北東北の火と蒸気の旅、秋田編を続けます。今日は、夏の夜空を焦がす大物、大曲の花火です。秋田県大仙市、旧大曲の町を流れる雄物川の河川敷で、毎年八月の第四土曜に開かれる全国花火競技大会。全国から花火師が集まって腕を競う、火薬と炎で描く一夜限りの芸術の話です。

百年を超える、花火師の競技会
大曲の花火が始まったのは、明治四十三年、西暦一九一〇年のことです。百年をゆうに超える歴史を持つこの大会は、ただ花火を打ち上げるお祭りではありません。全国から選ばれた花火師たちが、自らこしらえた玉を持ち寄り、その出来ばえを競い合う、真剣勝負の競技大会です。最も優れた作り手には、内閣総理大臣賞が贈られます。茨城の土浦、新潟の長岡と並んで日本三大花火のひとつに数えられ、腕自慢の花火師にとって、ここで賞を取ることは、この道の最高の名誉とされています。一発ごとに、作り手の名前と誇りがかかっている。だから大曲の夜空は、ほかのどんな花火大会よりも、密度が濃いのです。打ち上げられる玉は、直径が数十センチにもなる大玉から、繊細な色変わりの細工物まで、実にさまざまです。夜空いっぱいに広がる大輪の一発には、花火師が一年をかけて磨き上げた技と工夫の、そのすべてが込められています。
昼花火という、秋田だけの粋
大曲には、全国でも珍しい昼花火の競技があります。まだ日の高い午後、夜の華やかな光ではなく、煙の色と形で勝負するのです。青、赤、黄、紫の色煙が、夏の青空にぱっと開き、風に流れて消えていく。夜の花火が光の芸術なら、昼花火は煙の芸術です。火薬の調合ひとつで煙の色を操るこの技は、大曲が長く守り育ててきた粋であり、ほかではなかなか見られません。昼に煙で腕を見せ、夜に光で魅せる。一日を通して火薬の技を競うところに、この大会の奥の深さがあります。
火薬と炎が描く、一瞬の芸術
花火は、火の芸術です。玉の中に、火薬と、色を出す金属の粉を、球状に緻密に詰める。打ち上げられた玉が上空で破裂し、詰められた星が炎を噴きながら四方へ飛び散って、大輪の花を描く。開いた瞬間の真円の美しさ、色が移り変わる妙、消え際の余韻。そのすべてが、火薬という火の力の緻密な設計から生まれます。一瞬で消えるからこそ、目に焼きつく。薪ストーブの炎をながめる時間とは違う、爆発する火の一瞬の輝きに、人は毎年、河原へ足を運ぶのです。
雄物川の夜と、大曲という町
大会の夜、雄物川の河川敷には、全国から数十万人が押し寄せます。大曲は決して大きな町ではありませんが、この一夜のために、町じゅうが花火を迎える支度をします。桟敷に腰を下ろし、川面に映る光を見上げ、腹に響く炸裂音を浴びる。フィナーレの大空中ナイアガラや、音楽に合わせた華麗な連発に、河原じゅうから歓声がわく。花火が終わって暗闇が戻ると、火薬のにおいと、夏の夜の余韻だけが残ります。町の人にとって、この日は一年の誇りの日なのです。遠くから訪れる人も、この一夜のためにわざわざ宿を取り、日の高いうちから河原に陣取ります。夏の終わりの夜空を、見知らぬ者同士が肩を並べて見上げる。大輪が開くたびに、あちこちから同じため息がもれる。花火は、人と人とを一つの夜につなぐ火でもあるのです。
火の祭りのあとに
爆発する火薬の花火も、静かに燃える薪の火も、同じ火の仲間です。夏の夜空の大輪をながめたあとは、秋から冬、家の中の火の季節がやってきます。岩手・盛岡のD'STYLEは、その日々の火と蒸気の暮らしをお手伝いする店です。夏は大曲の空を見上げ、冬はわが家の炎を見つめる。火のある一年の楽しみ方を、店でご相談ください。
写真: ForestWander (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0 us)



