盛岡の街の真ん中には、川が流れています。それも三本。北上川、中津川、雫石川が、街なかで合流する。全国でもめずらしい、川の合流点にひらけた県都です。今日は、川の街の暮らしの話。水辺と蒸気の縁は、実はとても古いのです。
中津川に、鮭がのぼる街
盛岡の自慢のひとつが、県庁のすぐそば、街の中心を流れる中津川に、秋、鮭が遡上してくることです。デパートの裏の川で、産卵の鮭が見られる県庁所在地は、日本中を探してもそうありません。市民や漁協が長く川の環境を守ってきた成果でもあります。川辺には散歩道が続き、夏は釣り糸を垂れる人、冬は白鳥(こちら)。開運橋から望む岩手山(こちら)は、盛岡の絵はがきの定番です。その開運橋は、赴任してきた人が都を離れた寂しさに泣き、去るときには情の深さにまた泣く、と「二度泣き橋」の愛称で呼ばれてきました。川が暗渠にされず、暮らしの真ん中で生きている。これは、水の良い土地(こちら)の、目に見える証拠でもあります。
北上川という、東北一の大河
三本のうち、いちばんの大河が北上川です。延長およそ二四九キロ、東北地方で最も長い川で、岩手を北から南へ縦断し、宮城で海へ注ぎます。かつては舟運の大動脈で、内陸の米や木材を積んだ船が川を下り、塩や海の幸をのせて戻ってきました。盛岡が城下町として栄えたのも、この水運があったからです。川は昔から、人と物と暮らしを運ぶ道でした。水のあるところに町ができ、火を囲む家が並ぶ。その順番は、今もどこか変わっていません。舟運の役目が鉄道に移ったのちも、川は恵みと季節を運びながら、街の背骨であり続けています。春の雪しろ、夏の川遊び、秋の鮭、冬の白鳥。移ろう川の表情は、そのまま盛岡の季節時計です。
サウナは、いつも水辺にあった
そして、サウナと川。フィンランドのサウナは湖畔に建ち、火照った体で湖にざぶんと飛び込むのが原型です。ロシアのバーニャも川辺、日本の蒸し風呂も海辺や川辺の岩屋から生まれました。世界の蒸気文化は、みんな水辺で育っています。熱と水は、はじめからセットだからです。三本の川が出会う街の住人は、その意味で、サウナ文化のいちばん正統な立地に住んでいます。川辺の散歩を外気浴代わりに、家の水風呂には川の水系の澄んだ水道水を。暮らしの水脈が、フィンランドの湖と同じ役割を、そっと果たしてくれます。
川風は、天然の外気浴装置
川のそばには、独特の風が吹きます。水面で冷やされた空気が、夕方、川筋に沿ってゆるやかに流れ下る。夏の夕べの川辺が涼しいのは、この川風のおかげです。川の近くにお住まいなら、外気浴の設計(風の話)に、この天然の涼を組み込まない手はありません。せせらぎの音は、自然界に多い1/fのゆらぎを含み、耳から体をほどいてくれます。夜明けに川霧が立つ朝は、幻想的なおまけつき。川の街の庭サウナは、立地からして恵まれているのです。
雫石川がくれる、台所の恵み
三本目の雫石川は、岩手山と秋田駒ヶ岳のあたりの雪解け水を集めて流れてきます。この澄んだ水系が、盛岡のわんこそば、冷麺、地酒、そして朝のコーヒーを、静かに支えています。良い水の土地は、そのまま良い蒸気の土地でもあります。ロウリュの一杯も、水風呂のひと浸かりも、もとをたどれば山に降った雪です。蛇口をひねって出てくる水の向こうに、岩手山と川の流れを思い浮かべる。そんな想像が似合うのも、水の街ならではの贅沢です。
川の街の火の店から
岩手・盛岡のD'STYLEは、川の街の暮らしに寄り添う火と蒸気をお手伝いしています。散歩の途中の川辺で、「ここに外気浴の椅子を置けたらなあ」と思ったことのある方。その願い、庭で叶えましょう。ご相談、いつでもどうぞ。



