ねぶたの話(こちら)で触れた「眠り流し」の系譜、秋田代表が竿燈(かんとう)まつりです。八月上旬の秋田市、夜の大通りに、光の稲穂が林立する。今日は北東北・秋田編、技と祈りの光の話です。

竿燈は、光の稲穂である
竿燈は、長い竹竿に横竹を渡し、四十六個の提灯を吊るした、高さ十数メートル・重さ五十キロにもなる光の柱です。その形が表すのは、たわわに実った稲穂。ろうそくの灯りをともした提灯の房が夜風に揺れる姿は、たしかに黄金の稲穂の海です。豊作を祈り、夏の眠気と邪気を流す。ねぶたと同じ眠り流しの行事が、秋田では米の形をとりました。あきたこまちを育てる米どころの祈りの造形として、これ以上ふさわしいものはありません。
江戸から続く、真夏の祈り
竿燈の歴史は古く、その原型は江戸中期の宝暦年間には見られたと伝わります。二百五十年以上、絶えることなく受け継がれてきたお祭りです。もともとは、お盆の前に邪気や睡魔を払う「眠り流し」の行事と、真夏の五穀豊穣の願いが結びついたもの。夏の重い労働を、灯りの祈りで乗り越えようとした先人の心が、そのまま今も、大通りに立ち並びます。伝統とは、続けてこそ伝統。毎年欠かさず光を掲げてきた町の粘り強さに、頭が下がります。
差し手の技は、無形の宝
竿燈の見せ場は、差し手と呼ばれる担ぎ手の技です。五十キロの光の柱を、手のひらに載せ、次に額へ、肩へ、そして腰へ。手を使わず、体の一点だけでバランスを取り、竿はしなり、提灯は揺れ、観客は息を呑む。流し、平手、額、肩、腰と、技には型があり、名人は扇子をあおぐ余裕まで見せます。あの妙技は一朝一夕ではなく、子どもの小若から始まる長い修練の賜物。祭りが、そのまま技能の伝承装置になっている、北東北の祭り文化の底力です。町内ごとに竿燈会があり、大人が子どもへ、先輩が後輩へと、技を手渡していきます。夏の数日のために、一年を通して稽古を積む。その積み重ねが、あの一瞬の妙技を支えているのです。
囃子が、夜を支えている
光の柱に見とれていると、つい聞き逃しますが、竿燈を陰で支えているのが囃子です。太鼓と笛と鉦(かね)が刻む調子、「どっこいしょー、どっこいしょ」の掛け声。差し手は、この囃子のリズムに乗って竿を上げ、下ろします。音がなければ、あの一体感は生まれません。担ぐ人、囃す人、掛け声をかける沿道の人。祭りは、大勢の役割が噛み合って、はじめて一本の竿がまっすぐ立つ。光の裏で鳴り続ける音に、耳を澄ませてみてください。太鼓の低い響きが体の芯に届くと、なぜだか胸が高鳴ってくる。祭り囃子には、人の血をわきたたせる、古い力があります。
火の扱いの、粋な伝統
忘れてはならないのは、あの提灯の中身が、ろうそくの生きた火であることです。五十キロの竿が大きくしなり、時に倒れることもある中で、火を扱い続けてきた祭り。火への慣れと敬意が、町ぐるみで受け継がれています(倒れた竿燈の火が観客側に来ないよう、差し手と囃子方が瞬時に動く様子も、見どころのひとつです)。灯りの祭りの裏には、必ず火の作法がある。どんと祭や裸参り(こちら)と同じ、北の火の民の心得です。
夏祭りのあとは、いつもの通り
竿燈の夜も、締めはさんさやねぶたと同じです。祭りの高ぶりを、湯と蒸気で鎮めてから眠る(こちら)。北東北の夏祭りはしごの旅は、サ旅(こちら)と組み合わせてこそ完成します。岩手・盛岡のD'STYLEは、祭りの文化圏の火の店として、今日も営業中です。どっこいしょー、どっこいしょ。



