サウナの歴史を紹介する本を開くと、たいてい同じ一文に行き着きます。「最古の記録は紀元前5世紀、ヘロドトスの『歴史』にある」。何度も引用されてきたこの話、実は原文を読むと少し様子が違います。石に水をかけて蒸気を立てた、とは一行も書かれていません。書かれていたのは、煙のことでした。
何度も引かれてきた「最古の記録」
サウナの歴史をたどる本の多くが、冒頭近くでヘロドトスの名前を出します。古代ギリシャの歴史家ヘロドトスが著した『歴史』の第4巻73章から75章にかけて、スキタイ人(黒海北岸に暮らした遊牧民)の入浴の様子が記されている、という話です。Lopatin、Giedion、そしてサウナ研究者Vuorenjuuriが1967年に書いた本など、サウナ史の定番として長く引用されてきました。
紹介のされ方はいつも同じです。「小さなテントを立て、中に焼けた石を入れる。これこそ最古の蒸気浴の証拠だ」。何十年もそう語られてきたので、私たちも当然そういう話だと思っていました。
原文を読み直すと、石に投げているのは大麻の種だった
ところが原文をよく読むと、石に水をかけたという記述はどこにもありません。書かれているのは、焼けた石の上に大麻の種を投げ入れ、その煙を小さなテントの中で吸う、という行為です。テントは数人しか入れないほど小さく、注水の描写は一切出てきません。
古典学者のEverett Wheelerは、The Landmark Herodotus(R. Strassler編、Pantheon社、2007年)の付録Eの中で、この一節を陶酔物質の使用、つまり煙による酩酊の儀式として解釈しています。蒸気を浴びる話ではなく、煙を吸う話として読んでいるわけです。
アルタイ山脈から出た、実物の道具一式
この記述に対応するとみられる道具一式は、実際に出土しています。アルタイ山脈のパジリク古墳(推定紀元前500年から300年ごろ、現在はロシアのエルミタージュ美術館が所蔵)から見つかったもので、極小のテントの骨組みと、焼け石を入れるための器が一緒に出てきました。
物としての裏付けはある。ただしそれが示しているのは、蒸気を立てて体を蒸らす入浴文化というより、煙を吸って陶酔する儀式だった可能性が高い、ということです。
「混同に注意」という、研究者からの一言
サウナ研究者のJack Tsonisは、論文"Sauna Studies as an Academic Field"(Literature & Aesthetics 26号、2016年)の注61で、この一節をめぐる議論について「蒸気(vapour)と煙(smoke)の混同」に注意を促しています。
長年語り継がれるうちに、「石に何かをかけて立ちのぼらせたもの」がいつのまにか一括りにされ、蒸気浴の起源として扱われてきた、ということなのかもしれません。研究者たちが指摘しているのは、その二つはそもそも別のものだ、という当たり前の点です。
煙と蒸気を混ぜない、というのは現場の毎日でもある
この「混同するな」という指摘は、私たちにとって学説の話というより、日々の仕事そのものです。薪サウナストーブや煙突の設置を岩手・盛岡で続けてきた身として、煙が室内に戻ってくるのは失敗であり、ロウリュの蒸気は狙って作るものだと、はっきり分けて考えています。
煙が逆流する原因は、現場ごとにだいたい決まっています。煙突の高さが足りない。高気密の住宅で、燃焼に必要な空気の入り口(給気口)が足りない。氷点下の朝、冷えた煙突の中でまだ上向きの空気の流れ(ドラフト)ができていない。どれも「白いもの」が室内に入ってくる点では同じでも、原因も対処もまったく別です。



スモークサウナに巻かれる、という別の現場
煙と蒸気の混同は、テントサウナや伝統的なスモークサウナ(savusauna)の現場でも起こります。スモークサウナは薪を焚いて壁や天井に熱をため、火を落としてから煙を出し切って入るのが本来のやり方です。この「煙を出し切ってから入る」手順を飛ばすと、蒸気ではなく煙にそのまま巻かれることになります。
ヘロドトスの一節が語っていたかもしれないのも、まさにこの煙そのものを吸う行為でした。二千五百年前のテントと、現代のスモークサウナや薪サウナストーブと、扱っているものの性質はそれほど変わっていないのかもしれません。


読み方ひとつで、見える景色が変わる
「最古の記録」という言葉には、つい寄りかかりたくなる重みがあります。けれど原文に戻ってみると、そこにあったのは蒸気浴の証拠というより、煙を使った別の習わしの記述でした。誰かが要約した一文をそのまま受け取るのと、元の文章に戻って確かめるのとでは、見える景色が変わります。
私たちが現場で確かめているのも、結局は同じことです。煙突の中で何が起きているか、ロウリュをかけた瞬間に何が立ちのぼっているか。言葉で「白い湯気」とまとめてしまう前に、実際に何が起きているかを見る。それは歴史の読み方であり、サウナの設置や点検の基本でもあります。
薪サウナストーブや煙突の設置を続けていると、煙と蒸気を混同したまま話が進むことの危うさを、現場でいちばんよく知ることになります。2500年前の一節を読み直すことは、遠い昔話ではなく、今日の煙突の高さや給気口の設計につながる話でした。岩手・盛岡でスモークサウナや薪サウナストーブの設置をお考えの方は、煙と蒸気、それぞれの扱い方を分けてご相談いただければと思います。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Herodotos, Historiai, Book 4, 73-75
- R. Strassler ed., The Landmark Herodotus, Pantheon Books, 2007, Appendix E (Everett Wheeler)
- Jack Tsonis, "Sauna Studies as an Academic Field", Literature & Aesthetics 26 (2016), note 61
- Lassi Liikkanen, saunologia.fi(関連参照)
- M. Vuorenjuuri, Sauna kautta aikojen, 1967(関連参照)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



