畑の隅や川べりに、こんもりと盛り上がった土の山があります。英国とアイルランドには、こうした「焼けた石の塚」が数千カ所も残っているそうです。長らく調理場の跡だとされてきたその塚を、1987年、ある論文が「これは蒸気浴の跡ではないか」と読み替えました。石を焼き、水をかける。その最小構成は、盛岡でストーブに火を入れる私たちの毎日とも、実はそう遠くありません。
畑の隅にある、ただの土の山
英国やアイルランドの田園地帯を歩くと、馬蹄形やドーナツ状に盛り上がった土の塚をよく見かけます。中身を掘ると、真っ黒に焼けて割れた石がぎっしり詰まっています。近くには決まって水槽や小さな穴が寄り添っている。これが「バーント・マウンド(burnt mound、焼けた石の塚)」と呼ばれる遺構で、数はイギリス諸島全体で数千にのぼるとされています。
長い間、この遺構は調理場の跡だと考えられてきました。焼き石を水槽に落として湯を沸かし、そこに肉を入れて煮る。台所の跡と見れば、それでつじつまは合います。ですが、それだけでは説明しきれない点も残っていました。
1987年、蒸気浴と読み替えた論文
1987年、バーミンガム大学のローレンス・バーフィールドとマイク・ホッダーは、考古学誌『Antiquity』(第61巻233号、370〜379ページ)に "Burnt mounds as saunas, and the prehistory of bathing" という論文を発表しました。北欧やイギリス諸島に広く分布する「焼けた石の塚+近接する水槽」という組み合わせを、従来の調理場説ではなく、蒸気浴の施設だったのではないかと読み替えたのです。
焼けた石を割れるまで使い、割れた石は捨てて新しい石に替える。その捨て場が積み重なって塚になる、という見立てです。調理と蒸気浴、どちらの説にも決定的な証拠があるわけではなく、今も議論は続いていますが、この論文以降、バーント・マウンドを入浴の痕跡として読む視点が考古学の中に確かに残りました。
オークニー諸島で見つかった、より具体的な建物
2015年には、スコットランド沖のオークニー諸島、ウェストレイ島(Westray)にある先史遺跡「リンクス・オブ・ノルトランド」の周縁部で、4,000年以上前、青銅器時代の建物が発掘されました。内部には複数の小室と大型の水槽が備わっており、限られた人数しか入れない構造だったといいます。発掘を担ったEASE Archaeologyやスコットランドの歴史遺産機関(Historic Environment Scotland)は、この建物を「サウナ、あるいは蒸気室」と解釈する報告を出しています。
バーント・マウンド自体は新石器時代から14世紀ごろまで、実に長い期間にわたって作られ続けた痕跡が各地で確認されています。石を焼いて水をかけるという行為が、特定の一時代の流行ではなく、何千年もの間、形を変えながら続いていたことになります。

焼けた石が塚になるまで、うちにも同じ現場がある
「焼けた石」と「水」。この最小構成は、4,000年前も今日も変わりません。私たちは盛岡でサウナストーブの施工とメンテナンスをしていますが、サウナストーンは使い続けるうちに熱で割れ、粉が出てきます。役目を終えた石は交換し、古い石は処分します。それを何十年も一箇所に積み続ければ、塚になるだろうということは、現場の実感として想像がつきます。
遺構では、焼けた石の塚のすぐそばに水槽が置かれていました。これも他人事ではありません。私たちが岩手で水風呂を設計するときも、ストーブから水風呂までの動線、井戸水や沢水を使う場合の水温、冬に凍らせない配置を毎回決めています。石の山と水の場所を近くに置く、という発想そのものは、青銅器時代の遺構図面と今の設計図で、驚くほど似ています。


証拠ではなく、解釈だということ
ここで一つ、正直に書いておきます。バーント・マウンドが本当に蒸気浴の跡だったのか、それとも調理場だったのかは、今も確定していません。バーフィールドとホッダーの1987年の論文は「そう読める」という解釈を示したものであり、遺構そのものが「サウナでした」と語っているわけではないのです。オークニー諸島の建物についても、発掘機関の報告は「サウナ、あるいは蒸気室」という表現にとどまっています。
数千年前の生活を、残された石と水槽の跡だけから読み解くのは、簡単なことではありません。だからこそ、断定せず「そう解釈されている」という形で紹介するのが、この分野に対する誠実な態度だと私たちは考えています。
熱と水、二つをそろえて初めて完成する
焼けた石だけでは、蒸気浴にはなりません。水をかけて初めて、熱は蒸気に変わります。逆に水槽だけでも、何も起きません。この当たり前の組み合わせを、遺構は静かに教えてくれます。
私たちが盛岡でサウナ小屋KUUTAや自宅サウナを手がけるときも、ストーブと水風呂は切り離せない一対として考えます。薪サウナストーブでしっかり温度を上げること、そのすぐそばで体を冷やせる水を用意すること。この二つがそろって、ようやく一つの入浴の場になります。4,000年前の人たちが石の塚と水槽を並べて残したのも、同じ理由だったのかもしれません。

岩手の冬に、焼けた石の話を重ねて
盛岡の冬、外はマイナス何度という日でも、薪サウナストーブに火を入れれば石は真っ赤に焼けます。そこに柄杓で水をかければ、白い蒸気が立ちのぼります。英国の畑に眠る古い塚も、かつては同じ光景を作っていたのかもしれません。石を焼き、水をかけ、体を温めては冷やす。数千年経っても、人がやりたいことはあまり変わっていないようです。
私たちは薪サウナストーブの設置や水風呂の施工を、岩手・盛岡を中心にお手伝いしています。サウナストーンの交換時期や、水風呂の水温管理でお悩みの際は、遺構の話のついでにでもお気軽にお声がけください。持病や服薬中の方は、サウナの利用について主治医にもご相談いただくことをおすすめします。
石を焼き、水をかける。誰かに教わらなくても、人は同じことを繰り返してきたのかもしれません。英国の畑の隅に眠る焼けた石の塚は、その繰り返しがどれだけ長く続いてきたかを、静かに物語っています。盛岡のショールームで薪サウナストーブに火を入れるとき、私たちはその長い列の、ごく最近の一コマに立っているだけなのだと思うことがあります。本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Lawrence Barfield and Mike Hodder, "Burnt mounds as saunas, and the prehistory of bathing", Antiquity vol.61 no.233 (1987), pp.370-379
- EASE Archaeology / Historic Environment Scotland, ウェストレイ島(オークニー諸島)Links of Noltland遺跡周縁部・青銅器時代遺構の発掘報告(2015)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



