フィンランドが世界に誇る作曲家といえば、ジャン・シベリウスです。1865年に生まれ、1957年に世を去るまで、彼はこの国の森と湖と、独立への願いを、音楽に書き続けました。フィンランドでは長く、彼の肖像が紙幣に描かれ、誕生日の十二月八日は「フィンランド音楽の日」とされて、その音楽が広く親しまれてきました。国民に最も愛された芸術家の一人といってよい存在です。今回は、フィンランドの自然と国民の心を音に変えた、この作曲家の物語です。
1865年、森の国に生まれて
シベリウスは1865年、フィンランド南部の町ハメーンリンナに生まれました。当時のフィンランドは、ロシア帝国のもとにある自治領、フィンランド大公国でした。幼い頃から自然に親しみ、鳥の声や風の音、森のざわめきに耳を澄ませて育ったといいます。若い日にはヴァイオリン奏者を夢見て腕を磨き、やがて作曲の道へ進みました。ヘルシンキで学んだのち、ウィーンやベルリンにも留学しています。彼の音楽には、生涯を通じてフィンランドの自然の気配が、深く息づいています。
フィンランディアの誕生
1899年、シベリウスは代表作となる交響詩フィンランディアを書きました。当時、ロシアはフィンランドへの統制を強め、言論や出版を厳しく取り締まっていました。そんな時代に生まれたこの曲は、抑圧に抗い、自由を願う人々の心を強く揺さぶりました。荘厳な旋律は独立運動の象徴となり、検閲を避けるために「即興曲」などの別の題名で演奏されたという逸話も残っています。曲の中ほどに流れる静かな旋律は、のちに賛美歌や愛唱歌として歌詞をつけられ、いまも人々に親しまれています。
自然と叙事詩から、音を汲む
シベリウスは、フィンランドの民族叙事詩カレワラや神話からも、多くの着想を得ました。冥界の川を泳ぐ白鳥を描いた「トゥオネラの白鳥」や、英雄レンミンカイネンの物語を題材にした管弦楽曲を残しています。若い日の大作「クレルヴォ」も、この叙事詩に基づくものでした。彼が描いたのは、甘い風景画ではありません。厳しくも美しい北の自然と、その中に生きる人々の魂そのものでした。音を通して、フィンランドという国の輪郭を、彼は世界に示したのです。
アイノラという名の、静けさ
1904年、シベリウスは首都ヘルシンキの北にあるヤルヴェンパーの森の中に自邸を建てました。妻アイノの名から、アイノラと名づけられた家です。彼はここで、湖と森に囲まれながら、多くの作品を書き上げました。喧騒を離れ、朝の鳥や木々のざわめきに耳を傾ける暮らし。それは、フィンランドの人々が理想とする生き方そのものでもありました。アイノラは今、記念館として一般に公開されています。深い静けさの中でこそ、彼の音は生まれたのです。
七つの交響曲を残して
シベリウスは生涯に七つの交響曲を書き上げ、フィンランドを代表する作曲家として世界に知られました。しかし晩年のおよそ三十年、彼はほとんど新作を発表せず、アイノラの静けさの中で筆を置いたまま過ごしました。この長い沈黙もまた、彼らしい選択として語り継がれています。1957年、九十一歳でこの世を去りましたが、その音楽は今も国の誇りとして愛され続けています。彼の旋律を聴くと、見たことのない北の森や湖が、目の前に立ち上がってくる。音楽が風景になる、まれな体験がそこにあります。
静けさの中で、整える
自然の声に耳を澄ませ、静けさの中で心を整える。シベリウスが愛したその時間は、サウナの時間ともよく似ています。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビアのサウナヒーターで、静かに自分と向き合う火の時間を暮らしに届けています。北欧の音楽や文化の話も、店でどうぞ。
写真: yrjö jyske (Wikimedia Commons, CC BY 4.0)



