岩手県の中央にそびえる早池峰山(はやちねさん)。標高1917メートルのこの山は、高山植物の宝庫として知られ、古くから人々の信仰を集めてきました。花と祈りの山、早池峰。今日は北東北・岩手編、山と火をめぐる暮らしの記憶をたずねます。
固有の花が咲く、いのちの山
早池峰山は、独特の地質を持つ山です。かんらん岩という特殊な岩石でできているため、ほかの山とは違う植生が育ち、この山にしかない、あるいはこの山を代表する高山植物が数多く見られます。純白の花をつけるハヤチネウスユキソウは、日本のエーデルワイスとも呼ばれ、夏の登山者を魅了します。ナンブトラノオ、ナンブトウウチソウなど、南部の名を冠した固有の花も咲く。国の特別天然記念物に指定された高山植物帯は、まさに天然の花園です。厳しい環境だからこそ育つ、けなげで美しい花々。北国の自然のたくましさが、ここに凝縮されています。
山そのものが、信仰の対象
早池峰山は、古くから山岳信仰の山でした。山頂には早池峰神社の奥宮があり、里には里宮が祀られています。人々は山を神の宿る聖地とあがめ、豊作や安全を祈ってきました。険しい山に登ること自体が、祈りであり修行だった時代もあります。目に見える山を神とする素朴な信仰は、火を焚き、湯を沸かし、自然の恵みで暮らしてきた北国の人々の、自然への畏敬の心そのものです。山の恵みをいただき、山に祈る。その循環の中に、人の暮らしがありました。
里に伝わる、早池峰神楽
早池峰山のふもと、大償(おおつぐない)と岳(たけ)の集落には、早池峰神楽が伝えられています。神をまつり、豊穣を祈るこの神楽は、500年以上の歴史を持つとされ、2009年にはユネスコの無形文化遺産に登録されました。かがり火に照らされ、面をつけた舞い手が力強く舞う。火と、音と、祈り。神楽の場に燃える炎は、神と人をつなぐ依り代です。火が単なる暖房や調理の道具ではなく、祈りの中心にあった時代の記憶が、この神楽には生きています。遠野物語(こちら)の世界とも地続きの、岩手の深い山里の文化です。
花の季節に、山のふもとへ
早池峰山の花の見頃は、六月から八月。本格的な登山は装備と経験が必要ですが、ふもとの早池峰神社や、神楽の伝わる里を訪ねるだけでも、この山の空気に触れられます。花巻や遠野からアクセスでき、盛岡からも足をのばせる距離。山の花を見て、里の神楽に火の記憶を感じ、帰りに温かい湯や火で体を休める。岩手の山旅の、豊かな一日です。
山伏の火が、峰を照らした
早池峰の信仰を支えてきたのは、山伏と呼ばれる修験の行者たちでした。深い山に分け入り、みずからの体を鍛えて祈るこの人々にとって、火は欠かせない相棒でした。護摩(ごま)と呼ばれる行では、薪を高く組んで火を焚き、燃え上がる炎に願いをたくして、山の神や仏に祈りを届けます。炎は、この世と神の世をつなぐ架け橋とされ、立ちのぼる煙は祈りそのものと考えられてきました。里に伝わる神楽のかがり火も、もとをたどれば、こうした山の火の信仰につらなるものです。峰々にこだまする法螺貝の音と、闇を照らす行者の火。火を神聖なものとして敬う心が、早池峰の長い信仰の歴史を、静かに温めてきたのです。花と、祈りと、火。この山には、北国の人々が自然とともに生きてきた記憶が、幾重にも積み重なっています。
火と祈りの記憶を、盛岡から
火は、暖房であり、調理であり、そして祈りの中心でもありました。岩手・盛岡のD'STYLEは、その火を現代の暮らしに取り戻す、薪ストーブやハルビアのサウナヒーターを商う店です。早池峰の花と神楽の話も、火のそばでどうぞ。
写真: Raita Futo from Tokyo, Japan (Wikimedia Commons, CC BY 2.0)



