岩手の誇る芸能の最高峰といえば、早池峰神楽です。霊峰・早池峰山のふもと、花巻市大迫の岳(たけ)と大償(おおつぐない)の二つの集落に伝わる山伏神楽で、2009年、日本の神楽として最初期にユネスコ無形文化遺産に登録されました。五百年踊り継がれてきた舞。今日は、山の信仰と火の話です。

山伏が運んだ、祈りの舞
早池峰神楽の担い手は、もともと早池峰山を霊場とする山伏(修験者)たちでした。彼らは冬、集落を巡りながら神楽を舞い、祈祷を行った。勇壮な太鼓と笛、面をつけた舞手の鋭い足さばき。娯楽の少ない雪の季節、神楽の一行が村に来る夜は、祈りと娯楽が一度に届く、冬のハレの日でした。舞を受け入れた家は「神楽宿」となり、囲炉裏端が舞台になる。遠野の語り(こちら)と同じく、岩手の芸能は、火のそばで冬に育ったのです。
岳と大償、二つの流れ
早池峰神楽は、実は二つの神楽の総称です。早池峰山の登拝口に開けた岳集落に伝わる岳神楽と、その西の大償集落に伝わる大償神楽。同じ霊峰を仰ぎ、同じ山伏神楽の血を引きながら、舞のふぜいは対照的だと言われます。岳は勇壮で切れ味鋭く、大償は優美で内にこもる。ひとつの山のふもとで、剛と柔の二流が競い合い、支え合いながら磨かれてきました。この二つがそろって初めて、早池峰神楽という一つの宝になり、2009年のユネスコ登録につながったのです。見る側にとっては、同じ演目を岳と大償で見くらべ、その舞いぶりの違いを味わうのも、通ならではの楽しみ方です。
権現様の歯打ちは、火伏せの音
神楽の一行が奉じるのが、権現様と呼ばれる獅子頭です。カタカタカタッと歯を打ち鳴らす「歯打ち」は、悪魔祓いの音。そして権現様の大事な仕事のひとつが、火伏せ、つまり火事除けの祈祷です。家々を回り、竈や囲炉裏を清め、火の災いを食い止める。木と茅の家に住んだ人々にとって、火伏せの祈りは切実そのものでした(火への畏れの話はこちら)。権現様に頭を噛んでもらうと無病息災、という風習は今も健在で、子どもたちは泣きながら御利益をいただきます。
夜を徹して舞う、神楽の一夜
神楽の夜は、長いものでした。まず鶏舞(とりまい)や翁舞といった清めの式舞から始まり、山の神舞、岩戸開き、武将の舞へと、面と衣装を替えながら、演目は夜を徹して重ねられます。囃子を担うのは、太鼓と手平鉦(てびらがね)と笛。そして一夜の締めくくりが、権現様による権現舞です。獅子頭が火を清め、家を祓い、里の一年の無事を願って、夜明けへ舞い納める。娯楽と祈りが一晩に詰まった、雪国の濃密なハレの時間だったのです。
五百年の継承は、暮らしの中に
早池峰神楽のすごみは、博物館の展示ではなく、現役であることです。集落の人々が代々舞を継ぎ、今も例祭や神楽共演会で観られます。囃子は体で覚え、舞は先輩から後輩へ。技の継承装置としての祭り(竿燈こちらと同じ構造です)が、五百年動き続けている。岩手の文化の底力を、一つ挙げろと言われたら、私はこれを挙げます。舞い手も囃子方も、多くは農業や勤めのかたわら稽古を重ねる、ふつうの暮らしを持つ人々です。里の人が里の祭りとして守り継ぐ、その手づくりの継承こそが、五百年ものあいだ舞を絶やさずにきた、いちばんの理由なのだと思います。
火を清める文化の土地で
火伏せの祈りの伝わる土地で、私たちは現代の火の安全(煙突掃除と点検)を商っています。権現様の同業者の末席、と言ったら罰が当たるでしょうか。岩手・盛岡のD'STYLEは、火を敬い、清め、安全に楽しむ暮らしをお手伝いしています。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Feri88 (Wikimedia Commons, CC BY 3.0)



