そして、ここからが大事なところです。血清BDNFは、入浴を終えて30分後には入浴前の値に戻ったと報告されています。深部体温も同じで、30分後には入浴前の水準まで下がっています。上がった、という部分だけを取り出すと見落としますが、この報告が記録したのは、上がって、しばらく高いままで、そして戻るという一連の動きです。高い状態が続いたのは15分の時点まで。30分後には元通り。ここまでが、この一本に書かれている範囲です。
66%という数字も、一人ひとりの入浴前の値を基準にした変化の割合です。もともとの値には個人差がありますから、全員が同じ量だけ増えたという意味ではありません。同じ採血では、S100βという別のたんぱく質や、血小板と単球の数も測られています。
一方で、下がったものもあります。血漿コルチゾールは、浸かっている最中に有意に低下したと報告されています。コルチゾールは副腎から出るホルモンで、一般にストレスホルモンと呼ばれることの多い物質です。血漿は、血液から血球を除いた液体の部分を指します。
そして、測られなかったものがあります。先に書いたとおり、この実験では気分の変化も、認知機能の検査も行われていません。上がって戻った数値と、下がった数値。手元にあるのは、その記録です。
分母は8人。ここは隠さずに書きます
8人です。町内会の班より少ない人数です。
少人数の研究に意味がない、という話ではありません。クロスオーバーの設計は、少ない人数でも体の反応の変化をとらえるのに向いています。ただし、8人で見えたことが、100人でも1,000人でも同じように見えるかどうかは、この研究だけではわかりません。
対象は健康な男性のみで、女性は含まれていません。持病のある方や、薬を飲んでいる方も対象ではありません。ここは、読み手が自分に当てはめる前に、必ず一度立ち止まるところです。
年齢についても、この一本から幅広い世代に当てはめることはできません。私たちが現場で伺う範囲でも、暑さの感じ方や汗のかき方は、二十代の方と七十代の方ではずいぶん違います。研究の数字を自分の体に持ち込む前に、その差のほうを先に考えたいところです。
さらに言えば、42℃の湯に20分というのは、家庭でなんとなく真似していい条件でもありません。深部体温が39.5℃まで上がったというのは、研究の管理のもとで記録された数字です。血圧の薬を飲んでいる方、心臓に不安のある方、めまいの出やすい方は、入浴の温度や時間について、まず主治医にご相談ください。これは研究の紹介とは別に、火と熱を扱う商売として、繰り返し申し上げていることです。

42℃の湯と90℃のサウナは、同じ「熱」ではありません
ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。
サウナの記事にBDNFの数字が引かれるとき、たいてい湯の実験だという断りがありません。けれども、42℃の湯に首まで20分浸かることと、サウナ室で過ごすことが、体に同じことを起こすと確かめられたわけではないのです。この研究は湯船で行われました。それ以上でも、それ以下でもありません。
私たちが見てきた範囲では、盛岡のショールームのサウナ室は、コントロールパネルの表示で90℃前後になります。設定によっては92℃を示すこともあります。一方で、一般的な家庭の湯船は40℃前後、熱めが好きな方で42℃といったところです。
目盛りの上では50℃ほどの開きがありますが、話はそう単純でもありません。湯は水ですから、肌に触れている面がすべてお湯です。サウナは空気で、しかも乾いています。同じ温度計の数字で並べても、体への伝わり方が違います。だからこそ、湯船の実験の結果を、そのままサウナの見出しに使うのは無理があります。
湿り気も違います。ロウリュで石に水をかければサウナ室の空気は一気に湿りますが、それでも湯に沈んでいる状態とは別ものです。体感の言葉に落とせば、湯は重く、蒸気は軽い。現場でお客様に説明するときは、そのくらいの言い方になります。

もうひとつよく引かれる研究。遠赤外線の和温療法と、10人と11人の記録
サウナと脳の話で、もうひとつよく引かれる研究があります。日本で和温療法と呼ばれている、遠赤外線の乾式サウナを使った温熱療法の報告です。60℃のサウナ室に15分入り、出たあとは毛布にくるまって30分休む。これを1日1回、週5日、4週間続ける。医療機関の中で組み立てられた方法です。
慢性疲労症候群というのは、休んでも取れない強い疲れが長く続く状態を指す病名です。日常の暮らしが大きく制限される方もいます。主観的疲労度というのは、本人が自分の感覚に点数をつけたものです。
よく引かれるのは鹿児島大学のグループによる二本で、ここが混ざりやすいところです。分けて書きます。
一本目は Internal Medicine 2015年54巻3号333〜338ページ(Soejimaら)。慢性疲労症候群の患者10人に和温療法を4週間行い、主観的な疲労度が10点尺度で中央値6.7から4.8へ下がったと報告されています。中央値というのは、全員の点数を小さい順に並べたときの真ん中の値のことで、平均とは別ものです。原著も「データは中央値と四分位範囲で示す」と断ったうえで、開始時6.7(四分位範囲5.9〜8.8)、4週後4.8(同3.8〜7.9)、p=0.009と書いています。不安や抑うつの指標、日常生活の遂行能力も改善したとされています。そして、この報告に脳の画像検査は出てきません。
二本目は Internal Medicine 2017年56巻14号1817〜1824ページ(Munemotoら)。こちらは別の11人(男性2人・女性9人、平均27歳)を対象に、和温療法の前後で脳血流の画像検査を行ったものです。SPECTという、放射性の薬を使って血流の分布を画像にする検査で、前頭前野、眼窩前頭部、右側頭葉の局所脳血流が増えたと報告されています。疲労度は中央値7.1から5.6へ。前頭前野の脳血流という、いちばん引かれやすい所見は、こちらの11人の研究のものです。
「10人の研究でSPECTの所見も出た」という書き方を、私たちも一度そう覚えていました。原著に当たって、二本が別の研究だと気づきました。人数も対象者も測ったものも違う二本を、一本に足し算してはいけません。
そしてどちらの研究にも、比較のための対照群が置かれていません。11人の論文では、著者自身が対照群のないことを限界として書いています。比べる相手のいない記録は、良くなったのか、時間の経過とともに変わったのかを分けられません。10人、11人という人数も、先ほどの8人と同じで、そこから広く一般化できる規模ではありません。60℃の遠赤外線の乾式サウナを医師の管理のもとで使う方法である点も含めて、街のサウナや自宅のサウナと同じものとして読むことはできない、というのが正直なところです。
見出しの前に、四つだけ確かめる
ここまでを、持ち帰れる形にしておきます。サウナの研究の記事を見かけたら、本文に入る前に四つだけ確かめてみてください。
一つ、誰を調べたのか。健康な男性か、患者か、高齢者か。二つ、何人か。8人と2,000人では、言えることの範囲が違います。三つ、何と比べたのか。比べる条件のない研究は、変化はわかっても理由がわかりません。四つ、何を測ったのか。血液の数値なのか、症状なのか、それとも何十年か後の病気なのか。
今回の実験でいえば、健康な男性8人、35℃の湯との比較、測ったのは血清BDNFと血漿コルチゾールと深部体温、ということになります。この四つを並べただけで、「サウナで脳が若返る」といった見出しとの距離が見えてきます。
五つ目を足すなら、いつまで測ったのか、です。今回の実験は30分後まで測って、そこで元の値に戻っていました。測った時間の長さを書いていない記事は、たいてい戻ったところを書いていません。
もし四つが本文のどこにも書かれていなければ、その記事は元の報告まで読んでいない可能性があります。四つを書いてある記事のほうが、たいてい地味です。地味なほうを選んで読むと、外れが減ります。
もうひとつ添えておきます。今回の実験は、湯に浸かった前後で数値が動いたことを示したものであって、その変化が健康や病気にどうつながるのかまでを示したものではありません。以前に紹介したフィンランドの追跡調査のような観察研究(後から見比べた研究)にいたっては、原因と結果を確かめたものではなく、関連が示された段階の話です。
岩手の家には、風呂とサウナが並んで残る
岩手は、湯に浸かる文化の強い土地です。県内には温泉が多く、家の風呂でも肩まで沈んで温まる方が多い。ご相談をいただいて自宅にサウナを納めた家でも、風呂がなくなることはまずありません。浴室の隣にサウナ室の扉がある、という形が普通です。
盛岡でお客様と話していて感じるのは、皆さんきちんと使い分けている、ということです。疲れて帰った日は湯船、時間のある休みの日はサウナ。冬の朝、雪かきのあとは湯船、という方もいます。研究の世界では別々に調べられている二つが、家の中では当たり前に並んでいます。
冬の施工では、雪をかき分けて資材を運びます。仕上がって最初に火を入れる日、施主のご家族が寒い中をわざわざ見に来られる。その光景のほうが、私たちには数字よりよほど確かなものに見えます。
BDNFの数字を根拠に、何かをおすすめするつもりはありません。私たちがお納めしているのは薪サウナストーブや、ハルビアの電気サウナヒーターのような機器と、それを収める場所の設計です。サウナストーンは石ですから、いったん温まると熱を蓄えて、ロウリュのときに一気に手放してくれます。そういう熱の質のほうが、体感としては数値より効いてきます。静かに長く温まりたい方には、石をたっぷり載せられるタイプの設置がおすすめです。
数値がどう動くかではなく、その家で週に何回、誰と過ごす時間になるか。岩手県内、盛岡市を中心とした設置のご相談で最初に伺うのは、いつもそちらのほうです。

研究を一本読み終えて手元に残るのは、たいてい小さなことです。42℃の湯に20分、健康な男性8人、血液の数値が動いて、30分後には元へ戻った。それだけです。それだけのことを、それだけのまま置いておく。見出しがどれだけ大きくても、元の報告にその大きさでは書かれていません。岩手の冬はまだ長く、湯の湯気も、サウナの蒸気も、当分は毎日の風景です。本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。持病のある方や薬を飲んでいる方は、入浴やサウナの利用について主治医にご相談ください。
参照した研究
- Kojima D ほか. Head-out immersion in hot water increases serum BDNF in healthy males. International Journal of Hyperthermia 2018;34(6):834-839(健康な男性8人、42℃/35℃・20分のクロスオーバー試験。血清BDNFは入浴直後と15分後に有意に高値、30分後にベースラインへ復帰。深部体温も30分後に入浴前の水準へ回復)
- Soejima Y ほか. Effects of Waon Therapy on Chronic Fatigue Syndrome: A Pilot Study. Internal Medicine 2015;54(3):333-338(鹿児島大学、慢性疲労症候群の患者10人、対照群なし。60℃の遠赤外線乾式サウナ15分+毛布保温30分を週5日4週間。主観的疲労度は中央値6.7〈四分位範囲5.9-8.8〉→4.8〈同3.8-7.9〉、p=0.009。脳血流の測定は含まれない)
- Munemoto T ほか. Increase in the Regional Cerebral Blood Flow following Waon Therapy in Patients with Chronic Fatigue Syndrome: A Pilot Study. Internal Medicine 2017;56(14):1817-1824(慢性疲労症候群の患者11人〈男性2人・女性9人、平均27歳〉、対照群なし。99mTc-ECDによるSPECTで前頭前野・眼窩前頭部・右側頭葉の局所脳血流が増加。疲労度は中央値7.1→5.6、p=0.0095)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



