岩手県北部の久慈市は、日本一の琥珀(こはく)の産地です。琥珀は、大昔の木の樹脂が長い年月をかけて固まり、化石になった宝石です。透かすと蜜のような黄金色にかがやき、こすると、かすかに松やにに似た香りを立てるものもあります。久慈でとれる琥珀は、およそ八千五百万年前、恐竜が歩いていた白亜紀後期のもの。手のひらの小さな石が、想像もつかないほど遠い時間とつながっています。今日は北東北・岩手編、太古の森が残したこの宝石と、木と火の話をします。
八千五百万年前の、木の涙
琥珀のもとは、松柏類という針葉樹の仲間が傷口からにじませた樹脂です。木が自分の傷を守るために出したねばい樹脂が、地中に埋もれ、気の遠くなる年月をかけて固まり、透きとおった黄金色の石になりました。久慈の琥珀は白亜紀後期、およそ八千五百万年前のもので、中には当時の虫や植物を閉じこめたものもあります。手のひらにのせると、太古の森の時間がそのまま封じられているようで、静かな感動があります。
世界でも、まれな古さ
琥珀の産地として世界的に有名なのは、バルト海の沿岸です。ただしバルトの琥珀はおよそ四千万年前のもので、久慈の琥珀はそれよりずっと古い白亜紀に生まれました。恐竜の時代の琥珀がまとまってとれる産地は世界でも数少なく、久慈は学術のうえでも貴重な土地です。市内の久慈琥珀博物館では、国内外の琥珀や、琥珀に閉じこめられた虫の化石を見ることができ、地中から掘り出したままの原石にも触れられます。太古の光をそのまま閉じこめた石を目の前にすると、時間というものの深さに、しばし言葉を失います。
自分の手で、掘り出す
久慈琥珀博物館では、琥珀の採掘体験ができます。専用の道具で地層を掘り、黒っぽい土の中から、光を通す琥珀のかけらを探し出す。自分の手で八千万年前の石を掘り当てる体験は、大人も子どもも夢中になります。久慈は、朝の連続テレビ小説の舞台になった土地としても知られ、海女(あま)や北三陸の暮らしとあわせて、琥珀は久慈の宝として大切にされています。旅の思い出に、自分だけの一粒を持ち帰る人も多い場所です。
樹脂は、木がくれた恵み
琥珀を見ていると、木というものの奥深さに思いが向きます。木は、実や葉だけでなく、身を守る樹脂までも、こうして宝石に変えて残す。私たちが薪として燃やす木も、樹脂を含み、その脂が火をよく燃え立たせます。松がよく燃えるのは、まさにこの樹脂のためです。太古の木は琥珀を残し、いまの木は火と温もりを与えてくれる。木の恵みは、形を変えて、いつの時代も人のそばにあります。
琥珀を、装いに変えて
久慈の琥珀は、太古の宝石であると同時に、暮らしをいろどる工芸の素材でもあります。やわらかで加工しやすい琥珀は、古くから玉やかざりに磨かれ、首かざりや帯どめとして人々に愛されてきました。久慈では今も、原石をていねいに磨き上げる職人の手仕事が受けつがれ、ひとつずつ表情のちがう琥珀の飾りが生まれています。光にかざすと、内側にとじこめられた気泡や、太古の虫のかげが浮かびあがる。八千万年の時をこえた木の涙を、みがいて身につける。久慈の琥珀は、遠い森の記憶を、いまの暮らしのそばにつれてきてくれる石です。
木の恵みを、火に変えて
太古の森が琥珀を残したように、今の岩手の森は、薪という恵みを与えてくれます。木を燃やして得る温もりは、太古から続く木と人の付き合いの、いちばん素朴な形です。岩手・盛岡のD'STYLEは、薪ストーブやハルビアのサウナヒーターで、木の恵みを火と蒸気に変える暮らしをお手伝いしています。久慈の琥珀の話も、店でどうぞ。
写真: Leoboudv (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)



